「もう一軒行きたかったのに……」
「明日も仕事だろ?」
「いいんですよー! どうせ大した仕事もないし!」
酔って千鳥足で歩きながら、終始上機嫌の若菜。
居酒屋でも、随分と早いペースで飲んでいた。
しかも、居酒屋の後にバーにまで誘われ、10時まで飲んでいたというわけだ。
さらにもう一軒と言い出したので、開いている店がないと言って諦めさせた。
今は酔い覚ましに外を歩きたいというので、付き合っている。
村外れの誰も歩いていない夜道。
若菜の家がこの辺りらしいので、歩いて向かっている。
いくら村の治安がいいとしても、若い女をこんな夜道を一人であるかせるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、見覚えのある道に出た。
(あれ? ここって……)
すると前を歩いていた若菜が、ふと振り返る。
「この辺って、街灯もなくて不気味ですよね」
「……そうだな」
「幽霊とか、でちゃったりして」
「まあ、出てもおかしくない雰囲気だな」
「氷室さんは幽霊を信じてるんですか?」
「ん? んー。そうだな……」
あまり、その手の話題は振られない。
この年になると、幽霊を信じている人間の方が少ないんじゃないだろうか。
「興味がない、と言った方がいいな」
「……どういうことですか?」
「幽霊は裏表がないし、嘘もつかない。面白くないだろ?」
すると若菜は目を丸くした後、お腹を抱えて笑い始めた。
「あははは。氷室さんらしい」
そして、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃあ、嘘を付く幽霊なら興味がありますか?」
「つけるならな。お目にかかってみたい」
「それじゃ、雪女を探しましょう」
「雪女?」
「はい」
若菜は得意げに、話を始める。
ある男がお雪という女と結婚をし、子供が生まれた。
家族は何不自由なく、幸せに暮らしている。
そんな中、男はお雪が雪女という妖怪だと気付いてしまう。
そして男はお雪の元から去るという話だった。
「お雪は人間だと嘘を付いて、男と結婚したんです」
「……そういう嘘はいただけないな」
「そうですか?」
「男はお雪が雪女だと知っていれば結婚はしなかった。不幸になるとわかっていて嘘を付くのは陰湿だ」
「でも、バレなければ、ずっと一緒にいたということですよね?」
「……まあ、そうなるな」
「じゃあ、嘘を付き通せばよかったんです」
「付き通せるならな」
「そうですね。私もバレないようにしなきゃ」
「なんだ? 嘘を付いていることがあるのか?」
すると若菜は人差し指を口元に当てて、ニコリと笑う。
「女は嘘が多い生き物なんですよ?」
「本当か? 若菜が嘘を付いているようには見えないがな」
「そんなことないですよ」
「どんな嘘なんだ?」
「そうですね……。年齢、とか」
「ああ。なるほど。実は未成年で、嘘を付いて酒を飲んでるんだな?」
「ひどーい! 私をアル中だと思ってますね?」
「いやいや。冗談だ」
氷室はそう言いながらも、若菜はかなりの酒好きだと思う。
多少は絡んでくるが、酒癖は悪くないので付き合っていられる。
若菜は本当に美味しそうに酒を飲むし、話も面白いから、逆に若菜と飲むのが好きだった。
「週末が楽しみですね。どこに飲みに行きましょうか?」
「……遊びに行くって話だっただろ。なんで、飲みになってるんだ?」
「あはは。バレたか……って、あれ?」
若菜が立ち止まって、ある家を見上げる。
鳳髄家。
氷室がこの道に見覚えがあったのは、張り込みをしたときに通ったからだ。
「どうしたんだろ?」
首を傾げる若菜。
「なにがだ?」
「電気……消えてる」
若菜が鳳髄家を指差す。
確かに、全ての電気が消えていた。
「寝たんだろ。もう11時に近いからな」
「そんなことないはずです。前に話したときはいつも、寝るのは2時過ぎだって……」
「たまたまだろ」
「そう……ですかね」
ジッと家を見る若菜。
それに釣られて、氷室も鳳髄家を見る。
(ん?)
そして氷室はあることに気付く。
「若菜。通報の準備をしておいてくれ」
「どうしたんですか?」
「……ドアが開いてる」
暗がりで見えづらいが確かに、玄関のドアが半開きになっていた。
「……え? どういうこと、ですか?」
「ちょっと見てくる」
「わ、私も行きます!」
ゆっくりと家に近付く。
一応、インターフォンを押してみるが、反応がない。
「鳳髄さん。どうかしましたか?」
氷室が家の中に向かって声をかけてみるが静まり返ったままだ。
隣では若菜がガタガタと震えている。
嫌な予感がするのだろう。
氷室も先ほどから、中で何かが起きていると勘が言っていた。
慎重にドアを開き、中へと入る。
真っ暗な中を進んでいく。
まだ目が慣れていないせいで、よく見えない。
歩いていると、氷室はゴンと何かを蹴ってしまった。
ゴロゴロと転がる音。
重い、ボーリングの玉を蹴ったような感覚だ。
若菜がポケットから携帯を出し、ライトを起動させる。
そして、今、転がったものに当てた。
そこには――美弥子の生首が転がっていた。