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第101話 11月1日~11月2日:氷室 響也

 若菜と話している間にあっという間に時間が経つ。

 夕食の時間になり、若菜と一緒に食べ、それぞれ大浴場に行き、入浴する。


 その後も自然と氷室の部屋でお酒を飲みながら話をする。


 若菜と氷室は1年ほどの付き合いだ。


 だが、そうは思えないほど、長年の友人――恋人のように話が尽きない。

 気を張る必要もなく、自然体でいられる。


 そして、今更のように気付くのは、若菜の話題の豊富さだった。

 氷室とは一回りも年齢が違うのに、妙に話が合う。

 いや、下手をすると、氷室が知らないような話題も出てくる。


(本当に若菜は凄いな)


 誰かと一緒にいることが、楽しいと思えるのは光莉のとき以来だ。


 光莉のときは妹といるような感じだった。

 一緒にいて楽しいと思ってはいたが、話自体についていけないことも多く、聞いていることが多かった。


 その点、若菜は違う。

 年上の恋人のような感じで、話題がピタリと合う。


 なんでも、若菜は母親と仲が良く、一緒に出掛けることが多かったらしい。

 だから、知っている知識は結構年上の人に近くなってしまったようだ。


 なので、逆に同年代と話が合わなかったりするのが悩みなのだという。


「でも、今ではそれでよかったと思います」

「ん? どうしてだ?」

「だって、こうして氷室さんと楽しく話ができるんですから。お母さんには感謝ですね」

「若菜の母親か……。会ってみたいな」

「え?」


 若菜が顔を真っ赤にする。


「……待て待て。そういうことじゃない!」


 慌てて釈明をする氷室。

 本当にそういうつもりではなく、純粋に、若菜を育てた人に会ってみたいと言う興味からの発言だった。


「そ、そうですよね。ビックリしちゃいました。親に挨拶したいなんていうから」

「挨拶したいとは言ってないぞ」


 二人でクスクスと笑い合う。


「けど、実際、挨拶には行っておきたいな。若菜を助手にさせてくださいって」

「ふふふ。それ、プロポーズみたいですよ」

「え?」

「普通、仕事のことで、親に挨拶はしませんよ?」

「……」


 今度は氷室が、顔が熱くなるのを感じる。

 確かに、会社に就職することになっても、会社の人間がその親に挨拶に行くなんてことはない。


(少し飲み過ぎか?)


 そう考えながらも、氷室は恥ずかしさを紛らわすためにビールを飲み干す。


「でも、氷室さん。……私を助手にしてくれるんですね?」

「ああ。お願いしたい。というより、若菜以外には考えられない」


 再び、若菜の頬が赤く染まる。


「……氷室さん、わざとやってます? プロポーズにしか聞こえませんよ?」

「そ、そうか?」


 改めて、自分が言った言葉を思い出すと、途端に恥ずかしくなる。

 確かにプロポーズの言葉に聞こえなくはない。


 すると、突然、若菜が真面目な表情になった。


「あの、氷室さん。お願いがあります」

「……ん? なんだ?」

「事件から手を引きませんか?」

「事件……?」


 氷室は一瞬、何の話かわからなかった。


 だが、すぐに鳳髄一家――躯骸のことだとわかる。


「依頼でもありませんし、探し出す意味もないと思います」

「……」

「そもそも、見つけることができたとして、どうするつもりなんですか?」


 若菜の言葉に、すぐに答えを出すことはできなかった。


 なぜなら、それは氷室自身も疑問に思っていたところだ。

 最初は久しぶりの事件に興味を持ち、探偵の血が騒いで調べ始めただけだった。


 しかし調べていくうちに事件は意外な方向へと進む。

 単純な殺人ではない。


 それどころか、相手は人間じゃなく、体を乗っ取るという化け物だ。


 若菜の言う通り、もし、見つけ出したとしても氷室にはどうすることもできない。

 警察に話したところで信用してもらえるわけがない。

 巌頭も、それはわかっているからこそ、捜査の続行を勧めなかったのだろう。


(なら、俺が殺す?)


 そう思って、思わず、自分でも失笑してしまう。


 躯骸が、いくら化け物だったとしても見た目は普通の人間だ。

 もし、殺害すれば、捕まるのは氷室の方になる。


 そしてなにより、氷室には躯骸を殺す理由がない。

 恨みはもちろん、そもそも接点さえもないくらいだ。


 考えてみれば、数回、会話をした程度の関係になる。

 そんな相手を、自分の人生を犠牲にしてまで何とかしたいと思うほど、正義感があるわけでもない。


「……わかった。捜査は打ち切る」

「本当ですか!?」

「ああ。ちゃんとした、お金を貰える依頼を受けないといけないしな。若菜に給料を払わないといけないし」

「はいっ!」


 そう言って、嬉しそうに笑う若菜だった。




 次の日。

 朝風呂に入り、若菜と一緒に朝食をとる。

 荷物をまとめ、温泉宿をチェックアウトする。


 一泊二日という短い時間だったが、随分と癒された気がした。


 事件への未練もない。

 久しぶりに清々しい気持ちになっていた。


「どうせだから、どこか観光して帰るか」

「はい、そうですね。実は行きたいところがありまして……」


 若菜がそう言って、携帯を出した時だった。

 氷室の方の携帯に着信が入る。


「ん? 巌さんか?」


 画面を見ずに、通話ボタンを押す。

 すると、ひっ迫した声が聞こえてくる。


『探偵さん!』

「ああ、蓮か」


 まだ予備の携帯を渡したままだったことに気付く。


(これも回収しないとな。……あと、蓮にも捜査をやめることを言わなきゃな)


『見つけたんだ!』

「見つけた?」

『そう! 結翔がいたんだ!』


 事件から手を引こうと思っていた氷室だが、展開は新たな方向へと進んでいくのだった。


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