『もしかして自信がないから必死になっているの?あなたは自分のことを想っていない相手を振り向かせるほどのスキルはないものね。』
先日、朱音から言われた言葉が脳内で何度も復唱され、苛立ちがじわじわと湧き上がってきた。
「あの女、俺を侮辱しやがって一体何様のつもりだ。俺は、若くしてCEOになって将来を有望視されている憧れの的なんだぞ。泣く子も黙る藤堂……いや、泣いて喜ばせる男、藤堂なんだぞ!」
「その俺がどうしてあんな田舎から来たどこにでもいるような大学生相手に必死にならなくてはいけないんだ。馬鹿馬鹿しい。」
そう言いながらも藤堂は、ラムチャに記載されている朱音のパーソナルデータをしっかりと見ていた。そこには出身地や大学・家族構成・趣味・性格・価値観などが記載されているがすべて覚えている。
『価値観:コスパやタイパの効率重視。スイーツは見た目がいいが、満腹感が味わえないのでコスパが悪い。それならがっつり食べられるとんかつ定食の方がいい、だと?ふざけるな。』
藤堂がカフェ・スイーツ事業のCEOと知っての発言ではないが、この記載は藤堂の心により火をつけた。
「スイーツはな、目で楽しむもんなんだよ。視覚だよ、視覚!美しさにうっとりしてそれが満足感に繋がるんだよ。見た目の美しさと甘さが女性の心を刺激するんだよ!!そういう美学なんだよ!!!!」
藤堂は、無意識のうちにペンのキャップをカチカチと鳴らしていた。社長室でデスクの書類に目を通していたが頭に入ってこない。
(くそー、今までの女性なら『君にだけ特別だよ』とか言って新作スイーツの試食会に誘ったらコロッと目をハートにして喜んでいたのに……。こいつはスイーツに興味がないのかよ。)
「一体、どうすればあの女に俺の価値を分からせることができるんだ?」
小さい頃から社長の息子として周りから見られていた。
(彰お坊ちゃまと大人たちからは可愛がられ、同世代の女子からの推薦で王子様役をやり、リアル王子様と言われてきた俺が、この俺が……。)
「くそっ…絶対に見返してやる。そしてなんであいつは連絡をよこしてこないんだ。」
☆☆☆☆☆
「おい、お前は何やっているんだ。」
大学の講義が終わって帰ろうとしていたところ、藤堂から電話がかかってきた。
「え、何って講義受けていたけど。」
「今じゃねーよ。ここ数日のこと言ってるんだよ。なんでお前は顔を見せないんだよ。」
「……電話かけてくるくらいならそっちから来ればいいのに。」
小声で言ったが、藤堂にはバッチリ聞こえていたらしい。
「は?なんでお前ごとき俺がわざわざ行かなきゃならないんだよ。そんなんじゃお前またトイレに籠ることになるぞ。」
「ご心配なく。お腹は痛くなるけれど籠るほどではなくなったの。」
「は?なんだよそれ、他の男が見つかったのかよ?」
「この世界、あなた以外にもときめきポイントって転がっているのよ。一昨日は可愛い犬を散歩していたお兄さんに会釈されて犬と一緒にキュンとしたし、昨日は大学の掃除のオジサンが逞しい二の腕をしていてキュンとして大好きのキュンじゃなくても回復するようになったの。」
(犬連れてた飼い主と清掃のおじさんにキュンとした……?)
「今日はコンビニの店員さんが片言の日本語なんだけど、コンビニ払いとフリマアプリの送付をテキパキにやってくれたのにもキュンとしたし。」
(おい、その偶然出会った人にもキュンってなんだよ。)
「お、お前がときめくべき相手は俺なんだよ。なんで俺の前に姿を見せない!!ミッションはやっているのか?」
「え?毎日やってカフェの前を毎日通っているけど?」
私は一番最初のミッションを未だにクリアできていなかった。
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CEOに会えそうな場所へ行ってみよう。
▶公園
カフェ
食堂
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初日に食堂を選び大学で課題をやりながら時間をつぶしていたが、藤堂どころか誰もあらわれず貸し切り状態で藤堂から怒りの電話がかかってきたのだ。
そして、選択肢は同じまま何日もこのミッションが続いている。私は家と大学の通り道にあるカフェの前を毎朝通り、中の客をチラッと見てからいないことを確認すると大して残念がる気持ちもなく大学へと向かっていた。
「馬鹿か!何日かやって駄目なら他の選択肢を考えろ。この選択肢は公園だろ!!」
(そんなの知らないよ……。)
朱音はそう思ったが藤堂が答えを教えてくれたので黙っておくことにした。
「カフェとか行かないの?コーヒー飲みながら仕事とかしたり」
「朝は家で食べるし迎えが来るからわざわざ庶民のカフェなんか行かねえよ」
「それなら、わざわざ庶民的な公園も行かないんじゃなくて?」
庶民という言葉にイラッとした私は、つい反論してしまった。
(どこが女性をキュンとさせる男だ。どこがいいんだろう?)
「馬鹿か。俺が行くのは公園は公園でも皇居外苑だ。そこでランニングするのが日課なんだよ!!お前も明日の朝7時に来い!分かったな!!」
私が何も言わないうちに電話は切れてしまった。
いつも一方的な藤堂に呆れながらも、ミッションの答えと約束を半強制的に知ることが出来た。藤堂には強がって大丈夫と言ったが毎日薬の世話になっている。
(こうなったら明日は皇居に行ってときめきポイントゲットして薬なしの生活にしてやるんだから!!)
私は、違う意味で明日藤堂に会えるのを楽しみにしていた。