「ウプっ!し、失礼しますっ!!も、もうダメ!!私、吐くわ!責任とか部下とか関係なく、胃腸的に限界なのよぉぉぉ!!」
そんな悲鳴を残し
その姿は、まるで〝満員電車で異臭に耐えかねたOL〟のようであった。
(ちょ、ちょっと待って!?なにこれ?なにこの展開!?私の部下が、〝ゲロ災害の主犯〟?しかも女子トイレに入って変身してたとか、なにそれ?どこのZ級スパイ映画の展開!?っていうか、何の変身!?)
女子トイレに向かいながらも脳内ツッコミが止まらないエリーザは、胃の中の何かが猛烈に逆流してくる感覚に襲われていた。
(違う!これは違うわよ!?私がパワハラで追い詰めたから火廊君がゲロハザードをやらかしたからとかじゃない!魔法少女とゲロは無関係!いや関係あるの!ないの!?え?どっち?)
エリーザは呼吸を整えるために一度深呼吸したら、逆にゲップが出ちゃったのである。
(やばい、いったん落ち着こう。落ち着こ⋯⋯ゲボッ!?あかん!口から
口元を押さえた彼女の顔色は、真っ青どころか〝ティファニーブルー〟まで突き抜けていた。
そして、エリーザはトイレに行く前に〝ぶちまけ〟⋯るのをギリギリで踏みとどまったのである。
(あの
吐き気と羞恥と怒りと焦りと嫉妬と胃液がグルグル混ざって、エリーザはもはや「人間ゲロカクテル」と化していた。
(お願い!トイレ空いてて!!このタイミングで「大」の人とかいたら、私の社会的信用が「小」で終わる!!)
そうして彼女は、この後の昼休みに社内で〝胃腸弱め女課長〟というアダ名を付けられる事など夢にも思わずに、トイレの扉をぶち開けたのであった。
「お願い!お願いだから空いててぇぇー!!」
ガチャッ。
女子トイレの個室は全て空いてたッ!!
いや、今は全社員が会議室にいるんだから、空いてるのは当たり前なんだけどね。
ともかく、今のエリーザは、そんな事にも気が付かないくらい焦りまくっていたのだった。
女神(トイレの個室)の微笑みに救われたエリーザは、ほとんどスライディング土下座の勢いで便器に顔を突っ込みと同時に、
「ウプッ⋯⋯ウボェェェェェエエエ!!!!!!!」
女子トイレ内に轟く、魂のリバース・ソプラノ。
他に使用してる社員がいたら、その凄まじい吐き声でビビッて脱糞するんじゃないか?ってなくらいのドン引きレベルの音量であったのだ。
その瞬間、便器の中には今日の朝食(納豆や漬物(漬物石マハラジャ様♡)、白米)が原形を留めずに出荷された。
さらに胃液・後悔・羞恥・ストレス・昨日の上司評価・火廊陣生への呪詛など、あらゆる成分がゲロとなって混ざり合い、色とりどりの〝エリーザスペシャル・ゲログレーズド〟が完成してしまったのだった。
あ~あ。今、お米不足なんだよ?備蓄米はなかなか買えないし。もったいない事しちゃダメじゃん!
(くっ、最悪!人生最悪!!せっかくオシャレなスーツ着てたのに、ゲロスプラッシュで袖まで被害受けて⋯⋯!!)
便器の中でうずくまりながら、エリーザは震える手で自分のスリーブを見つめた。
(私、こんなはずじゃなかったのよ?魔界大学は首席卒業、魔王様の親衛隊候補だったのよ!?なんで今、女子トイレでスーツにゲロかけてんのよ!?)
ぴちゃ、という音が袖から床に垂れた。
(もう何も信じられない……火廊陣生!!あのオッサンのせいで全てが崩壊したのよ)
「クソがぁぁぁああああ!!!!!」
トイレ個室内に響く怒りの絶叫は、配管を伝って上層階にまで届いたとか届かなかったとか。
ぶちまけ終えて個室を出たエリーザは、洗面所の鏡を見た。そこには⋯⋯。
目の下にクマ、口元に吐瀉物、髪の一部にゲロスプラッシュという、完全に「終わった女」の顔が映っていた。
その姿は見る者によっては、「仕事に疲れてトイレで泣くOL」か?「推しが引退して吐いたオタク」か?と、判断に迷うビジュアルだったりするような気がする。
(だめだ!この顔じゃ、部下にナメられる。きららには胃腸虚弱ってバレる。社長には幻滅される⋯⋯)
その直後、トイレに部下の女子社員A(22歳 陽キャ&悪気ゼロの善意バズーカ)が入ってきた。
「課長~?お腹の具合は大丈夫ですかぁ~?」
天使のような笑顔で、地獄の現場に上陸する社員A。
その声はキーンと響き、エリーザの三半規管をさらに揺らした。
「いま、胃薬持ってきますね♡ あとガリガリ君も持ってきましょうか~?ソーダ味とレモン味、どっちがいいですかぁ?」
(やめろ!そういう気遣いが一番きつい!!今だけは、そっとしておいて!お願い、ガリガリ君の味なんて選ばせないでぇぇえ!!)
エリーザは震える指で、洗面台の蛇口をキュッと締める。
でも、蛇口からは、まだチョロチョロと水が出ていて、彼女の嘔吐の残り香が、やさしく排水溝から逆流してきていた。
わかる、わかるよエリーザ。
その〝気遣いが突き刺さる地獄〟は、作者も知ってるからな。
かくいう作者も、小学三年生のある日。
授業中に突如として訪れた〝腹のビッグバン〟に抗えず「まさかのウンコ漏らし」をキメてしまい、トイレの個室で心身共に崩壊していたことがある。
そこへ無邪気(無神経)なクラスメートの青木君がやって来て、ドア越しにこう言ったのだ。
「おーい!まだウンコしてんのかよー?トイレットペーパーないならジャンケンで負けたやつ持ってくるってー!」
あの時の絶望。あの時の孤独。
その後、漏らした事がバレて「ジャンケン負けたら
⋯⋯って、おい!今のエピソード、誰が語らせた!?ふざけんなよ!!これ全世界にアップされてんだぞ!?!?
いやいや!
ぎゃああああぁぁぁーーーッッ!!もうやめてぇぇぇーーー!!!作者の羞恥心とライフは、もうゼロよおおおおお!!!!
もうダメだ!こんな羞恥ゲロまみれの場面に、これ以上留まってたら読者の理性も壊れちまう!!
えーい、こうなったら、緊急手段の場面転換じゃーい!!
バビューンッ!!!
-ガラクタ商事会議室内-
火廊陣生は、きららにゲロハザードの主犯と断定されたまま、まるで時間が止まったかのように硬直していた。
(終わった⋯⋯人生の終電、乗り遅れた!いや、乗る前から脱線してたわ⋯⋯)
会議室には氷のような沈黙が落ち、社員たちはポカンと口を開けていた。
しかし数秒後。
誰かが呟いたのをきっかけに、〝ざわざわ〟と、カイジみたいなSEと同時に、ざわめきが広がり始める。
「え、マジで火廊先輩が?」
「女子トイレに入ったの?まさか、変態?」
「バッジ落としたって、うっかりにもほどがあるよ」
何人かの若手社員がひそひそと話し合い、背中を向けた女性社員は、陣生からそっと距離を取る。
四方八方からの冷たい視線。突き刺さる嫌疑の矢。
「ち、ち、違ううぅぅぅうッ!!」
陣生はついに堪えきれず、椅子をガタンと鳴らして立ち上がった。
両手を大きくブンブンと振りながら、声を張り上げる。
「そのバッジは、俺のじゃないです!」
するとすかさず、壇上のきららがすっと眉をひそめ、無表情に近い「真顔営業スマイル」で切り返す。
真顔とスマイルって、何だか矛盾してるような気がするが、そこはスルーしてほしい。
何故ならば、何も考えず勢いだけで書いた単語だからである。
「社章に〝火廊〟ってマジックで書いてありましたけど?」
「えっ」
陣生の表情が一瞬で蒼白になる。
きららは手元のリモコンで、背後のプロジェクターをカチッと切り替えた。
【証拠スライド:女子トイレで発見された社章(“火廊”と手書き)】の文字と共に、どアップの画像が会議室に映し出される。
(うわぁぁぁあああ!それ、
陣生は、脳内で娘の燕にツッコミを入れるのだった。
「で、でも!バッジは落としただけで……トイレには、入ってない!……たぶん!」
陣生の声は、どんどんしぼんでいく。
「たぶん、って曖昧ですね~」
きららが少し首を傾けながら、キラキラ笑顔で追撃する。
「い、いや!違うんです、これは、その俺の、双子の弟の仕業で!」
ざわっ⋯と、会議室内が再びざわめく。
「双子の弟?」
書記担当の総務主任が、メモを取る手を止めて顔を上げる。
「火廊先輩〜?双子の弟がいるんですか〜?」
きららが問い詰めるように聞いた。
「け、今朝、生まれました!!」
「成長早すぎません?」
「DNA、仕事しすぎじゃね?」
きららや、社員たちが次々とツッコミを入れる中、陣生はついにグニャッと机に突っ伏した。その時、彼の脳内にジュリアナの声が響く。
[陣ちゃん、ヤバいよ〜!全部バレそう〜♡どうする?
(するなっ!会議室がゲロハザードになるわ!!)
陣生は、ジュリアナに声が届かないのも忘れて、心の声で彼女にツッコミを入れる。
「ええい!だったらこれだ!!!」
陣生は謎のテンションで、スーツのポケットに手を突っ込み⋯⋯なぜかカツサンドを取り出した。
「これが、俺の!俺の無実の証拠です!!」
「えっ?」
「それ何の関係が?」
「まさか、カツ丼じゃなくてカツサンドで供述始まるの!?」
きららと社員たちが一斉に首をかしげる中、陣生は叫んだ。
「俺は、朝から何も食べてないからトイレに行ってないんです!つまり、女子トイレには入ってません!これが証拠のカツサンドです!!」
(⋯⋯は?)
会議室内の全員が一瞬、思考を停止した。完全に意味が分からない。
そのタイミングで、会議室の壁に掛けられた大型モニターが突如、起動した。
〝ピンポンパンポーン♪〟
社内チャイムとともに、スクリーンに病室らしき白い壁と点滴スタンドが映し出される。
画面内に現れたのは、タマキンが腫れすぎて緊急入院したガラクタ商事のカリスマ社長の
病衣姿でベッドから上半身だけ起き上がり、モニター越しに怒鳴り声をあげる。
「おいおい!俺が倒れてる間に何やってんだ、貴様らぁぁ!!」
まるで地獄から響く怒号。会議室が再び凍りついた。
⋯⋯というわけで、次回に続く!