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第51話 10月24日~10月25日:氷室 響也

 若菜は時間が停まったかのように呆然として立ち尽くしている。

 そんな中、氷室は辺りを見渡して人の気配を探る。


(犯人はもう逃げたようだな)


 警察に連絡しようと携帯を取り出すと、横でドサッと何かが落ちる音がした。

 視線を送ろと、若菜が尻もちをついていた。


「え……あ……」


 奥歯を鳴らしながら、美弥子の首を凝視している。


(こんな衝撃的なものを見れば当然の反応か)


 氷室は若菜の前に行き、屈んで抱きしめる。


「若菜。落ち着いて。深呼吸できるか?」

「あ……あの……私……」


 ガタガタと震えている若菜。


「大丈夫だ。もう犯人はいない」


 まだ息は荒く、全く震えが止まらない。


「立てるか? とりあえず外に出よう」

「あ、は、は……い」


 今にも発狂して叫びだしそうな気配だが、それを必死に堪えているようだ。


 寄り添いながら家を出る。

 若菜は壁に寄りかかりながらも、すぐに座り込んでしまった。


「……どうして、こんなことに……」


 両手で顔を覆い、嗚咽を漏らし始める。


 祥太郎の時は崖下に死体があった。

 今回のように目の前に死体があるのとでは状況が違う。

 手に届く範囲に死体があれば現実味が嫌でも湧いてしまう。

 ショックは相当なものだろう。


(トラウマにならなければいいが)


 本当はこのまま若菜に寄り添っていたいが、警察に連絡しないといけないし、その前にやらなければならないこともある。


「すまない、若菜。警察を呼ぶ前に中を調べておきたい」

「……お願いします」


 幾分、落ち着いたのか、若菜は顔を手で覆ったままだったが、大きく頷いた。


 若菜をその場に残すことに罪悪感を覚えながらも、氷室は再度、家の中に入る。

 少し目は慣れてきたが、電気をつける。


 床には大量の血が広がっていた。

 部屋の中央には頭のない体が仰向けに寝かせられている。

 しかも、両手を胸の前に組んだ、死者を棺桶に入れるときのポーズを取っていた。


(何かのメッセージか?)


 犯人は美弥子を殺してすぐに逃げるのではなく、わざわざ、頭を切り落としてさらに体にポーズを取らせている。

 意味もなく、こんなことをするわけがない。


 とりあえず氷室は死体の写真を取っておく。

 本当は色々と調べたいが、手を触れるわけにはいかないし、致命的なことに手袋も持っていない。


 ソファーに目を移すと、背もたれの部分にもびっしりと血がついている。


(ソファーで刺して、部屋の真ん中で首を切ったのか?)


 ソファーも写真に撮り、窓を見て回る。

 外からこじ開けられた形跡はない。


(二階から侵入したのか?)


 そこで氷室はあることに気付く。


(……誠一郎とキエはどうしてる? まさか……)


 ゆっくりと階段を登り二階に行く。

 一部屋一部屋を見て回っていく。


 どの部屋もほとんど家具はない、簡素なレイアウトだ。

 そして、どの部屋にも誰もいない。

 窓にも特に割られた形跡もなかった。


(誰もいない?)


 そして、最後の部屋のドアを開ける。


 するとベッドの上に誰かが寝ていた。

 近づいてみると、それはキエだった。


 ピクリとも動かない。


 まさかと思い顔を近づけてみるとかすかな寝息が聞こえる。


「キエさん? キエさん、起きてください」


 声をかけるが、全く起きる気配がない。


(どうなってるんだ?)


 ただ、これ以上、時間をかけるわけにもいかない。

 そろそろ警察を呼ばないと、怪しまれてしまう。


 氷室は若菜のところへ戻り、警察に連絡を入れた。



 ***



「……自殺? いや、そんなのあり得ないだろ」


 警察を呼ぶと、すぐに1台のパトカーがやってきた。

 やってきた警察官は1人だけだった。

 だが、少し遅れて数台の車がやってきた。


 乗っていたのは村長を始めとした、村の役員たちだ。

 警察官は通報があった後、すぐに村長にも連絡したのだろう。


 この村では警察よりも村長の方が権力があるようだった。


 氷室と若菜は事情聴取をされることなく、帰された。

 その際、「このことは絶対に他言しないように」と圧力をかけられて。


 そして、次の日の昼。

 若菜から、美弥子の件は『自殺』ということで処理されたと聞いたというわけだ。


「あの状況で、自殺と判断できる方が難しいぞ」


 しかし、若菜は首を横に振った。


「警察……いや、村は鳳髄家に関わることを隠したいようです」


 それを聞いて、氷室は納得した。

 村長は鳳髄家から、いわゆる賄賂を貰い、何かと優遇したのだろう。

 もし、今回のことが殺人事件になると、当然、県警が出てくる。

 そうなれば、事件のことだけではなく、村でのことも探られてしまう。


 だから、事件ではなく、自殺として処理することで隠ぺいを図ったのだ。


 しかし、そこで氷室はあることを思い出した。


 そしてそのことで、村の対応が、逆に違和感を覚えることになったのだった。

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