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第50話 10月24日:氷室 響也

「もう一軒行きたかったのに……」

「明日も仕事だろ?」

「いいんですよー! どうせ大した仕事もないし!」


 酔って千鳥足で歩きながら、終始上機嫌の若菜。

 居酒屋でも、随分と早いペースで飲んでいた。


 しかも、居酒屋の後にバーにまで誘われ、10時まで飲んでいたというわけだ。

 さらにもう一軒と言い出したので、開いている店がないと言って諦めさせた。


 今は酔い覚ましに外を歩きたいというので、付き合っている。


 村外れの誰も歩いていない夜道。

 若菜の家がこの辺りらしいので、歩いて向かっている。

 いくら村の治安がいいとしても、若い女をこんな夜道を一人であるかせるわけにはいかない。


 そんなことを考えていると、見覚えのある道に出た。


(あれ? ここって……)


 すると前を歩いていた若菜が、ふと振り返る。


「この辺って、街灯もなくて不気味ですよね」

「……そうだな」

「幽霊とか、でちゃったりして」

「まあ、出てもおかしくない雰囲気だな」

「氷室さんは幽霊を信じてるんですか?」

「ん? んー。そうだな……」


 あまり、その手の話題は振られない。

 この年になると、幽霊を信じている人間の方が少ないんじゃないだろうか。


「興味がない、と言った方がいいな」

「……どういうことですか?」

「幽霊は裏表がないし、嘘もつかない。面白くないだろ?」


 すると若菜は目を丸くした後、お腹を抱えて笑い始めた。


「あははは。氷室さんらしい」


 そして、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「じゃあ、嘘を付く幽霊なら興味がありますか?」

「つけるならな。お目にかかってみたい」

「それじゃ、雪女を探しましょう」

「雪女?」

「はい」


 若菜は得意げに、話を始める。

 ある男がお雪という女と結婚をし、子供が生まれた。

 家族は何不自由なく、幸せに暮らしている。

 そんな中、男はお雪が雪女という妖怪だと気付いてしまう。

 そして男はお雪の元から去るという話だった。


「お雪は人間だと嘘を付いて、男と結婚したんです」

「……そういう嘘はいただけないな」

「そうですか?」

「男はお雪が雪女だと知っていれば結婚はしなかった。不幸になるとわかっていて嘘を付くのは陰湿だ」

「でも、バレなければ、ずっと一緒にいたということですよね?」

「……まあ、そうなるな」

「じゃあ、嘘を付き通せばよかったんです」

「付き通せるならな」

「そうですね。私もバレないようにしなきゃ」

「なんだ? 嘘を付いていることがあるのか?」


 すると若菜は人差し指を口元に当てて、ニコリと笑う。


「女は嘘が多い生き物なんですよ?」

「本当か? 若菜が嘘を付いているようには見えないがな」

「そんなことないですよ」

「どんな嘘なんだ?」

「そうですね……。年齢、とか」

「ああ。なるほど。実は未成年で、嘘を付いて酒を飲んでるんだな?」

「ひどーい! 私をアル中だと思ってますね?」

「いやいや。冗談だ」


 氷室はそう言いながらも、若菜はかなりの酒好きだと思う。

 多少は絡んでくるが、酒癖は悪くないので付き合っていられる。


 若菜は本当に美味しそうに酒を飲むし、話も面白いから、逆に若菜と飲むのが好きだった。


「週末が楽しみですね。どこに飲みに行きましょうか?」

「……遊びに行くって話だっただろ。なんで、飲みになってるんだ?」

「あはは。バレたか……って、あれ?」


 若菜が立ち止まって、ある家を見上げる。


 鳳髄家。


 氷室がこの道に見覚えがあったのは、張り込みをしたときに通ったからだ。


「どうしたんだろ?」


 首を傾げる若菜。


「なにがだ?」

「電気……消えてる」


 若菜が鳳髄家を指差す。

 確かに、全ての電気が消えていた。


「寝たんだろ。もう11時に近いからな」

「そんなことないはずです。前に話したときはいつも、寝るのは2時過ぎだって……」

「たまたまだろ」

「そう……ですかね」


 ジッと家を見る若菜。

 それに釣られて、氷室も鳳髄家を見る。


(ん?)


 そして氷室はあることに気付く。


「若菜。通報の準備をしておいてくれ」

「どうしたんですか?」

「……ドアが開いてる」


 暗がりで見えづらいが確かに、玄関のドアが半開きになっていた。


「……え? どういうこと、ですか?」

「ちょっと見てくる」

「わ、私も行きます!」


 ゆっくりと家に近付く。

 一応、インターフォンを押してみるが、反応がない。


「鳳髄さん。どうかしましたか?」


 氷室が家の中に向かって声をかけてみるが静まり返ったままだ。

 隣では若菜がガタガタと震えている。


 嫌な予感がするのだろう。

 氷室も先ほどから、中で何かが起きていると勘が言っていた。


 慎重にドアを開き、中へと入る。


 真っ暗な中を進んでいく。

 まだ目が慣れていないせいで、よく見えない。


 歩いていると、氷室はゴンと何かを蹴ってしまった。

 ゴロゴロと転がる音。


 重い、ボーリングの玉を蹴ったような感覚だ。


 若菜がポケットから携帯を出し、ライトを起動させる。

 そして、今、転がったものに当てた。


 そこには――美弥子の生首が転がっていた。

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