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12ゲロ ズボンのチャックを開けたまま説教する上司に、説得力はない

ーガラクタ商事大型会議室内ー



 突然出現した会議室内の大型モニターに、タマキン社長の皺だらけでハゲ散らかした上に、アブラギッシュな顔面がドンと映し出された。



 無駄にアップ過ぎるせいで、鼻毛すらフルHDで映るという凶悪な映像に、会議室の社員一同が一斉に凍りついている。



 次の瞬間、なぜか画面が引きになって、彼の全身が映し出された。


 その下半身は丸出しのためモザイクがかけられていたが、股間に氷嚢を当ててるのは、かろうじて確認出来た。


 タマキンの〝タマキン〟が腫れているので、病院のベッドから緊急リモート参戦中なのである。



 「やだー社長!目が腐りますから、モザイク越しでも汚らしい粗チンを見せないでくださいよ~。セクハラで訴えますよ♡」



 ゲロ災害緊急対策本部・本部長の万賀多伊夢まんがたいむきららが、恥ずかしそうに両手で顔を覆ってタマキン社長に言った。


 「おお。すまんすまん、きららちゃん。看護師さん、画面をズームアップしてくれ」



 看護師が操作したのか、画面は見たくもないタマキン社長の顔面のアップに戻った。



[あのビッチの言う通りだよ!トラウマになっちゃったじゃないのさ!ワチキの魔法で、ジジイのドラ〇ンボールを汚ねえ花火のように破裂させてやろうか!?]



 陣生の脳内に、怒ったジュリアナの言葉が響いた。




(ベ〇ータみたいな事を言うなよー!というか、先ほどの全身画面は何だったの?まさか、社長が女子社員達に、自分の丸出し下半身を見せたかっただけなんじゃあ……?)




 一方、陣生も相手が相手だけに、心の中でツッコミを入れるのだった。




 タマキン社長、い、いや金造は、鬼のような形相をして陣生に怒鳴り散らす。




 「ウチの会社が無関係なら、ゲロハザードの犯人なんてどうでもいいんだよぉ!!会議室でカツサンド振り回してるヤツ!てめぇ何なんだよおぉぉ!?どこの部署だ?名を名乗れ!!」



 「ひいいいっ!?す、すいませんタマキン社長!!営業部の火廊陣生ひろうじんせいです」



 その怒声に陣生は土下座したまま、手に握ったカツサンドをポロリと落とす。



 カツサンドが床に落ちた音が、会議室全体に響き渡る。



 「……もうそれ証拠にもならん」


 誰かが小さく呟いた。



 「タマキン言うなボケがあぁぁー!!ワシがガラクタ商事社長の玉玉金造ぎょくたまきんぞうであーる!」



 陣生に禁句のタマキン社長呼ばわりされた金造は、某男塾の塾長みたいな決め台詞を言いながら、再び怒鳴る。



  「黙って聞いてれば、社章がトイレに落ちてただ?魔法少女がどうとか、今朝双子の弟が生まれただと!?この会社はいつから三流のライトノベルみたいになったんだ!!」


 彼の声に、会議室全体がガタガタ震える。誰一人、息を飲んで動けない。



 ……ただ一人、きららを除いては。



 特にゲロハザード主犯疑惑をかけられてる陣生は、全身から滝のような冷や汗を流して、震えちゃってたのだった。



 まさに陣生の人生が詰み直前、彼はポケットからボロボロの手帳を取り出し、震える手で走り書きをした。



『ジュリアナちゃんへ!魔法で助けて。見て分かるでしょ?今ピンチ!超ピンチ!!ゲロ吐きそう!!魔法の力で、この会議室ごと異世界転移して。それが無理なら、時間巻き戻しの魔法とかでもいい。ていうか、何でもいいから助けて。……貴女の陣生より♡』



 直接、ジュリアナと会話出来ない陣生は、こう書いたページをジッと見つめる。



 こうすれば、彼女に伝わるはずと信じて。


(お願いジュリアナちゃん!困った想いはきっと届く!魔法少女は、困ってる人のピンチに絶対駆けつけるって『マジカル☆クミちゃん』で見た!)



 その直後。彼の頭の中に、何故か〝チュンチュン〟という小鳥のSEとともに、ジュリアナの緊張感0%な脳内ボイスが響いた。



[ワチキに魔法で何とかしろって~?ふふっ!大ピンチな状況は分かってるわよ。陣ちゃん]



 (おお!それじゃ早速魔法で、何とかしてよジュリアナちゃん)



 彼は、心の声でジュリアナに懇願する。



[陣ちゃんさ~、魔法少女に夢見すぎなんじゃないの?朝見てたご都合主義のアニメのせい?ていうか、異世界転移とかワチキにはマジ無理だし。もしも会議室で異世界行っても、会議ごと続行されるだけだと思うよ?魔法少女は便利屋じゃないの。あはははっ!面倒くさいから、ワチキ寝るね♪終わったら起こしてね~]




 そう言って、ジュリアナの声は聞こえなくなった。陣生、がっくり。




「ジュリアナァァァ!!」



 怒りと絶望のあまり、陣生はジュリアナの名を大声で叫ぶ。




「何だ?火廊。そのジュリアナとかいうのは?貴様の推しのキャバ嬢か?可愛いのか?俺にも紹介せい。グフフフ」




 金造は、先程までとは、別人のように鼻の下を伸ばしまくったスケベ顔をしながら、陣生に言う。



「い、いえ。キャバ嬢じゃないです。僕の胃袋が時空に耐えられなくて」



 陣生は、自分でも何を言ってるのか分からずメンタルが異世界へ旅立ちそうだった。



 次の瞬間。




 「えっと〜社長、それについては、私の方からご説明を〜」



 2人の間に柔らかく割り込んできたのは、きららである。



 クルリと壇上から振り返り、満面の営業スマイル。



 「実はぁ〜、火廊先輩の言ってた‶ジュリアナちゃん〟って、ペットのハムスターなんですよ〜♡」



 「……は?」



 きららの説明を聞いた金造や会議室内の全社員がポカンと口を開けて呟く。



 「それでですね?そのハムスターが、火廊先輩のバッジを咥えて偶然女子トイレに走り込んでぇ♡ うっかり個室にバッジを落としちゃったみたいなんです〜。ね?火廊先輩☆きららってば、その事をすっかり忘れて、先輩の事を疑ってごめんなさ~い♪」



 「え、えっと……。そ、そうです!ジュリアナちゃんは、俺のペットのハムスター……正式名称はジャイコ&ジャイアンゴーダブラザーズちゃんです!」



 陣生、混乱しながらも乗るしかないと察して全力で便乗する。



 「ほぉん。ハムスターが社章咥えて女子トイレに逃げ込む、っと。ほお?」



 ズーム越しに金造は、メモを取りながら、目を細める。完全に疑っていたようである。



 いや、信じる方が、頭どうかしてるからね?



 「えー?社長もしかして、きららの言う事を疑ってるんですか~?きらら泣いちゃいますよ?グッスン!」



 そう言って、きららは大きな目をウルウルさせながら、上目遣いでモニターを見つめる。



「あーん。きららちゃん泣いちゃダメ♡おい、火廊。きららちゃんに免じて今回は大目に見てやろう」



 スケベな金造は、きららに完全に骨抜きにされ、即座に態度を変えた。



 「ただし!社内をここまで混乱させた罪は重い!!」



 「ひぇっ!」



 「よって火廊陣生、お前には反省の意を込めて……‶ゲロポエム〟を作成し、全社員の前で朗読してもらうぞ。それでチャラだ!以上!!」



 そう言うと同時に、大型モニターの電源は切れちゃったのだ。



 「えええーーっっ!ゲロポエムって、何を書けばいいんだよーー!?」



 陣生は絶叫しながら椅子を蹴倒し、両手で頭を抱える。



 その姿を見た会議室中の社員たちは爆笑の渦に包まれ、まるでバラエティ番組の収録現場のような空気に変わっていた。



 (でも、疑い晴れたみたいだから、とりあえず良かったの…か?)



 彼らの様子を見て、少しだけ安堵する陣生だった。



 「はいはーい☆ 緊急対策会議はこれで終わりでーす!」



 壇上でマイクを握ったまま、ゲロ災害緊急対策本部・本部長のきららが、軽やかに手を振って締めに入る。



 「警察や保健所には、きららから上手〜く説明しておきますから~。なぜか駅の防犯カメラの映像が残ってないから、余裕ですよ~♪」


 そう言って、彼女はニッコリ微笑んだ。


 彼女の表情は、誰が見ても"無害そうな女子社員の100点スマイル"だった。


「では、火廊先輩。ゲロポエムの提出期限は今から10分後です☆ 今、記入用紙を渡しますね♡」


 きららは、にこやかに歩み寄り、陣生の席までやってくる。そしてそっと、ピンク色の用紙を差し出した。


 次の瞬間、彼女は誰にも聞こえないような小声で、陣生の耳元に囁く。



「ちなみに、さっきの‶ハムちゃんの件〟は、信じたふりしただけですから♡」


「えっ?」



 陣生は目を見開いた。反射的に体がビクッと震えてきちゃうのだった。



「ま、火廊先輩がどんなポエム書くのか、楽しみにしてますね?ふふふっ」



 上目遣いで見上げるきららは、まるで天使の仮面を被ったサディスティック女神だった。



 (きららちゃんって普段は天然ぶってるけど、ありゃ仮の姿だ。あの娘は何者なんだ?)



 会議室内の空調はちょっと寒いくらいなのに、火廊陣生の背中には嫌な汗が止まらなかった……。





ーそれより10分後・同会議室内ー



 社員全員が定位置に戻り、再び会議室が静寂に包まれる。



 壇上のマイク前には、カタカタと用紙を持つ手を震わせながら立つ男、火廊陣生の姿があった。




「え、えー、それでは、ゲロポエムの朗読を始めさせて頂きます」


 彼の言葉を聞いた会場の社員達は、笑いをこらえる空気で満ちていた。





「題名:胃袋からのSOS 作:火廊陣生」




 一呼吸置き、陣生がゆっくりと読み上げる。




 『吐きたくて 吐きたくて 震える朝 通勤電車の中で 揺れる俺の胃袋の中のもんじゃ焼き ムカムカと 胸に広がるゲロの予感 嗚呼 今日もまた 胃酸の歌が 俺を呼ぶ』




「…………」



 場内に再び訪れる沈黙。誰もがリアクションに迷っていた。



「……詩人だ。なんか、泣ける!」


 ぼそりと、書記担当の総務主任が呟く。



 「なあ、主任は泣いてるけど‶胃酸の歌〟って深いのか?いや浅いのか?」



 「知らん!俺に聞くなよ」




 ざわざわとした空気の中、総務主任の目尻に一滴、涙が光った。その目には、不思議な感動すら宿っていた。



 すると、誰も操作していないはずの大型モニターが突然“ブゥゥン”と再起動しちゃって、画面にはまたしても金造社長の小汚い顔が、ドアップで登場したのだった。




「火廊、貴様ァァァ!!」


「ひ、ひいぃっ!!」


 陣生は原稿を手に正座したまま、涙目で震えた。



(終わった。俺の社畜人生……)



 だが、金造の次の一言は、彼の予想を覆した。


「実に!感動したぞーー!」



「えっ?社長、泣いてるんですか?」




 陣生の問いにも答えず、金造はモニターの中で、その両目からタマキン汁をみっともなく垂れ流していた……じゃなかった、男泣きの涙をぼたぼたと流していた。



「まさか、ゲロにこれほどの情熱と悲哀があったとは!お前の胃酸とゲロの叫びが、このタマキンのハートを射抜いたぞ!!」




 言ってることは完全に意味不明だが、感情のこもった口調に、なぜか誰も反論できなかった。



「火廊陣生……貴様を本日付で‶営業部係長〟に昇進とする!!」



「「「えええぇぇぇぇぇーー!」」」



 「嘘だろ?万年平社員の火廊先輩が係長?」



 「こんな事なら、俺がゲロポエム書けばよかったー!」



 まさかの金造の昇進発言に、会議室中がどよめいた。



「さらに〝特別賞与500円〟を支給だ!!自由に使え!ゲロ袋でも買うがいい」



「え?たった500円!?いや、ありがたき幸せぇぇぇえ!!」



 陣生は、両手を床につけ、頭をこすりつけるようにして感涙の土下座。




 「やったぜ!これが胃酸で掴んだ出世ってやつか!これで、明日からは俺の朝ご飯もちゃんと出るよな!?」



 陣生は、予期せぬ出世を果たした事によりガッツポーズを取って、小声で呟いた。



 会議室の空調はいつも通り。しかし、彼の心の中だけが、今とびきりアツかった!





  ‶バァン!〟



  「待て待て待てーい!今、火廊君が、係長昇進って言いました?」



  轟音と同時に、会議室内に、ひときわ大きな声が響いた。




 入口のドアを勢いよく開けて叫んだのは、営業部の鬼課長にして、コマンドサンボ達人である辺留べる薔薇薔薇ばらばらいんエリーザだった。





 顔面蒼白、右手には食べかけのガリガリ君ソーダ味を握り、服の袖にはうっすらと水の染み。



 先ほどの‶惨劇〟つまりトイレでの嘔吐から、どうにか立て直してきた直後である。



 いや、ガリガリ君食ってたんかーい!!




 エリーザは、まだ若干ふらつく足取りのまま、陣生の席まで近づく。




「な、な、なんで、あなたが……係長……? 誰か、何かの間違いって言って!!」



 ‶ボリボリ〟



 エリーザは、残りのガリガリ君を食べながら、リングの貞子のような形相で陣生に言う。



「え、エリーザ課長?いや、その、社長が‶ポエムに感動した〟から、昇進だって。どうでもいいけど、何でガリガリ君を食ってんスか?」



 突然の事態でフリーズしてた彼は、やっと口を開きエリーザに答える。



「なにににィィー??あのゲロポエムに!?私が女子トイレで苦しんでる間に、何?この会社、いつから吐いたもん勝ちの社風になったの!?」



 涙目で叫ぶエリーザ。



 その迫力に会議室の空気が凍りつく中、陣生がそろりそろりと口を開いた。




 「い、いやでも、エリーザ課長の方が、まだ役職上じゃないですか?オレ、まだ係長なんで?まぐれですし。えへへ」




 恐る恐る笑いながらも一応フォローを入れたつもりだったが、




 「だからムカつくのよ!!」




 エリーザは、食べ終わったガリガリ君の棒を天に掲げ、口内の氷の破片を陣生の顔面に飛ばしながら叫ぶ!




 「私はね!?毎日22時半まで残業して、昼間は部下のミスの尻拭いをして、夜は終電の中で(自分の評価よりも、営業チームの士気を上げるにはどうすればいいの?)って悶々としながら帰ってるの!その間、お酒も飲まず、甘い物だけが唯一の癒しでさ!しかも、癒しのはずのガリガリ君を食べてたら、急に口内炎が出来ちゃって、物凄く痛いのよ!!」




 「口内炎って急に出来るんですか?ていうか、毎日22時半?課長、超真面目じゃないですか!お願いだから飛ばさないで!ガリガリ君の破片を」




 「それなのに、火廊君は何?ゲロポエム書いただけで出世?しかも内容が‶胃酸の歌が俺を呼ぶ〟?呼ぶな胃酸を!歌わず黙ってろォォぉぉー!」




 「ひぃっ!胃酸にそんな怒られても」




 「どうして!どうしてこの会社は、ゲロとポエムをぶちまけた者が昇進する謎の評価制度なのよ!?私、今まで社内ではノンゲロ&ノンポエムでやってきたのに!清廉潔白がバカを見るの?正気なの?この人事査定!!」




 「清廉潔白って単語が似合う課長、初めて見ました」




 「火廊くん!!」




 「ひゃいっ!?」




 エリーザが、陣生にズイッと顔を近づける。



 その額にはうっすらと汗、しかし目はギラついていた。



 「今後、あなたが‶係長〟として働く以上……」



 「は、はい!」



 「全会議の議事録と議題のまとめは、毎回あなたがやって。ついでに私の靴、磨いといて」




 「えー!!係長になったのに、俺、めっちゃパシられてるじゃないスか!?」




 「そうよ!ゲロポエムに負けた女の怨念を、思い知りなさい!この胃酸係長!トリプルH【吐いて・反省したフリの・変態】男が!」



 「地味に、上手いキャッチフレーズつけないくださいよぉぉぉー!」




 こうして火廊陣生の‶係長生活〟は、就任直後から、エリーザ課長の怨念に包まれてスタートしちゃったのだった!




 「あ~あ。エリーザちゃんってば、みっともな~い☆ウフフ♡」



 そんな2人のやり取りを見て、きららは口元を歪め悪役ぽく笑って呟くが、誰も気がつかなかったのであーる。





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