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第7話 早朝ランニングと朱音の過去

「おい、お前なんだよ。その格好は」

藤堂は私を一目見てから呆れて怒りだした。


「毎朝ランニングするって伝えて皇居外苑で待ち合わせしてその格好はないだろ。TPOってのものがあるだろ!!!」


「いや、私、運動嫌いで興味ないので……。」

このまま大学にいけるようにリュックにパーカーとデニムにスニーカーとカジュアルな格好で来たのだが、どうやら違ったようだ。


「そこは、距離を縮めるためにランニングウェアを着て驚かせるとか、運動はしないけど飲み物渡すとかあるだろ。」


(うわっ、こいつ面倒くさい……。)


そう思ったが、『みんなの憧れの藤堂さん』はもちろんそんなことには気づかない。社会一般的な教養がのごとく、こういう時の対処法を伝えてくる。


「その顔は、何も用意せずに来いと言われて手ぶらできたな。」


「……はい。」


「まあいい、ベンチでも座って待っておけ。」


そう言って藤堂は走り出した。その間、朱音は特にやることもなく座っていた。


(たしかにこんな事なら走った方が気分転換になっていいのかもしれない……。)


運動は苦手で出来るだけ避けて通ってきた。高校時代の成績が受験にも関わってくるが体育は捨てていた。主要5科目だけ徹底的にやってきたのだ。


「私がCEOと結婚か、ありえない。ましてやあの藤堂と……。私は社長でも御曹司でもなくても現実的な思考を持って真面目で温厚な人がいいんだけどな。」


『現実的』これは、小さい頃から朱音の中にある価値観の一つだ。華やかな世界に憧れたり慣れる母数が少ない世界を夢見るのは成功すればリターンは大きいが成功率が限りなく低い。プロスポーツ選手だって、実際夢見た子どもたちの何%がなれるのだろう。

夢見た人たちを馬鹿にしているわけではない、私も夢をみた時期があったのだから……。


☆☆☆


「ねえ、お母さん見てー。先生に花マル貰ってね、市の協議会で入選したの。先生もとても上手だって褒めてくれた。私、将来は…」


「あら、凄いわね。でも入選じゃなくてもっと上を目指していきましょうね。」

将来の夢を打ち明けようとした私を遮るように母は言葉を重ねてきた。母はこの時、私がなんて言おうか察して敢えて言わせなかったのかもしれない。成長してからも「現実味がある選択」や「安定性」を求められてきた。

両親ともに高校教師で親族も教員や公務員が多く厳格な家系だ。担当する学年によっては進路相談や受験対策も行っている。生徒たちの進路相談をたくさん受けてきたからこそ、娘には安定した職と、浮世絵離れしていない現実的かつ合理的な判断が出来るようになってほしいと思ったのかも。

小学校2年生で初めて持った夢は、誰かに打ち明けることなく胸の内に秘めた。



☆☆☆


「何ボケっとしているんだよ。」

物思いにふけっていたら藤堂が戻ってきた。時間にして約1時間ほどだった。


「別に。」

何もしていない時間というのは、過去の自分や普段考えないようにしている出来事を思い出し考えさせられる。


「おい、何か飲むか。」

藤堂の後ろを歩いていると自販機で止まりお茶を買っていた。私の分も何か買おうとしてくれるらしい。


「あ、ありがとう。お茶でお願いします」


「???……なんかいつもと違って今日は大人しいな。」


「CEOでも自販機使うんだと思って。毎回買うより持ってきたらどうかなって」

物思いにふけて少しセンチメンタルな気分になったことを隠すために違う話題を振った。


「は?馬鹿にしてるのか?使うよ。それに持ってきたら走る時邪魔だろ。重くて走る時の気になる煩わしさと考えたら買う方が効率的なんだよ。」


「あなたも効率とか考えるんだ。」


「当たり前だろ、こう見えて俺は忙しいんだ。限られた時間で多くのことをこなすには効率的にやらないとな。」



ただの御曹司のお飾りCEOではないらしい。効率的という私の好きな言葉が出てきたことで私は少しだけ藤堂を見直した。そして翌日、整腸剤は使わなくても一日を過ごすことが出来た。私はときめきポイントを回復したらしい。







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