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第10話  『拷問処刑虐殺猟奇殺人全書』の記述と次なる贄は? 

 持ち帰った本に残されたオヤジの指紋と例の本から採取した指紋とを照合したが完全に一致した。

 やはりオレが持ち出した本だった。






 一週間後、被害者は、DNA鑑定の結果、中村俊と断定されたとの報告が行われ、生体反応から、生きたまま時間を掛けて切り刻まれたと知らされた。


 付箋が貼られていたページの、少年が拘束され、生きたままジワジワ解体されていくイラストが、目の前に蘇った。


 シュンが味わった恐怖と苦痛を想像するだけで激しい目眩に襲われた。

 他人の気持ちや感情を自分のことのように感じる、『共感性』がマックスになって襲い掛かってくる。 



 パイプ椅子から転がり落ちた。

 よろける足でトイレに向かい、胃液も出なくなるまで何度も吐いた。

 廊下を伝い歩きさえできず、壁を背にへたり込んだ。


「そんなことで刑事が務まるか。本部にいても目障りだから自宅に帰れ」

 佐古田が中島理事官に許可を取り付け、タクシーを呼んでくれた。






 スポーツドリンクだけ飲んでベッドの上に転がっていると、日付が変わる頃になってやっと起き上がれるようになった。



 マンションの駐車場で待っていると、日向の公用車が予想通りの時間に滑り込んできた。


「ここだ」

 オレの声に、日向が車を停める。


「アレッ」 

 定家葛がフェンス全体に広がっていた。

 常夜灯に照らされて、葉が毒々しいほどツヤツヤ光っている。





 車から降りた日向は、

「この前、取り除いたばかりなのに」

 絡み付いた蔓を引きちぎり始めたが、ハッと我に返ったような顔で、  

「はは、キリがありませんよね」と苦笑した。


 ひそやかな香りが漂ってくる。



「それにしても異常な繁殖力だな」


 永福寺ではスダジイの大木に絡み付いていた。


 花房らと決別した日、廃ロープウェイの駅舎の屋上に茂っていた蔓植物も定家葛だったのではという気がした。



「助手席にどうぞ」


「もう大丈夫。オレが運転する」


「事故に遭うのはごめんですから」

 言い合いながら、ジャケットを脱いで助手席に乗り込み、ジャケットを後部座席に放り込もうとしたとしたときだった。


「エッ」

 動きを止めたオレに、

「どうしました」

 運転席の日向が怪訝な顔を向けてきた。


「この本が、どうしてここにあるんだ。町田中央署のロッカーに入れておいたのに」


「到着時はわたしのバックしかなかったのにおかしいですね。その本が何か?」

 日向はノンキな口調で聞き返した。


 本を手に取った。

 指が震える。


 付箋が二カ所、新たなページに付されていた。

 猟奇殺人事件ではなく、中世の処刑についての記述だった。


「日向、コレって……」

 言い掛けたときだった。


 携帯しているRSDデータ端末に、新たな重大事件発生の一報が流れてきた。



 現場は西多摩郡にある、あの廃ロープウェイだった。








 奥多摩へと急ぐ道中、本の一件について日向に語った。


 日向は小さくうめいたが、

「ともあれ、今は現場到着が先です」とだけ言って、そのまま押し黙った。




 湖を横断するロープウェイが一望できる、三頭橋付近と深山橋付近に、警察車両と多数の人影が見えた。


 機動捜査隊をはじめ、地元南青梅署のパトカーや、各種機材を積んだ警察車両、救急車や消防車も到着していた。

 気流のせいで降下できないらしく、ヘリが頭上をグルグル旋回している。


 皆が湖上空の一点を凝視していた。


 片方のワイヤーロープの中央に何かがぶら下がっている。


 投光器に照らされた物体は、釣り上げられた魚のように、ビクビク痙攣している。


 日向が手渡してくれた双眼鏡で見ると、皮を剥がれた、大柄な男だと確認できた。

 大きなカギ爪が腹部を貫いて、まるで牛の肉のようにぶら下げられている。


「本にあった処刑方法が二つ、組み合わされている」

 日向の耳元で叫ぶように言った。


「確かにそうですね」

 日向の口調は冷静だったが、動揺を隠しているのだろう。

 夜目にも唇に色が無い。


 まだ生きている。

 だが、なすすべが無かった。


 しばらくすると、人影はピタリと動きを止めた。


 隣にいた制服警察官の口から、ホウッと、安堵のような吐息が漏れたそのときだった。 


「死んじゃダメだ!」

 叫び声が湖上に響き渡った。


 三谷健太だった。


 橋の高欄から身を乗り出し、半狂乱になっているさまが、レンズ越しに迫ってきた。 


 つまり……アレは花房こと飯田修二だ。

 頭から冷水を浴びせられた気がした。


 健太はその場にくずおれた。

 健太の肩に、一人の女がそっと手を添える。


 モデルのようにスラリとした、だが女性らしさを失わない柔らかみを持った姿が、薄暗い中で夜光虫のように輝いて見えた。




 次々に入ってくる情報によると、SNSを通じて、オール・リセットの事務所に犯行の告知があり、健太が一一〇番通報と同時に駆けつけたとのことだった。




「日向管理官、ご苦労様です」

 佐古田が合流してきた。


 日向は佐古田を無視し、何かを凝視していたと思うと、突然、三頭山橋方向に駆け出していった。


「冷静沈着な日向管理官でも、アタフタ走ることがあるのか」

 佐古田が苦笑した。


「それにしても、またもツッチーに近い人物がマルガイとは。頑張れよ、ツッチー」


 肩をポンと叩かれ、

「ハイ」

 オレは唇をかんだ。


「初日に、飯田修二から直接、話を聞いたが、鎌を掛けても、クスリやら特殊詐欺やら、裏稼業のことなんておくびにも出さない。裏付け捜査を進めていた最中だったがな」

 佐古田は暗い空を見上げた。


「やはりグループへの攻撃でしょうか。そうなると三谷健太も……」

 言い掛けたとき、三谷健太が制止を振り切って行方を眩ませたという情報が一斉送信されてきた。


「マルヒに心当たりがあって、自分の手で復讐する気じゃないですか」

 健太の性格から考えて、ありそうな話だった。


「今度は自分だと震え上がって、身を隠したのだろう。いずれにせよ、重要な情報を握っているに違いない。見つけ出して締め上げてやる」

 佐古田が拳を握りしめた。





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