「氷室。これから、どう動くんだ?」
巌頭にそう言われて、氷室はまだ完全に事件が終わっていないことに今更ながらに気付く。
元々は興味本位で鳳髄一家を調べ始めたのがきっかけだった。
次々に死んでいく鳳髄の人間たち。
何か裏があるのではないかと、意気揚々と調査していく中で、死の連鎖は止まらず、気付けば鳳髄の人間は鳳髄キエのみとなった。
その鳳髄キエも今や行方不明と言う状態だ。
そこで氷室は鳳髄美弥子を殺した犯人を捕まえることで、この一連の事件に区切りを付けようとしていた。
だが、犯人である財津基晴を追う内に新たな疑惑が浮かんでくる。
躯骸。
人間の体を乗っ取ることで生き続けるという存在。
いわゆる化け物というやつだ。
本来であれば、馬鹿馬鹿しいと失笑し、気にも留めないところだろう。
だが、鳳髄家に関わる事件を追っている氷室だからこそ、無視できないところまで来ていた。
鳳髄一家と、そこに関わった人間たちの不可解な行動。
そのどれもが、躯骸という存在がいることでしか、説明が付かない。
しかも、今回の事件を起こした織部柚葉は実際に、鳳髄美弥子を躯骸だと確信して犯行を実行している。
そう考えると、まだ事件は終わってはいない。
鳳髄美弥子が財津基晴に殺されたことは想定外だったとしても、鳳髄祥太郎と鳳髄誠一郎は他の人間の体を奪うことに成功していると見て間違いはなさそうだった。
つまりは人殺しの化け物がまだ残っていることになる。
「……少し考えさせてくれ」
鳳髄一家に殺された人間は氷室にとって親しい人間ではない。
それどころか、話したこともない。
それに氷室は警察官ではなく探偵であり、しかも今回の事件は依頼されて調べているわけでもない。
氷室の単なる趣味であり、好奇心を満たすために動いていただけだ。
だが、氷室にとって、この事件はもう興味で動く範疇を逸脱している。
正直に言うと既に苦痛であり、疲弊していた。
「まあ、無理する必要はねーわな」
巌頭もそんな氷室の心中を察してか、手を引いた方がいいというようなニュアンスの言葉を返してくる。
「あの、巌頭さん。この辺りに温泉とか大浴場とかないんですか?」
今までずっと黙って聞いていただけの若菜が急に口を開いたと思ったら、全然関係のない質問をした。
「んん? まあ、あるにはあるが、そんな立派なもんじゃねーぞ。あんまり客も入ってなさそうだし」
「その方が好都合です。ねえ、氷室さん、そこに行ってみませんか?」
「……なんだ、急に?」
「ほら、前に趣味を見つけようって話してたじゃないですか!」
「……ああ、あったな、そんな話」
以前、捜査に行き詰ったとき、若菜は事件から離れて、新たに趣味を探そうと言ってきた。
その中で、まずは旅行にでも行こうという話になっていたことを思い出す。
結局は、新たに事件が起こり、うやむやになってしまっていた。
「捜査を続けるにしても、やめるにしても、ここで一度、休憩しましょうよ。身体だって疲れてるだろうし、頭も切り替えるためには休まないと」
「いいんじゃないのか? 行って来いよ、氷室」
「行ってこいって……巌さんは来ないのか?」
「俺は……ほら、あれだ。署でいろいろやることがあるんだよ。一応、まだ現役だからな」
チラリと若菜の方を見ながら、誤魔化すように言う巌頭。
どう考えても、気を使ったようにしか思えない。
(まったく。巌さんも何を考えているんだか)
巌頭は何かと若菜とくっつけようとしている気配がある。
だが、氷室と若菜は一回りも年齢が違う。
それに若菜は優秀な人間であり、将来有望だ。
自分なんかと一緒になるなんてありえないと氷室は考えている。
とはいえ、今となっては若菜と一緒にいることが自然であり、楽しいとも思っている。
なので助手という形で逃げているが、それはある意味、氷室が若菜を拘束しているようなものだ。
それを無意識ではわかっている氷室だが、あえて考えないようにしている。
「わかった。若菜には詫びと礼がしたいと思ってたからな。ここは奢らせてくれ」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて」
ニコリと笑う若菜。
ここで変に断らないところも、話が早くて好感が持てる。
引くべきところでちゃんと引けるのも、若菜のいいところだ。
巌頭に場所を聞き、氷室たちはホテルをチェックアウトして、温泉宿へと向かった。
巌頭の言うように、その温泉宿は建物自体はやや古く、週末なのにほとんど客はいない。
だが、氷室は宿の雰囲気が気に入った。
一人で泊まるにしては大きい和室の部屋に、寝転ぶ氷室。
(畳なんて久しぶりだな)
横になっていると、まだ夕方なのになんだか眠くなってくる。
やはりまだ精神的にも身体的にも疲れているのだろうと思う。
このまま少し寝ようかと思っていると、部屋のドアがノックされる。
出てみると、そこには浴衣に着替えた若菜が立っていた。
「お風呂に行かないんですか?」
氷室がまだ着替えてないのを見て、そう尋ねてきた。
「晩飯を食べてから行こうと思ってる」
「それなら、少しお話しませんか?」
「ああ、いいぞ」
そう言って、若菜を部屋に招き入れる。
「部屋の作りは変わらないですね」
「隣の部屋だからな」
「それもそうですね」
若菜は部屋の中央に置かれているテーブルの前に座り、備え付けの湯飲みに、お茶のパックを入れる。
「氷室さん、お茶でいいですか?」
「ああ」
慣れた手つきでお茶を淹れ、正面に座る氷室の前に出す。
(なんだか、日常に感じるな)
自然と氷室の身の回りの世話をする若菜に対して、氷室の中の抵抗感が皆無になってきている。
逆にそれが当たり前にさえなっていた。
考えてみると、部屋に入れるときも、なんの抵抗感もなかったことに気付き、驚きを隠せない氷室。
「……どうかしました?」
「いや、なんでもない」
そう言って、誤魔化すようにお茶をすする氷室。
そこから、夕食の時間まで氷室たちは他愛のない話をするのだった。