「朱音ちゃん、レポートってもう終わった?」
「まだ半分しか終わってない、今週中にはやらなくちゃ……」
大学の食堂で友人たちとご飯を食べながら週明け提出のレポートの話をしていた。
恋愛シュミレーションゲーム『キュンラボ』のリアルモニターに選ばれたが無視を続けた結果、藤堂の策略で超下痢体質にされた私はレポートに手をつける余裕がなかった。
「そう言えばさ、今日のミッションやった?」
「やった!上手くいって峰さんとデートでめちゃくちゃ甘かったの!」
「いいなーどうすれば藤堂さんに振り向いてもらえるかな?」
「……そんなに藤堂がいいの?」
友人たちがキュンラボの話題で盛り上がっており、『藤堂』の名前に反応して思わずどこがいいか聞いてしまった。
「え!!!!朱音ちゃん興味持ったの!?」
驚いたように振り返ってきて、その声で隣にいた子がむせている。
「持ってない。」
「だって朱音ちゃんがキュンラボについて聞いてくるなんて初めてじゃない。」
「……別に、ただ聞いてみただけ。」
「なーんだ、興味持ったらいつでも紹介するから言ってね!」
(紹介というよりもう既にモニターとしてやっているんだよな……。そんなこと絶対に言えないし頭おかしくなったと思われるだろうな。でもなんであの藤堂なんかに惹かれるんだろ。)
私が内心で悪態をついていると、背後から聞きなれた声がした。
「おー、朱音?こんなとこで会うなんて珍しいな。」
振り向くと同じ学部の安田が立っていた。
「安田!どうしたの?」
「俺も飯食いに来たところ。ってか、お前ら何の話してんの?なんか盛り上がってるみたいだけど。」
安田は、私たちのテーブルの空いている席に腰を下ろしながら興味津々といった表情で尋ねてきた。
「『キュンラボ』っていう、スマホの恋愛シミュレーションゲームの話していたの。」
「へー、シュミレーションゲームねー。」
安田は大して興味がないといった顔で適当に相槌をしている。
「安田、興味ないでしょ?今、結構流行ってるんだよ!!」
力説をしているが安田の心には響かなかったらしい。
「そうなんだー。俺はやらないからよくわかんないけど、みんなゲームの中のイケメンに夢中なんだな。」
「何それー!!現実にこんなイケメンがいてくれてゲームに夢中になったりしないよ。いないからキュンを求めているの!!」
安田は特に悪気もなく言ってのけたので、私は心の中で同調したが、友人たちは悪く言われた気分で少し膨れている。
「あ、安田は何食べてるの?」
安田に助け舟を出すため、私は無理やり話題を変えようと安田の手に持たれたトレーに目をやった。
「ああ、これ?学食の新メニューの特盛り豚生姜焼き丼。期間限定だって。」
「へー、美味しそう!!ボリュームあるね」
(やっぱりコスパだよね!腹が減っては戦は出来ぬなんだよー。)
友人達はバイトに行くため帰って行き食堂で安田と2人になった。
安田は人見知りで最初の頃はほとんど会話がなかったが、慣れて来ると気さくで話しやすくて誰からも好かれている。
しかし周りは、キュンラボのような顔が整っていたり、有名人やスポーツマン、起業家などの成功者に夢中だ。
一重の目で短髪。身長170㎝ほどの標準体型。特別カッコいいわけでも背が高いわけでも運動が出来るわけでもない普通の大学生の安田は、周りからしたら「いいやつで男友達」止まりで恋愛対象外だ。
(私は、安田みたいな気軽に話せて実は真面目な人の方がいいんだけどな……。)
「……何?どうかした?」
そんなことを考えていると私がじっと見ていることに気づき声を掛けてきた。まさか安田のことを恋愛対象として見ていたなんて言えない。
「ううん、なんでもない。ちょっとレポートのことで頭がいっぱいで……。」
「ああ、レポート大変だよな。俺も全然終わってないんだよね。先生、もうちょっと猶予くれないかなー。」
「安田も?私も半分しか出来てないんだよね。」
「ま、なんとかなるっしょ。お互い頑張ろうな!」
安田の言葉に私は小さく微笑み返した。その時、ふとある考えが頭をよぎった。
「安田は、シュミレーションゲームってやったことある?」
「え?俺はやらないかな。ゲームやるより、仲いい奴とワイワイする方が好きだし、恋愛もアプリの中の美女よりも好きな子と話して出掛けたりする方が何倍も楽しいと思うし。」
「安田も好きな子とか恋愛するんだ?」
「え?あ、ああ…。前の話だけどね」
少し照れくさそうに笑った安田は、ゲームの中の完璧なイケメンのように輝いてはいないけれどとても親近感を持った。
「ねえ!安田!このレポートが終わったらどこか遊びに行かない?」
「いいねーー!思いっきり遊ぶか!何したい?」
安田は、少し驚いた様子だったがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「うーん、まだ決めてないんだけど……。考えておくね」
「OK!俺もレポート出来たら探しておくわ。じゃまた連絡する」
「分かった、私も終わったら連絡するねー!今週はレポートに集中して頑張ろうねー」
安田はそう言って手を振って立ち去って行った。
(何しようかな。なんだか藤堂のことを考えるより安田とどこ行くか考える方が楽しい。)
レポート提出後に安田とどこに行くか考えると胸が弾む。翌日から体調は絶好調で驚異の速さで仕上げて土曜日には完成をした。
この気持ちが恋かは分からない。ただ少しだけ今までよりも前進した気がして心も足取りも軽かった。