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第53話 10月25日~10月26日:氷室 響也

「この件からは身を引いた方がいい。遺体は明日にでも火葬されるらしいからね」

「え!? 待ってください! 家族の了承もなしに火葬なんてできるわけありません」


 あまりにも理不尽な村のやり方に、若菜が釜山に食って掛かる。

 しかし釜山も肩を竦めて、諦めたような口調で返答する。


「なんとかなるんじゃない? 身元引受人に連絡がつかないとか、最悪、あのばあさんから了承を得たとすればいいだけだし」

「そんな……」

「なんにしても、この事件は村でタブー視される。目を付けられたくなかったら、やめた方が身のためだ」


 少なからず、釜山もこの件には納得がいっていないのだろう。

 それは当然の話で、首を刎ねられた死体を持ってきて「自殺だ」と言われて納得できる医師はいない。

 とはいえ、村の決定は絶対であることも釜山は知っている。

 なので、忠告は釜山からできる最低限の配慮だったのかもしれない。


 この決定は釜山がしたものではない。

 なので釜山に攻めるのはお門違いだ。


 氷室と若菜は釜山に礼を言って、その場を後にする。


「確かに美弥子さんは問題を起こしました。不倫もしたし、葬儀場で配慮のない行動もしました」


 病院を出た後、若菜がポツリと呟き始める。


「でも、だからって殺されるほどのことでしょうか? しかも事件自体なかったことにされるだなんて……」


 若菜も、元々は村の外の人間だ。

 鳳髄家の村に対しての態度には思うことがあっても、どこか外の人間としてシンパシーを感じていたのかもしれない。

 だからこそ、祥太郎の死や、今回の美弥子の死に関しても調べたいと思っているのだろう。


 祥太郎のときは「村が大切だから」と言っていたが、それは建前で、「外の人間の死に対しての村人たちの態度」に不信を覚えたからだと氷室は感じていた。


「きっと、今までも村ではこうしてきたんだろうな」

「……」


 こうすることで村の結束力を強め、この体制を維持してきた。

 それでも今では大分、緩くはなってきているはずで、昔はもっと村長の権限が強かったはずだ。


「だからと言って、捜査をやめるつもりはないけどな」

「え?」


 若菜が氷室の顔を見上げる。


「祥太郎の死。杉浦の無理心中。この二つは疑惑でしかなかった」


 この2つの事件は氷室の探偵としての勘が「何かある」と言っていただけで確信できるものではなかった。


「が、美弥子の件は別だ。あれは明らかに殺人事件だ」

「はい……」

「事件を調べるのが探偵の仕事だろ?」

「……今回の件は仕事じゃないですけどね」


 そう言って、弱弱しくはあったが若菜が笑う。


「今回は俺が俺に依頼するってことにしておく」

「ふふ。なんですか、それ」


 昨日までの鎮火した氷室の情熱は再び燃え広がっていく。

 鳳髄家には確実に何かがある。

 表には出せないような『闇』が。

 その闇を暴くのが氷室にとっての人生の『ハリ』であり、やめられない『趣味』なのだ。


「とはいえ、状況はかなり最悪だ」

「そうですね。調べること自体が難しくなってしまいました」


 既に村全体に緘口令が敷かれていると考えてよいだろう。

 その効力は、比較的に若い人間には薄いかもしれない。

 だが、その中から有効な情報を得られるかと考えれば、絶望的だ。

 たった2人で村に対抗できるわけがない。


「となれば、村よりも大きな力を使うしかないか」

「なんですか、それ?」

「国家権力」


 そう言って氷室はニヤリと笑うのだった。



 ***



 次の日の朝。


「ったく、もうすぐ引退の刑事を呼び出してなにをさせるつもりなんだ?」


 バスから降り、出迎えの氷室を見た巌頭の開口一番の台詞がそれだった。

 氷室は「相変わらずだ」と苦笑しつつも、軽口を叩く。


「暇だろ? 定年退職前にいい思い出を作ってもらおうと思って」

「お前と関わると、嫌な思い出にしかならん」


 そう言って、がりがりと白髪が混じったゴマ塩頭を掻く巌頭。


「あの……こちらは?」


 氷室の横に立っていた若菜が尋ねてくる。


「巌頭源二。現役ギリギリの刑事だ。以前、仕事で色々と協力してやったんだよ」

「俺が協力させられたんだ。お前のせいで、何度、始末書を書かされたことか」

「刑事さんでしたか……」

「で、このお嬢さんはどちら様だ? まさか、お前、田舎に引っ込んだことをいいことに若い女に手を出したのか?」

「あ、私は笹塚若菜と言います。氷室さんにお願いして捜査を手伝わせて……」

「助手だよ」


 若菜の言葉に被せるようにして、きっぱりと言い放つ氷室。

 その言葉に若菜も驚いた顔をして氷室を見ている。


「ほう。助手か。どんなに忙しくても助手をとらなかったお前がな。余程、優秀なのか?」

「ああ、飛び切り優秀だよ」


 氷室の言葉に、若菜は顔を真っ赤にして俯いてしまうのであった。

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