氷室は村での対応に関しての違和感を口にする。
「殺されたのは美弥子――鳳髄家の人間だぞ? 尚更、自殺なんてことで処理するわけにはいかないはずだ」
村長は鳳髄家から多額の賄賂を貰っている。
そのことで、何かと鳳髄家を優遇していた。
その鳳髄家の人間が殺害されたとなれば、真っ先に犯人を探し出すのではないのだろうか。
ここで事件を闇に葬れば、鳳髄家から何を言われるかわからない。
(――いや、待てよ)
「鳳髄家が……いや、誠一郎がそれを望んだ?」
誠一郎が犯人で、それを揉み消すために村長に圧力をかけたのなら筋が通る。
だが、その予想に反して、若菜は首を横に振った。
「誠一郎さんが行方不明らしいんです」
「行方不明?」
「というより、連絡先を知る人間がいないと言った方が正しいのかもしれませんが」
「なるほど。ということは、事件を揉み消すことで文句を言う人間がいないというわけだな?」
「キエさんがいますが、村にとっては何も影響がありませんから」
所詮は金で繋がった関係。
それが切れれば関係も切れる。
まさに金の切れ目が縁の切れ目だ。
「仮に誠一郎が出てきて文句を言ったとしても、犯人に仕立て上げて揉み消すつもりだろうな」
「おそらくは……」
釈然としないのか、若菜が悔しそうに唇を噛んでいる。
これで警察は動かないことが確定した。
このまま放置すれば、この事件は闇に葬られるだろう。
「若菜。こんな状況で悪いが、週末の約束は中止ではなく、そのまま続行させてくれないか?」
「え? どこに行くんですか?」
「調査に付き合ってほしい」
すると若菜が驚いたように目を開く。
そして真剣な表情になり、力強く頷いた。
「私からもお願いします。一緒に捜査させてください」
***
若菜は午後から早退すると連絡した。
逆に昨日の今日で出勤してきたことに周りは驚いていたそうだ。
それはそうだろうと、氷室も思う。
あんな惨殺死体を見て、次の日に普通に仕事ができる若菜の胆力は普通ではない。
そのまま、若菜と事件について話し合っていく。
「若菜は誠一郎が犯人だと思うか?」
「違うと思います」
「なぜだ?」
「動機がないからです」
「そんなことはないだろ」
「え?」
「不倫を恨んでいて、殺害、とも考えられるぞ」
「あ、そっか……。そうでした」
思考が鈍っていることにイラついてか、頭をガシガシと掻いている。
「氷室さんはどうですか?」
「半々ってところだな」
「それはどうしてですか?」
「まず、誠一郎が犯人かもしれない理由は、さっき言った動機と家に侵入された形跡がなかったことだ」
「つまり内部の人間の犯行ってことですよね? でも、美弥子さんが家に入れたという可能性もあるのでは?」
「もちろん、ある。だが、今まで頑なに村人たちと交流を絶っていたんだぞ。ここに来て村人を家に招き入れるとは考えづらい」
「藤木さんはどうですか? 彼女なら家に入れるのでは?」
「血の渇き具合と死後硬直からして、あのとき5、6時間は経っていた。つまり犯行時刻は5時から6時。藤木は仕事中のはずだ」
「でも……」
「もちろん、調べないとわからない。昨日に限って早退している可能性もあるしな。ただ、藤木は犯人じゃないと思う」
「どうしてですか?」
氷室は昨日の死体のことを思い出す。
「犯人は美弥子を殺した後、首を切断している。切り口を見たところ、一気に切ったんだと思う。それには相当の力がいる」
「犯人は男……ということですか?」
「まあ、何か道具を持ち込んだのかもしれないし、一概には決められない。ただ、美弥子は胸の上に手を重ねるというポーズを取っていた」
「……それがどうかしたんですか?」
「意味なく、そんなことをするわけがない。つまり、美弥子の死体になにか敬意というか、憎しみではない感情があるんだと思う」
「動機が恨みや憎しみじゃないということですか?」
「もし、そうだとすると、村人の大半は容疑者から外れる」
とはいえ、今まで並べられた推理は全て想像の範囲でしかない。
やはり、まだまだ情報が足りていない。
時刻はまだ14時前だ。
氷室は立ち上がり、ジャンパーを着る。
「病院に行ってみる。若菜は留守番していてくれ」
「いえ、私も行きます」
仕事を早退したのに外を出回るのはどうかと思ったが、今更だろう。
それに今の勢いなら、説得するのは難しい。
「わかった。行こう」
***
今回も祥太郎のときと同じく、話を聞けると思ったが門前払いをされてしまった。
「さすがにさ。今回は自殺ってことだから、死体は調べられないよ」
釜山がバツの悪そうにそう言った。
今回は誰がどう見ても死体を見れば殺人だとわかる。
それを自殺だとするのだから、調べられること自体、村にとっては避けなくてはならない。
そのことを村長からも言われているのだろう。
それは病院だけではなく、村全体に及ぶことになる。
そのため、村の中では全く情報を得ることができないということだ。
氷室たちの捜査が完全に行き詰ってしまったことを理解するのだった。