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第8話 ペアを組まされた佐古田の刑事魂

「じゃあ、我々も行こうか。日向管理官の運転手殿」

 佐古田がオレの肩を二度、乱暴に叩いた。


 オヤジ、気安く触れるな。


 ムッとして返事しなかったが、意に介さず,

「オレは昨日の晩も、周辺の目撃者を洗っていたが、それらしき車や余所者を見た者がいないんだ。だがな……」

 一階の廊下を歩きながら、持論を語り始めた。


「捜査ってものは、『はい、そうですか』と引き下がるものじゃない。捜査は足だ。ホシ割れまで、這いずり回って手掛かりをつかむんだ」


「ハイ」

 佐古田の刑事魂に触れた気がして、オレは神妙に相槌を打った。


「今回の事件は流し(行きずりの犯罪)じゃない。マルヒはマルガイの身近な人物と睨んでいる。ジックリ捜査すれば、やがてホシ割れする。ともかく粘りが必要だ」

 佐古田は講釈を垂れながら、署の裏手の駐車スペースに向かった。


「現場に日参すれば、何かつかめる。必ず見落としがある」という佐古田の言葉で、昨日の現場に向かった。




「この廃寺、オレ、二回目なんです」

 車を降りて、石段を登りながら、佐古田に話し掛けた。


「ほう、こんな何も無いつまらん場所に来たことがあるのか」


「心霊スポットとして有名でしたので」


「土御門巡査もオカルト好きなのか。オレも幽霊が見えるんだ。幸か不幸か霊感は強くないから、ボンヤリとだけどな」

 軽い口調だったが、心の底に沈殿している澱を想像させた。


「オレは全く信じていません。幽霊とか怪異とか、絶対に存在しないことを証明したくて心霊スポット巡りをしていただけです。で、俗っぽい心霊スポットに飽きて、廃墟探索に転向したんです」  

 ついつい語気が強くなった。


「そりゃ意外だな。土御門水月さんといやあ、えらく有名な霊媒師じゃないか」


「母は、占いでいろいろな人のアドバイザーをしていますが、心理学的な分野の能力が高いだけだと思っています」


 オフクロから『相談なさるかたの心の奥では、もうとっくに結論が出ているのです。最後の一歩を踏み出せないかたの背中をそっと押してさしあげると、そのかたは、占いの結果を大義名分にして迷わず決断される。占いとはそういう人助けなのですよ』と聞かされ、『客もバカだけど、オフクロも大概な詐欺師だな』と思った記憶があった。


「母がほんとうに不思議な力を持っているなら……」


「一人息子が半グレなんぞになってないよな」

 佐古田はからかうように歯を剥いた。




 スダジイのねじれた枝に絡み付いている蔓植物は、あの定家葛だった。

 日の光に艶めいて、カワセミの羽のような翠色をしている。


 鑑識が細かく調べた後を、新たに執念深くチェックしながら、

「さっきはあんな風に供述していたが、オレには分かる。土御門巡査は、マルガイと親しかったのだろ」 

 目線だけチラリと向けてきた。


「親しいと言えるかどうか分かりませんが、あんな店に似合わず、イイ奴でした。だから絶対にオレが犯人を……」

 言い掛けるオレの言葉を、佐古田が遮った。


「捜査に私情をはさんじゃダメだ。目が曇る。是が非でも早くマルヒを挙げようとするあまり、冤罪を生んでしまうことになる」


「ハ、ハイ」

 確かにそうだとうなずいた。  


「本名や役職で呼び合うのはまずい。これからは、オレのことはコダさん、おまえのことは……ツッチーと呼ぶとするか」

 佐古田はヤニで黄色くなった歯を見せて笑った。 




 二人して二時間余り、丹念に調べて回ったが、新たな発見は無かった。


「すぐに手掛かりが見つかれば苦労しない。這いずり回って捜査するからこそ、マルヒを挙げたときの嬉しさも格別なんだ」

 車に戻る道すがら、佐古田は、またもベテランらしい講釈を垂れた。


「ところで、ツッチーはもともと刑事になりたかったわけじゃないだろ? その辺りの経緯も知っているんだ」


「え?」


「誰かのタレコミがあって、愛宕南警察署に不法侵入と器物損壊容疑で逮捕されただろ」


「よく知っていますね」

 オレは苦笑した。


 ーー港区虎ノ門にある、大規模再開発のために用地買収されたエリアは、バブル崩壊後そのまま時が止まっていた。


 そのエリア内のある屋敷に侵入して出てきたところを、建造物侵入罪と、身に覚えのない器物損壊罪の容疑で現行犯逮捕された。


「あれは以前のイザコザを根に持っていた飯田修二が、匿名で通報したんです」


「ツッチーが検挙されたことを好機に、総監が手を回した。事件をもみ消す代わりに、警察官になって、自分の目が届く所で更生しろと言われたわけだ」


「ま、まあ……」


「総監の懐刀である日向管理官が動いて、コトは上手く運んだんだな」


 ――愛宕南署の取調室に現れた日向は、澄ました顔で脅しを掛けてきた。


 余罪を追及されては実刑を食らう。

 オレのような男が刑務所に入ればどんな目に遭うかと。


 健太から聞かされていた『どんなに男がウリのヤクザでも、見た目が良い男は皆、ヤラレちまう。複数に目をつけられれば防ぎようが無いんだ』という話が頭に浮かんだオレは、承諾するしかなかった。


 警察官になるからには刑事にしてくれと条件をつけた――


「いつまでもヤンチャをしているわけにもいかないと、渡りに船だったのは確かです」


「ま、そういうことにしておくか」

 佐古田は黄色い歯を剥いて、ニカッと笑った。


「オレはお前と組みたいと、中島理事官に希望した。若く未熟な刑事をイッパシのデカに育てることが、我々ベテランの責務だ。オレがしごいてやる。シッカリ食らい付いて来いよ」


「ハイ。よろしくお願いします」

 オレは素直に頭を下げた。   





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