「……そういえば」
すると、如月さんが不意に口を開いて言った。
「ん?」
「私……蓮くんに言わないと、いけないことがある」
「えっと……何かな?」
「昨日の、班決めの話」
「あっ、うん……」
僕は頷きながら返事をする。それは昨日の帰り道にて、僕が如月さんに聞いて、保留になったままになっていた話の件だ。
まさか如月さんからそうして話を振ってくるとは思わなかったけど、彼女がそれについて話したいと言うのだから、聞かないわけにはいかないだろう。
「……あれから、色々と考えてみた」
「う、うん……」
「私としては、やっぱり行きたくない」
「……」
「正直、行くかどうかは、まだ分からない」
「そう……なんだ」
如月さんから返ってきた答えに、僕は戸惑いを覚えながらも相槌を打った。勝手にだけど期待していた分、少しだけ残念な気持ちもあった。
だけど、如月さんがそう決めたのなら、それを尊重したいと思う。無理をさせてまで、彼女が嫌がることをさせたとしても、意味が無いと思うから。
そうして僕は納得していたのだけど―――
「……でも」
「でも?」
如月さんの言葉はそれで終わりじゃなかった。まだ続きがありそうな言い回しをしていたので、僕は首を傾げながら尋ねる。
すると、如月さんは僕の方をちらりと見てから、言葉を続けた。
「……一応、同じ班でいい」
「えっ?」
「行かないかも、しれないけど。同じで、いい」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。だけど、それは確かに如月さんの口から発せられた言葉だった。
いつものように淡々とした口調で、無表情のまま彼女はそう言ってきたのだった。
けど、それでも僕は聞き間違えかもしれないと、自分の耳を疑いつつ、確認の為に再度聞いてみることにした。
「えっと……もう一回言ってもらってもいい?」
「……だから、同じ班でもいいって言った」
どうやら、聞き間違いではなかったようだ。如月さんは前髪をいじりながら、僕に向かってそう言ってくれたのだった。
僕はその言葉を聞き、驚きのあまり固まってしまっていた。まさか彼女がそう言ってくれるなんて、期待はしても確率は低いと思っていたからこそ、余計に驚いてしまったのだ。
「え、えっと……いいの?」
僕はどうにか声を絞り出して聞く。それに対して、如月さんはこくりと頷くことで肯定の意を示してくれた。
「別の班になって、他の人と組むぐらいなら、蓮くんと一緒でいい」
「あ……ありがとう……」
僕は如月さんの言葉に、何とかお礼の言葉を返すことが出来た。とても嬉しかった。思わず涙腺に響きそうになってしまった程だった。
「……なんで、お礼を言うの?」
「いや、だって、嬉しいからさ」
「……そう」
「うん。ありがとう、如月さん」
如月さんは相変わらずの素っ気ない態度でそう言い放った。だけど、僕はそのことが嬉しくて仕方がなかった。
僕は思わずにこにこと笑顔を浮かべてしまう。そしてそれを横目で見ていた彼女は、小さく息を吐いた。
「そんなに、嬉しいの?」
「それはもちろんだよ。嬉しくない訳がないよ」
僕は即答した。当たり前だ。経緯はどうであれ、好きな人が自分と一緒でいいと、そう言ってくれたのだから。これほどまでに喜ばしいことはないだろう。
「……変なの」
「そ、そんなにおかしいかな?」
「別に」
如月さんはそう呟き、僕から視線を逸らすと、膝を抱えて顔を伏せてしまった。そのせいで表情は見えなくなってしまった。
きっと……よほどに疲れているのだろう。多分、そんな状態なのに僕が来てしまったから、変に無理をさせてしまったに違いない。
「ごめんね、如月さん」
「……何が?」
「その……疲れてるのに、僕なんかの為に付き合わせたりして」
「……そうじゃないから。別に、大丈夫」
「……本当?」
「うん」
如月さんは小さく首肯した。どう見ても大丈夫そうには見えないけど……本人がそう言うのなら、これ以上は何も言わないことにしよう。
「じゃあ、僕……これ以上邪魔するのは悪いから、もう戻ることにするね」
「……うん」
僕がそう言うと、如月さんは小さく頷いた。そしてそれを見た僕は立ち上がって歩き出し、彼女との距離を空けていく。そしてそのままこの場から立ち去っていった。
校舎裏から立ち去る直前、僕はもう一度だけ後ろを振り返った。すると、如月さんは顔を伏せたまま、先程と同じようにじっとしているようである。
そんな彼女を見た僕は、少し心配になりつつも、その場を後にするのだった。
******
それから昼休みが終わり、残る授業も全て終わった後のことだった。放課後を迎えた生徒達はそれぞれ帰宅や部活動などに向かう為に動き出していた。
僕はそんな中、自分の席でみんなの流れを黙って見つめていた。普段なら僕もそうした流れに乗って、それでいてみんなの流れから外れて屋上に向かおうとするけど、今日はそうしなかった。
その理由は、屋上に行ってしまえば如月さんと会うことになるから。彼女はおそらく、今日もみんなが帰るのを屋上で眺めながら、自分が帰るタイミングを待っているだろう。
昼休みで会った時の彼女は疲れているように思えたから、そんな状態の彼女に会ってしまうと、また余計な気を遣わせてしまいかねないと思ったからだ。だからこそ、僕はこうして教室に残り続けているのだ。
「……僕のせい、なのかな」
ふと僕はそんなことを考えていた。如月さんが不調な理由について、もしかすると自分が悪いのでは、と。
僕が昨日、如月さんに無理をさせたから。ただ帰るだけで良かったのに、僕が寄り道をさせたから。行きたくもない校外学習の話を振って、しかも無理な要求を言ってしまったから。
だから、彼女は酷く疲れてしまったのだと、僕はそう思った。変に気を使わせて、彼女に迷惑を掛けてしまったのではないかと、僕はそう思ってしまった。
「はぁ……」
自然とため息が出てしまう。自分の不甲斐なさに呆れてしまって。もっと上手くやるべきだったんじゃないかと、後悔してしまう。
そうして僕が落ち込んでいると―――不意に後ろから声を掛けられた。
「立花くーん。おっすおっす」
振り向くとそこには、鞄を持った弥生さんが立っていた。振り向いた僕に向けて彼女は手を振っているようだった。僕はそれに苦笑して応える。
「どうしたの? 帰らないの?」
「あ、はい……ちょっと……」
僕は適当に誤魔化しながら答える。本当の理由については言える訳がないので、黙っておくことにした。
「ふーん、そっかー」
「そういう、弥生さんはどうしたんですか? えっと、僕にその……何か用ですか?」
「あっ。そうそう。それそれ。あーし、立花くんに用があったんだ」
「僕に、ですか?」
「そそ。ちょっとさ、今から時間ある?」
「え?」
「だからさ、これから時間あるかなーって」
「それはまぁ、はい。今日はその、用事もないので……」
「なら、ちょーっと付き合ってよ」
弥生さんはそう口にしつつ、両手を合わせてお願いしてきた。僕はそれを見て断る理由も無かったのと、彼女にはここのところ話し掛けたりしてくれて世話になってたこともあって、僕は首を縦に振る。
「分かりました。いいですよ」
「やった。ありがと、立花くん」
「い、いえ、気にしないでください。それで、何をすれば……?」
僕は首を傾げつつ尋ねる。すると弥生さんはにっこりと笑ってこう答えたのだった。
「んー……とりあえず、付いてきて貰っていいかな?」
「は、はい……分かりました」
僕は頷くと、彼女の後に続いて教室を出て行った。