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第27話 推しって何!?

 汝、夢を見よ。

 思いを受け止めるは己が傷なり。

 しかして、それこそが汝を成すものなり。



 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 「どうして!? どうしてお父様を助けてくれなかったの!?」


 俺はしがみついてくる少女にそう聞かれる。

 その悲痛な叫びに、俺は答えることができない。


「嘘つき! 貴方なんか勇者じゃない! 勇者じゃぁ……うわぁぁぁぁぁぁッ!」


 彼女は声を上げて泣いた。


 俺は彼女を抱きしめようとして――やめる。

 仲間の血に汚れ、染み付いた戦いの匂いが、彼女に移ってしまうかもしれないと思ったからだ。


 俺はただ、彼女に謝ることしかできない。


 彼女を守ることはできた。だが、彼女以外の全てを守ることができなかった。


 それは事実だ。

 そんな俺に、彼女を慰めることなんかできない。


 だから、彼女が俺を恨むことで心を保てるのなら、それでいいと思った。


 それで、焼け落ちた屋敷も、使用人たちの骸も、彼女の目に入らないようにできるのなら……それでいいと思った。



 …… 

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………



 ◇   ◇   ◇



 ……懐かしい夢を見ていた。

 夢の中の少女にとってはどうかはわからないが、アキにとっては大切な記憶だ。


 決して忘れてはいけない、約束の記憶。


 今、彼女はどこにいるのだろう。


 そんなことを思いながら目を開けると――。


「おはよう。アキ」


 ――窓から入るわずかな光をも反射する銀の髪が揺れていた。


「……おはよう」


 とりあえず、挨拶は大事だ。

 アキは返事をする。


「さぁ、起きろ。学校に行くぞ」

「それはいいんだけどマリア」

「なんだ」


 マリアは不思議そうに首を傾げた。


「勝手に鍵開けて入ってくるの、やめて?」


 布団から片足だけをはみ出させ、髪もぐちゃぐちゃな寝ぼけた頭では、そう言うのが精いっぱいだった。



 ◇  ◇  ◇



「会長、おはようございまーす!」

「おはよう」

「おはようございます! 会長」

「ああ、おはよう」


 マリアは校門から校舎の間の道のど真ん中をゆっくりと歩く。

 それに対し、生徒たちは皆、律儀にマリアに挨拶をして追い越していくのだ。


 そんな背中を見ながら、アキはマリアの後ろをついていく。


「会長、おはようございます」


 そのとき、アキにも聞き覚えのある声がした。

 小走りで追いかけてきたのは尾上だ。


「千恵希か。おはよう」

「いつもよりお早いですね」

「うむ。アキを連れているのでな。余裕を持っておこうと思った次第だ」


 尾上の目線がアキに向けられる。


「……松里さん、おはようございます」

「お、おはようござ――ひぇっ」


 まだ覚醒しきっていない頭で返事すると、その目つきはもはや猛犬のそれだった。

 なんでお前が朝から会長と登校してんだ、とでも言いたげな目つきである。


 そんなのはアキ自身も知りたいくらいだが、肝心のマリアは落ち着いた表情で語りもしない。


 さっきから追い越す生徒も「ねぇねぇ、今の見た? あの男の子だれ?」なんて話をしている。


 しかし、マリアは鉄壁とも言えるオーラで、完全にそんなひそひそ話をシャットアウトしていた。

 ある意味、アキの魔法による防御壁よりも硬いかもしれない。



 そんな登校二日目、ホームルームが終わると――。



「なんでてめぇが会長と一緒に登校してんだ!」


 ――来栖に絡まれた。


 いずれはそんな輩が出てくるとは思っていたが、まさかの2日目。

 しかも相手が来栖だということに、アキは目を回す。


 胸倉を掴まれて「ぐぇっ」と苦しい真似をしてみるが、来栖は力を弛めようとしない。

 仕方なくアキは一番無難な理由を言ってみる。


「お、お隣さんだったから……?」

「付き合ってんのか!? あぁ!?」

「まだ会って2日目だよ!?」

「『まだ』だとてめぇ!」


 そこに絡んでくるんだ……、とアキは逆に感心した。

 ということは、それ以上の関係になることを気にしているということだろう。


 アキは声を大にして反論する。


「なんで怒ってるの!? 来栖くんは苗山さんと付き合ってるんじゃないの!?」


 昨日、水泳部の見学の際に別の女子からそう聞いた。

 アキが感じた苗山と来栖の間のしっくりくる感じは、やっぱりカップルだからなのだと思ったものだ。


 けれど、それはこの絡みを止める理由にはならなかったらしい。


「推しと彼女は別だろうがァ!」

「推しって何!?」


 聞きなれない単語に叫ぶ。

 するといつの間にか横にいた苗山がこちらを覗き込んできた。


「憧れの人ってことだよ。つまり会長のファンってこと、誠也は」

「そうなんだ――じゃなくて助けてよ苗山さん」


 今あなたの彼氏に恫喝されてるんですけど……と、批難を目を向けるが、苗山は「ん~」となにやら人差し指を口に当てて考えている。


「幸奈って呼んでいいよ?」

「呼んだらブッ殺す……!」

「火に油注ぐ~……」


 結局、次の授業の先生が教室に来るまで、アキは来栖に尋問されるハメになった。

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