汝、夢を見よ。
思いを受け止めるは己が傷なり。
しかして、それこそが汝を成すものなり。
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「どうして!? どうしてお父様を助けてくれなかったの!?」
俺はしがみついてくる少女にそう聞かれる。
その悲痛な叫びに、俺は答えることができない。
「嘘つき! 貴方なんか勇者じゃない! 勇者じゃぁ……うわぁぁぁぁぁぁッ!」
彼女は声を上げて泣いた。
俺は彼女を抱きしめようとして――やめる。
仲間の血に汚れ、染み付いた戦いの匂いが、彼女に移ってしまうかもしれないと思ったからだ。
俺はただ、彼女に謝ることしかできない。
彼女を守ることはできた。だが、彼女以外の全てを守ることができなかった。
それは事実だ。
そんな俺に、彼女を慰めることなんかできない。
だから、彼女が俺を恨むことで心を保てるのなら、それでいいと思った。
それで、焼け落ちた屋敷も、使用人たちの骸も、彼女の目に入らないようにできるのなら……それでいいと思った。
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◇ ◇ ◇
……懐かしい夢を見ていた。
夢の中の少女にとってはどうかはわからないが、アキにとっては大切な記憶だ。
決して忘れてはいけない、約束の記憶。
今、彼女はどこにいるのだろう。
そんなことを思いながら目を開けると――。
「おはよう。アキ」
――窓から入るわずかな光をも反射する銀の髪が揺れていた。
「……おはよう」
とりあえず、挨拶は大事だ。
アキは返事をする。
「さぁ、起きろ。学校に行くぞ」
「それはいいんだけどマリア」
「なんだ」
マリアは不思議そうに首を傾げた。
「勝手に鍵開けて入ってくるの、やめて?」
布団から片足だけをはみ出させ、髪もぐちゃぐちゃな寝ぼけた頭では、そう言うのが精いっぱいだった。
◇ ◇ ◇
「会長、おはようございまーす!」
「おはよう」
「おはようございます! 会長」
「ああ、おはよう」
マリアは校門から校舎の間の道のど真ん中をゆっくりと歩く。
それに対し、生徒たちは皆、律儀にマリアに挨拶をして追い越していくのだ。
そんな背中を見ながら、アキはマリアの後ろをついていく。
「会長、おはようございます」
そのとき、アキにも聞き覚えのある声がした。
小走りで追いかけてきたのは尾上だ。
「千恵希か。おはよう」
「いつもよりお早いですね」
「うむ。アキを連れているのでな。余裕を持っておこうと思った次第だ」
尾上の目線がアキに向けられる。
「……松里さん、おはようございます」
「お、おはようござ――ひぇっ」
まだ覚醒しきっていない頭で返事すると、その目つきはもはや猛犬のそれだった。
なんでお前が朝から会長と登校してんだ、とでも言いたげな目つきである。
そんなのはアキ自身も知りたいくらいだが、肝心のマリアは落ち着いた表情で語りもしない。
さっきから追い越す生徒も「ねぇねぇ、今の見た? あの男の子だれ?」なんて話をしている。
しかし、マリアは鉄壁とも言えるオーラで、完全にそんなひそひそ話をシャットアウトしていた。
ある意味、アキの魔法による防御壁よりも硬いかもしれない。
そんな登校二日目、ホームルームが終わると――。
「なんでてめぇが会長と一緒に登校してんだ!」
――来栖に絡まれた。
いずれはそんな輩が出てくるとは思っていたが、まさかの2日目。
しかも相手が来栖だということに、アキは目を回す。
胸倉を掴まれて「ぐぇっ」と苦しい真似をしてみるが、来栖は力を弛めようとしない。
仕方なくアキは一番無難な理由を言ってみる。
「お、お隣さんだったから……?」
「付き合ってんのか!? あぁ!?」
「まだ会って2日目だよ!?」
「『まだ』だとてめぇ!」
そこに絡んでくるんだ……、とアキは逆に感心した。
ということは、それ以上の関係になることを気にしているということだろう。
アキは声を大にして反論する。
「なんで怒ってるの!? 来栖くんは苗山さんと付き合ってるんじゃないの!?」
昨日、水泳部の見学の際に別の女子からそう聞いた。
アキが感じた苗山と来栖の間のしっくりくる感じは、やっぱりカップルだからなのだと思ったものだ。
けれど、それはこの絡みを止める理由にはならなかったらしい。
「推しと彼女は別だろうがァ!」
「推しって何!?」
聞きなれない単語に叫ぶ。
するといつの間にか横にいた苗山がこちらを覗き込んできた。
「憧れの人ってことだよ。つまり会長のファンってこと、誠也は」
「そうなんだ――じゃなくて助けてよ苗山さん」
今あなたの彼氏に恫喝されてるんですけど……と、批難を目を向けるが、苗山は「ん~」となにやら人差し指を口に当てて考えている。
「幸奈って呼んでいいよ?」
「呼んだらブッ殺す……!」
「火に油注ぐ~……」
結局、次の授業の先生が教室に来るまで、アキは来栖に尋問されるハメになった。