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躯骸(くがい)
躯骸(くがい)
鍵谷端哉
ホラー都市伝説
2025年04月21日
公開日
1.5万字
連載中
【毎日20時更新】 すべては、“あの一家”が来た日から狂い始めた。 人口わずか1400人、地図からも忘れられた山間の村に、突如として現れたのは、鳳髄(ほうずい)と名乗る資産家一家。 彼らは村外れに異様なほど豪奢な洋館を建て、村人との交流を一切絶ち、ただ静かに、どこか異国めいた暮らしを始めた。 その空気は、誰もが薄々感じ取っていた。 鳳髄家は、何かが“違う”――。 やがて、一家の一人息子・祥太郎の変死体が、崖下で発見される。 村人たちは奇妙なほど淡々と、「不運な事故だった」と言い合い、鳳髄家の者たちもまた、まるで台本でもあるかのように、感情のない顔で葬儀を済ませた。 ――あの一家には、“死”すらも予定調和なのだろうか? その違和感を見逃さなかったのが、元探偵・氷室響也。 数年前、東京から逃れるようにこの村へ越してきた彼だけが、鳳髄家と、この村に漂う不気味な沈黙の意味を疑い始める。 そして、次に消えたのは、村に住む一人の少年――西山結翔。 まるで“何か”に吸い寄せられるように起こった、ふたつの事件。 氷室が探り当てたのは、村の古層に封じられ、誰も触れようとしなかった“闇”の記憶。 それは、開けてはならない扉だった。 彼が目を逸らさなければよかったと後悔するのは、もう少し先のことになる。

プロローグ

 死んでいる。 


 それは一目で、それとわかった。


 崖下に転がる遺体は、まるで人形のように、手足が奇妙な角度で折れ曲がっている。

 頭部からは血が流れ、石に打ち付けられた顔の半分が、ぐしゃりと潰れていた。


 その目だけが、生々しく、こちらを見開いたままだ。

 まるで何かを訴えるように。

 あるいは、何かを呪うように


「……一応、医者呼ぶか?」

「それより警察だろ」


 崖の上から、死体を見下ろす村人たち。

 その声に、取り乱しや動揺の色はない。

 むしろ、安堵にさえ近い。


 行方不明が発覚して数時間だが、村の大人たち総出で捜索した末に見つけた“答え”に、誰もがほっとしていた。


 ――ようやく終わった。


 もう山を歩き回らなくて済む。

 その安心の方が大きいのだろう。


 ましてや、死んだのは村の子ではない。

 この村にやってきたのもほんの数日前。

 不愛想な子供で、友達もいなかったと聞く。

 そのためか、この村で、心からその死を悲しむ者などいなかった。


 ――親以外は。


 当然ながら、親は取り乱すだろうと、村人たちはその姿をちらちらと伺った。

 だが、子供の父親は、いつもと変わらず険しい表情で、淡々と隣の村人に尋ねる。


「死亡届は、どこの病院でもらえる?」


 その瞬間、空気が凍った。


 まだ息がある可能性も捨てきれない。

 だが彼はもう、手続きのことを話している。


 目の前にあるのは、『自分の子供の死体』なのに。


 誰かが小さくつぶやく。


「……不気味な家族だ」


 関わらなくてよかった――誰もが、そんな本音を胸に隠した。

 向こうから「関わるな」と言われた過去を思い出しながら。


「なあ、あんた。死亡届もなにも、まずは子供を引き上げないと」


 さすがに親としてその反応はないだろうと、たまりかねた村人の一人が、父親に進言する。


「ああ、そうか。そうだな。やっぱり警察を呼んもらおう。いや、レスキューか? けど、こんなところまで来てくれるかは疑問が残るな」


 父親は、村を『こんな場所』と呼んだ。

 その言葉に、怒りすら湧かず、村人たちはただ呆れた。


「あとは警察に任せて帰ろう」


 誰かがそういうと、ぞろぞろ村人たちが帰っていく。


 そんな中、他の村人たちとは異質な雰囲気をまとう男がじっと父親を見ている。


 ――鳳髄誠一郎。


 それが死んだ子供の父親の名だ。


 そしてその誠一郎を見つめていた男の口元が、ゆっくりと吊り上がる。


「面白くなってきた」


 男はそう呟くと、子供のように、無邪気な笑みを浮かべた。

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