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第12話『無理無理無理無理!』


 無事にスライムを調理し、少しだけ何らかの自信が芽生えたり芽生えなかったりした頃、俺の元にまた母ちゃんから救援物資が届いた。


「トマト、きゅうり、茄子、ピーマン……ありがてぇ! でも母ちゃんごめん! 俺の口に一口も入ってねぇ!」


 涙を拭いながら俺は段ボールから仕分けをしてまた懲りもせず作り置きを量産する。


「今度は大丈夫かなぁ……でも二度ある事は三度あるって言うしな……」


 そう言いつつ作り置きした料理とビールを入れた。暑い毎日だ。バイトから帰ってきて一番に何を飲みたいと言われたら、キンキンに冷えたビール一択だ。


 お願いだから今度は盗らないで! そう思いながら冷蔵庫に入れて願掛けでもするかのように冷蔵庫を撫でる。


「頼むぞ~相棒。お前三万もしたんだからな~。せめて一回ぐらいは母ちゃんの野菜食わせてくれよ~」


 そんな事を言いながら平べったい布団に潜り込んだ俺は、朝までぐっすり眠りに落ちた。


 そして翌朝。


「やっぱりね! だろうと思ってました! だって二度ある事は三度あるもんね!? ちっきっしょーーーーー!!!!」


 冷蔵庫にはやはり何も無かった。ビールも無かった。悔しすぎる。俺はあまりの悔しさに冷蔵庫の前で四つん這いになって床を叩く。


 するとすぐさま隣の部屋からドン! という壁を叩く音が聞こえてきて縮こまった。都会怖い。


「とりあえず朝飯買ってこよ。見る限り今回は何も入ってないみたいだし!」


 冷蔵庫に何も入っていないと喜ぶ自分もおかしな話だが、何か入っていたらまたあの伝説のスレを立てなければならなくなる。


 食料をネコババされる事には腹が立つが、何も無い事を喜ぶ日が来るとは思ってもいなかった。


 俺は鼻歌など歌いながらコンビニで冷やし中華を買ってきて、食べる準備をして何となく癖で冷蔵庫を開けたその時——。


「っ!?」


 ちらりと一瞬何かが見えた。気がする。俺はすぐさま冷蔵庫を閉じて深く深呼吸をすると、そーっと冷蔵庫を開けて声にならない叫び声を上げ、後ろに倒れ込んだ。その拍子に冷やし中華が床に落ちてしまったが、構うもんか。


『至急! うちの冷蔵庫の様子がおかしい件について・3』


 そしてすぐさま動画を繋ぐ。この作業にもう躊躇いもない。とにかく一人にしないで欲しかった。


『今から昼休み~って思ってスマホ見たらヒロキン! お前、仕事どうした!?』

「今日休み! てか、無理無理無理無理!」


 あれからずっと俺の冷蔵庫事情をウォッチしてくれているのか、一番に反応を返してくれたのはヤスだ。こいつ、案外良い奴だったのかもしれない。


『今日は最初から見られそうだな! で、今日の食材はなぁに?』


 そこへ今北産業! などと古のネット語を使っていた『熟れピンク』が会話に割り込んでくる。


 するとそれを皮切りに続々といつものメンバーと所見さんが集まってきた。


『この板大盛況なの~』

『こんな場末の板なんて皆よく見つけてくるな』

『表でまとめられてたからじゃね? ROMってるけど結構な人数だよ』


 その言葉を聞いて板の人数を確認すると、そこには三桁の数字が並んでいるが、それどころではない。


「そんなんどうでもいいんよ。とりあえず助けて! 誰でも良いから!」

『今日のは何だったの~?』


 間延びした宮の声は癒やしだが、俺は震える声で言う。


「わ、分からん。とりあえず見てみて」


 そう言って俺はスマホのカメラを冷蔵庫に移していく。その途中でちらりと床に無惨に落ちた俺の朝兼昼飯がちらりと映ったらしい。


『うわ、凄い人数! サーバー落ちるんじゃない? てかヒロキン、お前それせめて片付けろって』


 笑い混じりにやってきたのはトモだ。初期メンがやってくると無性にホッとするのは何なのだろう。


「それどころじゃなかったんだよ! いい? 開けるから。心臓弱い人は注意してね!」


 一応注意をして俺はそーっと冷蔵庫を開けた。その途端、あちこちから悲鳴が聞こえてくる。マイクの無い奴らからは届いたコメントが阿鼻叫喚だ。


 冷蔵庫の中には白っぽくて長い物がぎっしりと詰まっていた。一見何かは分からない。分からないが気味が悪いとだけ言っておこう。


 俺は無言で冷蔵庫を閉じてもう一度深呼吸をすると、またあのマスクと手袋、そしてこの一週間の間に買ってきたゴムエプロンを身に着けた。


『これは飯落とすわ……何だろう……?』

「分からん。出来れば触りたくない」


 トモの真剣な声に俺は深い溜息を落とすが、そんな中ヤスは元気だ。


『あれかな? ちょっと触手っぽくなかった!?』

「触手!? あのエロいやつ!?」


 俺と皆の叫び声がピタリと一致した。


『触手か……確かに言われてみれば?』

『触手なんか誰も見たことねぇだろって。主、良いからそれ出してみろよ』

「いや、そうは言うけどなかなか勇気いるんだぞ」


 あと、所見の奴にこんな事言われたくない。そんな言葉を堪えつつもう一度冷蔵庫を開けて中から得体の知れない物を取り出した。


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