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第7話   花房、健太、シュンとの出会いと、離反

「バー・リセットは会員制で、毎週金土、午前零時から五時までだけしか営業していない、若い女性向けのホストクラブのような店です。接客する従業員は、メンバーと呼ばれていて、見た目がさわやかでごく普通の大学生ばかりでした」


「なるほど」

 中島理事官は二度ばかりうなずいた。

 佐古田は熱心にメモを取っている。


 実態は、ホストクラブよりさらに悪辣な商いだった。


 学生たちが、地方から出てきた大学生や、恋をした経験の無い、地味目の女性に声を掛ける。


 引っ掛かった女性と付き合って好意を抱かせた後、『僕はこんなしゃれたバーで働いているんだ。一度、遊びに来てよ』と誘う。


 バーでのツケがかさむと、水商売を勧め、さらにツケが膨らむように持っていって、最後は、言葉巧みに風俗店を紹介する。


 メンバーはバーでの女性の飲食代の四十パーセントと、風俗での売り上げの十パーセントを受け取る。


 多い者は月に二百万円もの稼ぎになるといい、シュンは当時、ナンバーワンだった。


「ガードマンも割のいいバイトだったので続けていただけで、それ以上のことは……」

 口を濁すオレに、中島理事官は、

「関連性があるか否か、捜査の糸口になる情報が得られるかは我々が判断する。ヒヨッコのきみじゃない。おまけにきみは当事者でもあるんだ」

 秋霜のような語調で問い詰めてくる。


「わたしが総監に忖度するなどと思わないでくれたまえ」

 中島理事官が言い添えた一言に、眉がピクリと動くのを感じた。


「土御門巡査、難しく考えず、順に詳しく話せばいいんだ」

 佐古田の助け舟に、中島理事官がコホンと一つ、咳払いをした。  


「分かりました。では、飯田修二、三谷健太、そしてマルガイ中村俊との出会いから話しますと……」


 ――高校を無事卒業し、K大法学部法律学科に歩を進められることになったある日、バイトで買った中古の四百㏄オフロードバイクを駆って伊豆の金山に向かった。


 廃墟探索はすべて自己責任である。

 分かっていたはずだったが心が先走る。

 夢中でカメラのシャッターを切り続けていたときだった。


 蜘蛛の巣に頭を突っ込み、巨大な蜘蛛を慌てて手で払った瞬間、床板を踏み外した。

 体がはまり込む。


 下には、上向いた釘や尖った木片、割れたガラスなど、さまざまな『凶器』が獲物を狙って待ち構えていた。



 死を覚悟したそのとき、体をズルリと引き抜いて救ってくれたのが、当時、三十二歳の花房だった。


 花房の笑みは、晴れ渡った夏空を思わせ、同時に、ひとひらの黒雲を感じさせた。


 ヤクザには見えないが、三人とも堅気には見えなかった。


 暴力団事務所のようにハッキリした拠点が無い、緩いつながりしか持たず入れ替わりが激しい、儲け話に応じて集合離散する、暴力団対策法の網に掛からないグループを構築し、メンバーを抜ければ真っ当な学生や社会人に戻っていく、それが半グレだった。


 花房がつぶやいた、


「人間が築いた建造物がその意義を失って、ゆっくりと自然に還っていく。そのほんのわずかの間に存在するのが廃墟だ。そのはかなさがたまらなくてな」


 何かの受け売りに違いない言葉に、当時はひどく感動した。


 軍用パンツを履き、各種のアイテムが効率よく収納された軍用のタクティカルベストを着て、足元をコンバットシューズで決めている姿が眩しかった。




 オレは、適当に名乗った山本裕二という名前からYouと呼ばれるようになった――との経緯をかいつまんで述べると、

「その調子でいい。以降もハショらずに話してくれたまえ」

 中島が満足げにこけた顎を撫でた。


「ハイ」

 オレは、神妙な素振りで話を続けた。


「見習いになってすぐでした。九人の男たちが裏口から乱入してきて店内を破壊し始めました。商売敵に頼まれた連中だったと思います。飯田修二は他にも手広く商いをしていましたから、敵が多かったです」


「で……」


「わたしは反撃を開始しました。バーのメンバーも加わっての大乱闘になりましたが、サイレンが聞こえてきたため、敵は退散しました。マルガイがわたしの武勇伝を、飯田修二や三谷健太に、大げさに報告したため、バーの用心棒として働くことになりました」

 あくまで抑え気味に話した。


「ホゥ、たいしたものじゃないか」

 中島理事官は口の端を歪めながら、白髪の目立つ髪を撫でつけた。


 実際には、ゴルフクラブを振り回す男の二の腕を蹴り飛ばして骨折させ、ナイフで襲ってきた男の顎を膝で蹴り上げて、顎骨を砕いたほか、消火器で殴り掛かってきた男の肝臓を狙い、中段廻し蹴りを放って昏倒させたなど、再起不能に陥った者もいたはずだが、表沙汰になることは無かった。


 その日以来、オール・リセット内で、健太に次ぐ、ナンバー3になり、健太とともに、他のグループ潰しに駆り出されるようになった。

 健太と二人して、常在戦場がモットーだと粋がった。


 羽振りがよくなったオレは、小ぎれいな賃貸マンションに住むようになった。


 オール・リセットというグループ名の通り、世界は一変し、オレは、生まれてはじめて居場所ができた気がした。


「ところで」

 中島理事官は机に体をもたせ掛け、天井を見上げながら言った。

「きみの素性に気付かれなかったとは驚きだね」


「飯田修二は抜け目なく調べていたと思います。三上は当初、知らなかったようです。ある日、『なぜ親父のことを黙ってた』と問い詰められ、あんな男なんか親と思っていない。こうして暴れているのは、親父への嫌がらせだと答えると、それ以来、さらに距離を詰められたなんてことがありました」


「なるほどねえ。それにしても、きみのようなご子息がいちゃ、総監もたまらんね。秋霜烈日の権化も、不出来な一人息子には甘かったのかねえ」

 中島理事官は、大げさにため息をついた。


「オール・リセットから離反した事情も詳しく聞かせてくれ。無関係と思われる話でも構わないから」

 佐古田が口をはさんだ。


「飯田修二はだんだん変わっていきました」


 ――健太から、特殊詐欺――振り込め詐欺グループへの人材派遣に関わっていると聞かされた。


 クスリについては否定されたが、卑劣な商いを嫌う、硬派な健太が知らされていないだけだったろう。 


 花房は、SNSのフォロワーが一万三千人いると豪語していたが、カリスマの地位を継続するには大きな努力が必要だった。


 SNSにアップする動画を盛り上げるため、オール・リセットのメンバーたちに小芝居をさせるようになったと、シュンから聞かされたときは、まさかあの花房さんが? と信じられなかった。


「……という具合に、歯車がきしみ始めました」


「そうそう、そういう具合に、具体的に供述すればいい。ねえ、理事官」

 佐古田が中島理事官の顔色をうかがうように言った。


「大学三年になってすぐの春でした。わたしはあいかわらず廃墟探索を続けていました。いつも単独行でしたが……」


 ――今回だけは一緒に行こうと言う、シュンに押し切られた。

 花房と健太を中心に、オール・リセットの精鋭メンバー九人を引き連れての廃墟探索となった。


 一行は車に分乗して、西多摩郡にある、心霊動画で有名な廃ロープウェイへ向かった。

 オレだけバイクだった。


 遅れて到着すると、ゴンドラや駅舎に下劣な落書きをして騒いでいる最中だった。

 短編映画風に撮影して、ネットにアップするという。


 廃墟は、純粋な廃墟マニアにとって、朽ちるがままの在り様を愛でる場所である。

 一方で、家出人や犯罪者、ホームレスにとって、密かに棲み着く場所でもある。


 そして……花房らにとっては、破壊欲を満たす遊び場所になっていた――


「マルガイはいさめて欲しかっただけだと思いますが、わたしは『あんなに廃墟を愛していると言ったのに。オレが尊敬していた花房さんはどこに行った。いつからこんなゲス野郎に変わったんだ』とブチ切れ、大暴れしましたが、多勢に無勢なので、展望台跡から飛び降りて山中に逃れ、それきりオール・リセットのメンバーとは縁が切れました」


 展望台跡に繁茂していた蔓植物の鮮やかな碧が脳裏に蘇ってきた。



 同類の匂いを感じて、イイ感じの間柄になっていた、さらに言えば、生まれて初めて友と呼べそうだった健太も敵になった。

 それが一番痛かったことを思い出して、舌先に苦みを感じた。


「以上です」

 その後のことは言葉を濁した。


 健太とはそれきりだったが、シュンはオール・リセットを離反しなかったものの、ずっとネットでつながり、何だかんだと電話をかけてきた。


「で、心機一転、社会の闇と対峙する側の警察官になったというわけか」

 中島理事官は棘を含んだ笑みを見せた。


「いつまでもバカをやっていられないと、一念発起しました」


「なんといっても君には太いパイプがあるからね。就職するとなればそれを使わない手は無い」

 中島理事官は金縁のメガネを外して、意味も無くメガネの縁をチェックした。


 コネによる引き立ての話は否定できなかった。 

 警察学校を出た男子は、最初の二年間、巡査として交番勤務する慣例だが、オレはたった一ヶ月の勤務で放免された。


 刑事になるにも、すべて特例扱いで、最低限の条件だけ満たし、異例の速さで刑事になれた。


 警察官採用試験の受験から始まって、どの段階の試験でも、日向が家庭教師だった。


 刑事になる資格を得てからも優遇は続いた。

 未解決事件を扱う、警視庁刑事部捜査第一課特命捜査対策室に、警視総監の肝いりで第六係が創設され、日向とオレの二人だけが配属された。


 しかも、第六係だけ別扱いで、特殊猟奇殺人事件に関する捜査のみ任じられている。


 発足以来、捜査の応援に駆り出されることもなく、古い記録をさかのぼって猟奇殺人事件を掘り起こし、データ整理する、退屈な毎日が続いていた。


 つまり、オレを飼い殺しにするために設けられた部署だった。



 供述内容の矛盾点を探し出して追及されるのではと思ったが、中島理事官は、

「じゃあ、今日はここまでにしよう。せいぜい足を引っ張らないよう、頑張ってくれたまえ」

 嫌味たらしく言いながら、部屋を出ていった。


 オレは、佐古田に気取られないよう、息を吐きだした。 





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