若菜と話している間にあっという間に時間が経つ。
夕食の時間になり、若菜と一緒に食べ、それぞれ大浴場に行き、入浴する。
その後も自然と氷室の部屋でお酒を飲みながら話をする。
若菜と氷室は1年ほどの付き合いだ。
だが、そうは思えないほど、長年の友人――恋人のように話が尽きない。
気を張る必要もなく、自然体でいられる。
そして、今更のように気付くのは、若菜の話題の豊富さだった。
氷室とは一回りも年齢が違うのに、妙に話が合う。
いや、下手をすると、氷室が知らないような話題も出てくる。
(本当に若菜は凄いな)
誰かと一緒にいることが、楽しいと思えるのは光莉のとき以来だ。
光莉のときは妹といるような感じだった。
一緒にいて楽しいと思ってはいたが、話自体についていけないことも多く、聞いていることが多かった。
その点、若菜は違う。
年上の恋人のような感じで、話題がピタリと合う。
なんでも、若菜は母親と仲が良く、一緒に出掛けることが多かったらしい。
だから、知っている知識は結構年上の人に近くなってしまったようだ。
なので、逆に同年代と話が合わなかったりするのが悩みなのだという。
「でも、今ではそれでよかったと思います」
「ん? どうしてだ?」
「だって、こうして氷室さんと楽しく話ができるんですから。お母さんには感謝ですね」
「若菜の母親か……。会ってみたいな」
「え?」
若菜が顔を真っ赤にする。
「……待て待て。そういうことじゃない!」
慌てて釈明をする氷室。
本当にそういうつもりではなく、純粋に、若菜を育てた人に会ってみたいと言う興味からの発言だった。
「そ、そうですよね。ビックリしちゃいました。親に挨拶したいなんていうから」
「挨拶したいとは言ってないぞ」
二人でクスクスと笑い合う。
「けど、実際、挨拶には行っておきたいな。若菜を助手にさせてくださいって」
「ふふふ。それ、プロポーズみたいですよ」
「え?」
「普通、仕事のことで、親に挨拶はしませんよ?」
「……」
今度は氷室が、顔が熱くなるのを感じる。
確かに、会社に就職することになっても、会社の人間がその親に挨拶に行くなんてことはない。
(少し飲み過ぎか?)
そう考えながらも、氷室は恥ずかしさを紛らわすためにビールを飲み干す。
「でも、氷室さん。……私を助手にしてくれるんですね?」
「ああ。お願いしたい。というより、若菜以外には考えられない」
再び、若菜の頬が赤く染まる。
「……氷室さん、わざとやってます? プロポーズにしか聞こえませんよ?」
「そ、そうか?」
改めて、自分が言った言葉を思い出すと、途端に恥ずかしくなる。
確かにプロポーズの言葉に聞こえなくはない。
すると、突然、若菜が真面目な表情になった。
「あの、氷室さん。お願いがあります」
「……ん? なんだ?」
「事件から手を引きませんか?」
「事件……?」
氷室は一瞬、何の話かわからなかった。
だが、すぐに鳳髄一家――躯骸のことだとわかる。
「依頼でもありませんし、探し出す意味もないと思います」
「……」
「そもそも、見つけることができたとして、どうするつもりなんですか?」
若菜の言葉に、すぐに答えを出すことはできなかった。
なぜなら、それは氷室自身も疑問に思っていたところだ。
最初は久しぶりの事件に興味を持ち、探偵の血が騒いで調べ始めただけだった。
しかし調べていくうちに事件は意外な方向へと進む。
単純な殺人ではない。
それどころか、相手は人間じゃなく、体を乗っ取るという化け物だ。
若菜の言う通り、もし、見つけ出したとしても氷室にはどうすることもできない。
警察に話したところで信用してもらえるわけがない。
巌頭も、それはわかっているからこそ、捜査の続行を勧めなかったのだろう。
(なら、俺が殺す?)
そう思って、思わず、自分でも失笑してしまう。
躯骸が、いくら化け物だったとしても見た目は普通の人間だ。
もし、殺害すれば、捕まるのは氷室の方になる。
そしてなにより、氷室には躯骸を殺す理由がない。
恨みはもちろん、そもそも接点さえもないくらいだ。
考えてみれば、数回、会話をした程度の関係になる。
そんな相手を、自分の人生を犠牲にしてまで何とかしたいと思うほど、正義感があるわけでもない。
「……わかった。捜査は打ち切る」
「本当ですか!?」
「ああ。ちゃんとした、お金を貰える依頼を受けないといけないしな。若菜に給料を払わないといけないし」
「はいっ!」
そう言って、嬉しそうに笑う若菜だった。
次の日。
朝風呂に入り、若菜と一緒に朝食をとる。
荷物をまとめ、温泉宿をチェックアウトする。
一泊二日という短い時間だったが、随分と癒された気がした。
事件への未練もない。
久しぶりに清々しい気持ちになっていた。
「どうせだから、どこか観光して帰るか」
「はい、そうですね。実は行きたいところがありまして……」
若菜がそう言って、携帯を出した時だった。
氷室の方の携帯に着信が入る。
「ん? 巌さんか?」
画面を見ずに、通話ボタンを押す。
すると、ひっ迫した声が聞こえてくる。
『探偵さん!』
「ああ、蓮か」
まだ予備の携帯を渡したままだったことに気付く。
(これも回収しないとな。……あと、蓮にも捜査をやめることを言わなきゃな)
『見つけたんだ!』
「見つけた?」
『そう! 結翔がいたんだ!』
事件から手を引こうと思っていた氷室だが、展開は新たな方向へと進んでいくのだった。