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第8話『出来れば言わないで欲しかった』

 中身を流し台に置くと、とりあえずそれを持ち上げて色んな角度から舐めるように眺めてみた。ぐるぐると回していると、ふとトモが声を上げる。


『ヒロキン、ストップ!』

「え?」


 俺は手を止めてイヤホンに集中していると、トモが何かに気づいたかのようにゴクリと息を呑んだのが聞こえた。


『ごめん、あのさ、凄く言いにくいんだけどさ』

「え? なに? 何かあった?」


 特に何も気付かなかった俺の耳に、宮の可愛い間延びした声が聞こえてくる。


『目がね~あった気がするの~』

「めっ!?」


 それを聞いて俺は慌ててそれを放り投げた。


 目!? これは生物!? そんな物をどこかの馬鹿は冷蔵庫にぶち込んできたの!?


「待って。嘘だよね?」

『俺も見たー。めっちゃちっちゃい目。可愛かったよ』

「可愛い訳あるか! じゃあやっぱ腐ってんじゃないの!?」

『前回にも増してヤバい。ウケる』

『それってさ、スライムっぽくね? なんちゃって』


 誰かの言葉に俺はヒュッと息を呑んだ。そう言えば誰かが言っていたではないか。その冷蔵庫、異世界に繋がっちゃったんじゃない? って。


「え……ねぇ、止めて。心細い」


 思わず本音を吐露すると、皆が口々に慰めてくれた。


『でもスライムかー。だったらこの間のよりはまだ馴染みある』

『馴染があるのは二次元の話で、これ現実だぞ? どうやって食べるんだよ? しかも臭いんだろ?』

『見た目だけなら凍らせてゼリーとかって思うけどな』

『匂いヤバいなら凍らせても無理だろ。あとゼリーは凍ってないからな? お前、さては硬い妹プリンの奴だな!?』 


 何だか前回よりも皆が本気で食べ方について提案してくれているが、やはり食べなければならないのか。俺はこれを。


 前回は卵だったからまだ試食してみようと思えたが、今回はそもそも食べて良い物かどうかすら分からない。これはこのまま捨てても良いのでは? むしろそういう生物学者とかに引き渡すべきでは?


 そう思うのに、何故か皆の心は既に『食べる』一択である。


 俺は流し台に放り投げたスライムかもしれない物を持ち上げて、もう一度じっくりと眺めてみた。


 するとたしかに小さいが目のような物がある。間違いない。これは生物だ。


「生き物ならまずは内蔵処理が基本だけど、これ内蔵あると思う?」

『どうなんだろう? 透けてるけど中身は何も無さそうだよな?』

『でも目みたいにちっさいのかもよ? とりあえず掻っ捌いてみたら?』

「だな。よし、やろう」


 こんな時間に付き合ってくれた仲間たちの時間を無駄にする訳にはいかない。


 俺は包丁を取り出して恐る恐るスライムに先っちょを突き刺してみた。


『刺すんかい!』

『何か液体とか出る? ぶちゅっと』

「……出ないな。何も出ない。中身は液体ではないみたい。あと臭さが増した」


 包丁を抜いても何も出てこないし、抵抗も無い。まるで水に包丁を突き刺しているような感覚だ。


『ちょっと調べてみたんだけどさ、スライムの食べ方って』

『いや、そんなレシピある!?』

『それこそ2次元には溢れてんだろ。2次元にはな』

『やっぱ物語の中にしかねぇわ。一番有名どころなのはちょい手間かかりそう』

『あるんかい! ネットはすげぇな!』

「手間がかかるのか。それは今からじゃ無理だな」


 というよりも、臭すぎて食べる気が起こらない。まずはこの臭みをどうにかしなければ。


『生き物って~普段食べてる物が体臭になるでしょ~? という事は~スライムは生ゴミか何かを食べてるって事だよね~?』

『宮の言う通りだな。つまり、生ゴミを食べる生物の臭み抜きが出来れば良いんじゃないか?』

『生ゴミ食べてる生物じゃないけどさ、野生動物の臭み抜きには酢と香草と砂糖が効果的だぜ。俺猟師だから良く抜くんよ。でもそれも結構な時間かかると思う』


 猟師! 俺はその事に驚いていた訳だが、酢ならうちにもある。とりあえずやってみようと思ってボールに酢を入れて、その中にスライムをぶちこんでみた。


 すると——。


『やべぇーー! めっちゃ泡立ってる!!!』

『こえぇ!』

『どんな化学反応起こしてんだよ!?』

『酢に入れて泡立つって事はスライムは炭酸カルシウム……つまり卵の殻って事!? もしくは貝殻とかチョークとか……』

「それどれも食べ物じゃなくない!?」


 それじゃあ何か。スライムは凍らせると文字が書けるのか!? 


 しかしそれが本当なら溶けてしまうという事だ。俺は慌てて尋常じゃない程泡立っているスライムを酢から取り出した。


 するとどうだろう! 匂いがすっかり消えているではないか!


「匂い、無くなった……」

『マジか!』

「あと何か色変わってるし手触りが違う気がする」


 光に透かしてみると、さっきまでクリアな水色だったスライムが今は何だか濁っていて、プルプルした感触ではなくなっていたのだ。


『科学変化起こしたってこと?』

「……多分」


 もしくはスライムの外側は実は全て炭酸カルシウムで、本体はこれという可能性もある。


『あのプルプルは全部膜で、その部分が普段は乱反射みたいなの起こして中身が見えないように身を守ってるって事か。凄い進化だな』


 感心したようにトモが言った。


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