若菜は時間が停まったかのように呆然として立ち尽くしている。
そんな中、氷室は辺りを見渡して人の気配を探る。
(犯人はもう逃げたようだな)
警察に連絡しようと携帯を取り出すと、横でドサッと何かが落ちる音がした。
視線を送ろと、若菜が尻もちをついていた。
「え……あ……」
奥歯を鳴らしながら、美弥子の首を凝視している。
(こんな衝撃的なものを見れば当然の反応か)
氷室は若菜の前に行き、屈んで抱きしめる。
「若菜。落ち着いて。深呼吸できるか?」
「あ……あの……私……」
ガタガタと震えている若菜。
「大丈夫だ。もう犯人はいない」
まだ息は荒く、全く震えが止まらない。
「立てるか? とりあえず外に出よう」
「あ、は、は……い」
今にも発狂して叫びだしそうな気配だが、それを必死に堪えているようだ。
寄り添いながら家を出る。
若菜は壁に寄りかかりながらも、すぐに座り込んでしまった。
「……どうして、こんなことに……」
両手で顔を覆い、嗚咽を漏らし始める。
祥太郎の時は崖下に死体があった。
今回のように目の前に死体があるのとでは状況が違う。
手に届く範囲に死体があれば現実味が嫌でも湧いてしまう。
ショックは相当なものだろう。
(トラウマにならなければいいが)
本当はこのまま若菜に寄り添っていたいが、警察に連絡しないといけないし、その前にやらなければならないこともある。
「すまない、若菜。警察を呼ぶ前に中を調べておきたい」
「……お願いします」
幾分、落ち着いたのか、若菜は顔を手で覆ったままだったが、大きく頷いた。
若菜をその場に残すことに罪悪感を覚えながらも、氷室は再度、家の中に入る。
少し目は慣れてきたが、電気をつける。
床には大量の血が広がっていた。
部屋の中央には頭のない体が仰向けに寝かせられている。
しかも、両手を胸の前に組んだ、死者を棺桶に入れるときのポーズを取っていた。
(何かのメッセージか?)
犯人は美弥子を殺してすぐに逃げるのではなく、わざわざ、頭を切り落としてさらに体にポーズを取らせている。
意味もなく、こんなことをするわけがない。
とりあえず氷室は死体の写真を取っておく。
本当は色々と調べたいが、手を触れるわけにはいかないし、致命的なことに手袋も持っていない。
ソファーに目を移すと、背もたれの部分にもびっしりと血がついている。
(ソファーで刺して、部屋の真ん中で首を切ったのか?)
ソファーも写真に撮り、窓を見て回る。
外からこじ開けられた形跡はない。
(二階から侵入したのか?)
そこで氷室はあることに気付く。
(……誠一郎とキエはどうしてる? まさか……)
ゆっくりと階段を登り二階に行く。
一部屋一部屋を見て回っていく。
どの部屋もほとんど家具はない、簡素なレイアウトだ。
そして、どの部屋にも誰もいない。
窓にも特に割られた形跡もなかった。
(誰もいない?)
そして、最後の部屋のドアを開ける。
するとベッドの上に誰かが寝ていた。
近づいてみると、それはキエだった。
ピクリとも動かない。
まさかと思い顔を近づけてみるとかすかな寝息が聞こえる。
「キエさん? キエさん、起きてください」
声をかけるが、全く起きる気配がない。
(どうなってるんだ?)
ただ、これ以上、時間をかけるわけにもいかない。
そろそろ警察を呼ばないと、怪しまれてしまう。
氷室は若菜のところへ戻り、警察に連絡を入れた。
***
「……自殺? いや、そんなのあり得ないだろ」
警察を呼ぶと、すぐに1台のパトカーがやってきた。
やってきた警察官は1人だけだった。
だが、少し遅れて数台の車がやってきた。
乗っていたのは村長を始めとした、村の役員たちだ。
警察官は通報があった後、すぐに村長にも連絡したのだろう。
この村では警察よりも村長の方が権力があるようだった。
氷室と若菜は事情聴取をされることなく、帰された。
その際、「このことは絶対に他言しないように」と圧力をかけられて。
そして、次の日の昼。
若菜から、美弥子の件は『自殺』ということで処理されたと聞いたというわけだ。
「あの状況で、自殺と判断できる方が難しいぞ」
しかし、若菜は首を横に振った。
「警察……いや、村は鳳髄家に関わることを隠したいようです」
それを聞いて、氷室は納得した。
村長は鳳髄家から、いわゆる賄賂を貰い、何かと優遇したのだろう。
もし、今回のことが殺人事件になると、当然、県警が出てくる。
そうなれば、事件のことだけではなく、村でのことも探られてしまう。
だから、事件ではなく、自殺として処理することで隠ぺいを図ったのだ。
しかし、そこで氷室はあることを思い出した。
そしてそのことで、村の対応が、逆に違和感を覚えることになったのだった。