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第2話 赤い鬼

鍛冶屋の祖父に育てられた僕は、物心ついた時から祖父を継ぐのだと思っていた。

 しかし、体が弱いのか俺は数回金槌を振るっただけで息が上がってしまい動けなくなる。


「……もういい、どけ」

そう言われては黙って引き下がり、鉄を鍛え上げる工程を見続けるだけの日々を送った。


 内心わかっていた。自分には祖父のような才はない。それどころか、ろくに体力もない始末。それでも鍛冶屋への思いは捨てられず、祖父の目を盗んでは金槌を振るった。おそらく祖父も気づいていただろうが、何も言われることはなかった。そっとしてくれていたのか、もしくはどうでも良かったのか。


その後も、時間を見つけては祖父に頼み込み、鉄を鍛え上げる工程を見てもらた。

だが、何度挑んでも祖父の言葉は一つだけだった


「見ていろ」


繰り返すこと五年が経ったある日。祖父が病に伏した。


臓器に石が詰まる病に侵され、祖父の体は徐々に黄色く変色し、身体中が痒いと言いながらも鍛冶屋を続けて五年。ついにその時が来た。祖父の最後の言葉はあまりにもあっけなく、冷たかった。


「お前には……無理だ」


そんな遺言のようで呪いのような言葉を残し、祖父が目を瞑るとほぼ同時に、将之は金槌を置いた。


残された俺は生きていくために働きに出た。

荷物の運搬や畑仕事。けれど、容量が悪く、鉄しか見てこなかった俺は何をするにも知識がなく、足手纏いだった。時に殴られ、蹴られる毎日。


村のみんなからは腫れ物扱い。それでも頑張れば、いつか報われると信じてきた。


信じた結果がこれだ。護身用がわりに持っていた祖父の形見の小太刀すら抜くことができず、無様に顔を隠す事しかできない臆病者が最後……。


俺は結局、何も得られずに……。


 「う、うぅ」

 痛みも何も感じない。俺は死んだのか。

 不審に思った将之は、交差する自身の腕を見つめた。


 「まだ、生きてる?」

何もしてこないバケモノに違和感を覚えた。


 恐怖と不安で押しつぶされそうな瞼をゆっくりと開き、腕の隙間から覗く。

「うわっ」


将之は言葉を失った。目の前にそいつはいた。顔が目の前にあったのだ。品定めをしているのか、微動だにしない。


 恐怖で恐れ慄き将之が尻餅をついたと同時に、その声が響いた。


 「バケグモか。おい大丈夫か?」

滑らかでむらのない声がしたと思った途端、そいつが宙を舞う。ドシャッと肉が地面に叩きつけられる音が終わると再び静寂が広がった。


「聞こえているか?」


「はっ……あ、えっと」

聞かれ、将之は口どもる。そこに仁王立ちをした女性が立っていた。


女性の頭には二本の角。一つ結びの烈火のように赤く長い髪が月夜に揺蕩った。刃のように鋭く光る切れ長二重の黄色い三白眼が僕を見下ろしていた。


「あ!」

その女性は先ほどの凜とした声とはかけ離れた、どこか少女のような奇声を発した。頭を抱え項垂れる。見れば刀が根本からポッキリ折れていた。


「またやっちまった……。これで何本目だよ。あぁ、どやされる……」

その場でうずくまると、こめかみをポリポリと掻きながら、小言を繰り返す女性。


「あ、あの……」

将之の声がけに、女性は「あぁん?」決して怒っているわけではないのだろう。ほとんど涙目の顔が見えた。


「助けてくれて、どうもありがとうございます」

女性は立ち上がり、コホンと咳払いをする。


「怪我はないか?」

「はい。おかげさまで」

「お前一人だったのか?」

「いえ、あと二人……」瞬間、脳裏に蘇った記憶で嘔気を模様した。


将之は咄嗟に両手で口元を押さえる。


女性は何かを思案するように瞼を閉じる。

「駆けつけるのが遅れたようだな」  


言い終え、女性はうずくまる将之に寄り添い、背中をさすった。

女性と目が合った将之は、不意に目を逸らす。


「いえ、あの、あなたは?」

「すまない。言い忘れていた。私は鬼兵隊の――」

喋ろうとしたとほぼ同時だった。将之の視界に入った時には、化け物が八つ腕を振り、女性に迫っていた。


「危ない後ろ!」

将之が叫ぶと女性は勢いよく身を翻し、襲いかかるバケモノを受け止める。


「チッ、この死に損ないが」

振り解こうとするが、数の多い方が有利になるのか、バケモノは八つの手で女性を絡め取るように張り付いている。流石の女性もジリジリと後退りしてしまうほどに。


「あぁ、どうすれば……」

今この場にいるのは俺だけ。俺がなんとか、なんとかしないと。


将之は震える膝を思い切り叩くと、数少ない気合いで立ち上がり、護身用に所持していた小太刀を不慣れな手つきでバケモノに向けて構える。間違えれば女性に当たる。しかしそんなことを考えている余裕はない。


――お前には無理だ。


「くっ……」


精一杯の勇気を振り絞り、将之は小太刀の刃を前に突き立てバケモノめがけて駆け出す。

 「む、無理じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  


 女性も気づいたのか、将之が向かってくる方向にバケモノを盾のように前に差し出す。そして――。


『グギッ……』命中。バケモノの背後中心に突き刺さる。


「や、やった!」


「でかしたぞ少年!」

今だとばかりに女性はバケモノの力が緩んだ一瞬の隙を見逃さなかった。

バケモノを引き剥がし空中に放り投げる。女性は左足を軸に回転。助走をつけてバケモノを蹴り上げる。


「あの刀、借りるぞ!」

言い終えるや否や、上空高く跳躍。


「終わりだ」

バケモノに突き刺さったままの小太刀を逆手に掴むと、そのまま引き抜きざまに、顔面を切り裂いた。 

この時、将之の視界には、女性と化け物の背景に満月が重なり神秘的な描写が映し出された。


「すごい……」

将之の心臓が高鳴った。

女性は舞い落ちる夜桜を彷彿とさせるがごとく、優雅に地上へと降り立った。


「名乗るのが遅くなった」

 女性はもった小太刀で空を切り、刃についた血を払う。

 「私は鬼兵隊、桜組所属。四十九院 和琴(つるしいん わこと)だ」

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