「さて、これが資料のプリントよ。これを纏めてホッチキスで留めてくれるかしら」
「あっ、はい、分かりました」
「りょーかいでーす!」
釜谷先生からの言葉を受けて、僕と弥生さんはそれぞれ返事をした。弥生さんにいたっては敬礼のおまけ付きだ。
「元気がいいのは良いことだけど、ちゃんと丁寧にやるのよ? あと、終わったら私に報告に来ること。良いわね?」
「はーい! おっけーです!!」
弥生さんが元気に返事をする横で僕は静かに頷いた。そんな僕らを見て満足そうに頷くと、釜谷先生は踵を返した。
「それじゃ、よろしくね。アタシは別の仕事があるから職員室に戻るけど、後は任せたわよ」
そう言い残し、釜谷先生は職員室へと戻っていった。残された僕と弥生さんは机の上に置かれた紙の山。一クラス分の量がそこにあるので、かなりの量がある。これを終わらせるとなると、流石に一人では無理だろう。
「しっかしなー。やっぱり多いよね、これ。あーし一人じゃ絶対終わらなかったもん」
「そうですね……二人でやっても、けっこう掛かりそうな感じはしますけど……」
「だよねぇ……でも、やらないわけにはいかないっしょ。あーしらで頑張ろうぜ、立花くん!」
「は、はい、頑張りましょう」
僕たちは気合を入れ直し、早速作業に取り掛かることにした。
「そういえば、弥生さんってこういうの得意なんですか?」
「んー、どうだろ? 苦手ではないと思うけど……多分、普通なぐらいだと思う」
「そうですか。僕もまぁ、得意ではありませんけど……とりあえず、やってみましょうか」
「そだね。頑張ろー!」
弥生さんはそう言うと、プリントを一枚手に取った。そしてさらに数枚を重ねていく。そして出来上がった束を端を揃えて綺麗に整えた後、それを僕に渡してきた。
「じゃあさ、あーしがプリントを纏めるから、立花くんはホッチキスで留めていってくれない?」
弥生さんは片手でプリントを持ちながら、もう片方の手で挟んでくれと言わんばかりにハンドサインを送ってくる。ホッチキスの動作なのに、まるでカニかザリガニみたいな手の動きに思わず吹き出しそうになったが、僕はなんとか堪えて了承した。
「分かりました。では、お願いしますね」
「うんうん、任せてちょーだい!」
弥生さんは自信満々といった様子で胸を張る。そして僕は渡されたプリントにホッチキスを挟み、針で留めていき、一つの束に纏めた。
それからしばらくの間、静かな時間が流れる。弥生さんが紙を纏め、僕がホッチキスで留めるという作業を繰り返していた。単純な作業の繰り返しになるので、どうしても飽きが来てしまうものだが、僕たちは黙々と作業を続けていた。
作業をする準備室には時間を指し示す時計の針の音、弥生さんが纏める紙が擦れる音、僕がホッチキスで留める音、そして外から時折で聞こえてくる部活動に勤しむ生徒の声や物音が響いている。そんな中、僕はふと疑問に思ったことを口に出してみた。
「……あの、一つ質問してもいいですか?」
「ん? なになに?」
「どうして……その、僕に頼んできたんですか? 他にも手伝ってくれそうな人はいたと思うんですけど……」
僕は率直な疑問を口にした。そもそも何故、僕を頼ってきたのかという点について不思議に思っていたのだ。
僕とは違って、弥生さんには友達と呼べる人や、親しい間柄の人たちはいくらでもいるはずだ。それなのに、敢えて僕を指名したのは何故かと思ったのである。すると、弥生さんは少し考えた後、口を開いた。
「うーん、そうだねー。理由は色々あるんだけど、一番は立花くんが優しそうだからかな」
「優しい……? 僕が、ですか?」
「うん、そうだよー。だってさ、普通だったら、こんな面倒な事を頼まれても断るじゃん? それか嫌がられるんだよねー。そんなの誰かがやるだろーって」
弥生さんはプリントを束ねてトントンと机に当て、綺麗に整えると、僕の傍に置いてから次のプリントを手に取る。そして再び、同じように揃えて重ね始めた。
「けど、立花くんなら引き受けてくれそうだなーって思ったんだ。実際、こうして手伝ってくれてるしね」
「それは……まあ。特にやることもなかったので。それに、一人では大変そうですから」
「あはは。でも、こうやってあーしの手伝いしてくれるなんて、ほんと良い人だよね、立花くんって」
「えっ、いや、そんなことは……」
「そんなことあるよー。謙遜しないでいーからさ」
弥生さんは笑いながらそう言うが、正直言って僕は褒められることに慣れていなかったので、なんだか照れ臭かった。それに、そんな風に言われると、余計に恥ずかしくなってしまいそうだったからだ。
「ちなみに、二番目の理由はね。立花くんには如月さんがいるからかなー」
「えっ?」
「ほら、彼女持ちならこうして二人でいても安心でしょ? そうじゃないと、色々と大変だからさー。立花くん、如月さんの彼氏なんだから、私の言っていること分かるっしょ?」
「あっ、はい……まぁ、何となくは……」
弥生さんの言葉に僕はそう言って頷いた。きっと、おそらく……彼女が言いたいのは、こういった二人きりの場面において、言い寄られたりする場合があるということなのだろう。
だからこそ、如月さんという彼女がいる僕であれば、そういった心配はいらないと、そういう意味なのだと思われる。確かに、言われてみればその通りかもしれない。
「なるほど……そういう考えもあるんですね」
「そうそう、そういうことだよー」
弥生さんは納得したように頷く。そんな彼女の様子を見ながら、僕はホッチキスでプリントを留めていった。
しばらく無言のまま、プリントを纏めていると、弥生さんがポツリと呟いた。
「……そういえばさ」
「……? どうかしましたか?」
「立花くんさー、今朝のあれ。ちょっとは考えてくれたかな」
弥生さんにそう言われた僕は、思わず手を止めてしまった。今朝のあれと言われて思い起こすのは、彼女が僕に送ったメッセージについてだろう。
『あーしと同じ班になって』
校外学習にて同じ班になって欲しいとの旨を、小さな紙の切れ端につづって僕に送ってきた如月さん。その時のことを思い出しながら、僕はゆっくりと口を開く。
「えっと、その……まだ、決めていないです」
「そっかぁ……ま、そうだよね」
弥生さんは小さくため息を吐きながらそう言った。僕はそんな様子の彼女を見つつ、作業を再開する。
「弥生さんはその……何で僕と同じ班になりたいだなんて思ったんですか?」
「んー、そうだね。理由としては、さっきとそう変わらないかな。立花くんには如月さんがいるから。だから、あーしがいても問題ないだろうなーって思ったからかな」
弥生さんは淀みなくスラスラと答える。その様子からは嘘を吐いている様子はなく、本気で言っているように見えた。
「そうですか……でも、僕なんかと同じ班になるよりも、もっと親しい人と組んだ方が楽しいと思いますけど……」
「そんなことないよ。多分、楽しくなんて難しいかなー」
「えっ……? どうして、ですか……?」
「だってさ。みんな自分のことしか考えていないから」
そう言って弥生さんは笑った。いつもの快活そうな彼女らしい笑みとかじゃなくて、それは薄い笑みだった。
「だからさー、あーしが立花くんと一緒になった方が、みんなもあーしも楽しくやれると思う訳。それに、立花くんはきっと如月さんと一緒の班になるでしょ だから、もっと安心出来るんだー」
弥生さんはそう言いながら、最後のプリントを机の上に置いた。そして、ホッチキスで留め終えると、彼女は椅子を引いて立ち上がった。
「よしっ、終わったねー! 手伝ってくれてありがとう、助かったよー」
「……いえ、気にしないでください。僕も暇でしたから」
僕はそう言うと椅子から立ち上がり、使ったホッチキスや予備の針を片付け始める。弥生さんも、使った物を元の場所に戻し始めてくれた。
それから暫くの間、僕と弥生さんは黙々と片付けを進めた。やがて、全ての作業を終えると、僕は弥生さんと向かい合う形になる。
「これでおしまいですね。お疲れ様です」
「うん、お疲れー! いやー、ほんとありがとね!」
弥生さんは明るく笑いながらそう言うと、両手を合わせて頭を下げた。
「じゃ、せんせーに報告に行こっか」
「そうですね、行きましょうか」
僕は頷くと、弥生さんと共に準備室を後にした。そして作成をしたプリントの束を持って、釜谷先生がいる職員室に向かって歩き出すのだった。