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第11話 健太とのタイマンと一博の敗北

 いつの間にか、湖面を這っていた霧が足元を浸食し始めていた。  


「コダさん、オレは三頭山口周辺を当たります」


「よし、オレも行く」

 佐古田が即答する。




 廃駅に続く階段付近に車を停め、ライトを手に階段を上る。

 霧は濃さを増し、渦巻くように流れる。


「またもツッチーと因縁のある場所か」


「もう四年経っていますが、今も変わっていないと思います」


 湖の上を横断するロープウェイが休止されてから半世紀も経っている。

 途中から階段が消え失せ、木の枝を頼りに急な斜面を登り切ると、プラットホームに残されたゴンドラが姿を現した。


「オレたちは、手分けして、手薄な場所のナシ割りをやろう。くれぐれも鑑識さんの邪魔をするなよ」

 佐古田は言うだけ言うと、元駅舎に向かっていった。 



 あの日、屋上に生えていた蔓植物が定家葛だったかどうか、急に気になって、駅舎屋上へ続く階段を上った。 


 霧はここまで追い掛けてきていた。

 さらに深くなってくる。

 あの日のように、うらぶれた階段を上って屋上に出た。


 霧が立ちこめた屋上一面に、定家葛が低く繁茂していた。



「You! いや、土御門一博!」

 深い霧の中、健太の押し殺した声がした。


「犯人は必ず犯行現場に戻るって、本当だったな」


「どういう意味だよ」


「お前が花房さんを殺ったんだろ。その前はシュンだ」


「何だと」


「シュンにも恨みがあったろ。いい仲だったのに、お前がグループを抜けたとき、うちに残った。つまり裏切った。可愛さ余って憎さ百倍ってか」


「シュンとは……」


「バイの花房さんとお前が、シュンを取り合ってたって、メンバー皆が知ってるこった」


 健太は単純だ。

 自分が信じたいことしか信じない。


「You、お前、シュンが死んだとき、二日間休暇を取っていただろ」


「どうしてそれを? 確かに休暇を取ってた。久しぶりに遠出して、廃工場の探索に行った。それがどうした」


「つまり、シュンについてのアリバイが無いってこった」


「しかし、誰がそんなことを」


「サツにも口の軽い奴がいる。事情聴取のとき、鎌を掛けたら、ポロッと漏らしやがった。昨日だって、ズル休みしたってな。だから、シュンについても花房さんについてもアリバイがえんだよ」  


「バ、バカな」


「テメエは警視総監さまの御曹司だ。なんとでもしてかばってもらえるだろうよ」


「報復するならすぐやっている。三年も経ってからなんてあり得ない」


「それだけ執念深いサイコ野郎ってわけだろ」


「証拠があるのか」


「オレっちはサツじゃねえ。証拠だ何だと、まだるっこしいものなんて要らねえ。報復あるのみだ」



 健太は素手だった。

 武器を使ってでも勝ちさえすればいいという、ヤンキーとは違う。

 健太はいつも正々堂々としていた。


 大声を出せば応援が来るが、健太の意気に応えなければならない。


「拳で疑いを晴らしてやる」

 足幅を広く取ったスタンスから、顔面に上段蹴りを放った。


 瞬間、蹴りは空を切り、一歩踏み込んだ健太に軸足を払われた。

 転倒し体勢を立て直そうとする後頭部に、健太が肘を打ち込んできた。


「オレに挑戦たぁ、十年早いぜ」


 バランスを崩し、前につんのめる。

 腕が捉えられ、関節技に持ち込まれる。


 持ち前の柔軟さで体を回転させて逃れたものの……健太の胴廻し回転蹴りがオレの上段に炸裂した。


「ツッ」

 かろうじてブロックしたオレはうめいた。


「何だ。たいしたことねえな」

 両腕をダラリと下げたまま立った健太の目は、獰猛な獣の目をしていた。



 繰り出す突きや蹴りは、健太に大きなダメージを与えられず、オレばかりが息を上がらせた。


「ホラホラ、助けを呼ばねえのか? お巡りさーん、助けてーってな」


 前蹴り、下突き、カギ突き、カカト落とし、膝蹴り。

 健太の攻撃は笑えるほど当たった。

 筋肉を引き締めて耐えるしかない。


 体が吹っ飛び、定家葛の茂みに転がった。


 定家葛の硬くツヤツヤした葉の間に、一輪だけ、白い花が咲いていた。

 強い芳香が漂ってくる。


 フッと健太の攻撃が止んだ。


 腫れたまぶたの間から見えたのは、ピタリと動きを止めた健太の姿だった。


「ワワワ」

 定家葛の蔓が足に絡み付いている。

 健太が転倒し、ジタバタもがく。


「ツッチー!」

 佐古田の野太い叫び声がした。 


「クソッ」

 健太が蔓を引きちぎって逃走する気配を感じながら、オレの意識は深い沼に沈んでいった。



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