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あれから一週間。毎日私はルーンと一時間おきに交代であの冷蔵庫を明けたり閉めたりしていたけれど、あれっきりただの一度も不思議な料理が入っている事は無かった。
「……今日もない」
私はしょんぼりしながら店舗兼自宅に戻ると、ルーンが何か作業をしている。
「何してるの?」
「明日の狩りの準備。そう言えば姉ちゃん、頼んでおいた討伐申請してきてくれた?」
そう言われて私はハッとした。すっかり忘れていた!
「い、今から行ってくる!」
「はあ!? 今から行ったってもうロクなの残ってないよ!?」
「何か! 何かはあるはず!」
それだけ言って私はエプロンをばさりとルーンに被せて家を飛び出し、町の役所に飛び込んだ。
ふと壁にかけてある時刻を確認すると、時を示す魔法陣に夕暮れが映し出されている。あそこに月が顔出し始めたら役所の今日の営業は終了だ。
「シャルロッテー、ギリギリだぞー」
カウンターの内側から幼馴染で悪友のドレンが頬杖をつきながら言う。
「申請書ちょうだい! 何が残ってる!?」
「お前に狩れそうなのはスライムだな。ルーンならゴブリンとか」
「じゃ、それで一週間埋めて!」
「そんなスライムとゴブリンばっか何すんだよ? あ、料理?」
祖父の得意料理はゴブリンの姿焼きだった。それはもう美味しかったが、ポンコツ魔法しか使えない私には出来ない。ただ焼けば良いというものではないのだ。焼く前に何かして何かしていた気がするが、その何かの部分がさっぱり分からない。
けれど店を引き継いだ手前出来ないとは言えず、私は笑って誤魔化しておいた。
とりあえずドレンに全て任せて一週間分の討伐申請を出した私は、ついでに惣菜屋でワイバーンの煮物を買って帰る。これが今日と明日の朝のご飯だ。
「ただいま~」
「おかえり。で、どうだった?」
「スライムとゴブリンが残ってた。あんたゴブリンね」
そう言ってルーンに書類を渡すと、ルーンはそれを見て頷く。そんなルーンを横目に私はテーブルの上に今しがた買ってきたワイバーン煮込みを置くと、ルーンが焼いておいてくれたパンをオーブンに取りに行く。
「姉ちゃん、言いたかないんだけどさ」
「なに?」
ワイバーンの煮物から骨を取り除いていると、ルーンが呆れたような声で話しかけてきた。
「どうして姉ちゃんはハマるとそれしか食べないの?」
「美味しいでしょ? ワイバーン煮込み」
「美味しいよ。美味しいけど、この一週間もうずっとワイバーンだよね? いい加減にして?」
「酷い! お姉ちゃんは成長期のあんたの為を思って——」
「違うでしょ。あの得体の知れない料理の味にちょっと似てるからでしょ?」
半眼になってそんな事を言うルーンに私は悪びれもせずにコクリと頷いた。その通りである。この店のワイバーン煮込みがちょっとだけ、ほんのちょっとだけあの時食べた料理に似ていたのだ。
「だってもう一度食べたいんだもの! もう味なんてすっかり忘れちゃって記憶の中にあるのはこのワイバーン煮込みの味しか無いけど!」
「それはもうワイバーン煮込みなんだよ。はぁ。先が思いやられるなぁ」
こんな会話をしながら結局ルーンは全て平らげ、翌朝またワイバーン煮込みを見てもう一度全く同じ会話をしたのは言うまでもない。