五月半ばになったが、捜査は暗礁に乗り上げたままである。
皆が適宜、休みを取っている中で、佐古田だけが皆勤を続け、永福寺と三頭山廃駅に、繰り返し足を運んでいた。
日焼けした精悍な顔も土気色に変わって、疲労の色が濃い。
朝九時半過ぎ、捜査会議が終わって、席を立った直後だった。
個人用スマホにSNSが届いた。
『今日正午ジャストに、一人でリセットに来て欲しい。健太』
続いて、
『この前は八つ当たりして悪かった。Youだけが頼りだ。助けて欲しい』というメッセージだった。
好都合なことに、佐古田は今日も単独行動である。
事務所周辺の聞き込みを行うという。
コレで二十一回目。
無駄足上等で、何度も当たる執念に頭が下がった。
歌舞伎町の奥まった場所にある、十階建てビルに向かった。
正午きっかりまで二十分ほどある。
四階まで階段で上り、最上段に腰を下ろして時間を潰すことにした。
健太は『助けて欲しい』などというガラではない。
鼓動が早まった。
ジッとしていられず、オレはその場で立ったり座ったりを繰り返した。
正午ジャストになった。
ドアを開けて照明のスイッチを入れ、暗い店内に足を踏み入れた。
「オレだ」
低く声を掛けた。
返事は無かった。
店内の照明をオンにすると、暗黒の世界が目を覚ました。
十八歳だったあの日、頼れるリーダーの花房、単純で粗暴だが気のイイ兄貴の健太、繊細で今にも壊れそうでいて、意外にシタタカだったシュンをはじめ、皆が笑顔で迎え入れてくれた。
健太は何かを伝えようとしている。
ここで一気に解決に向かうのではという期待がふくらみ、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
外の音に混じって、奥の部屋から微かな音がした。
急いで奥へ向かう。
不穏な何かが喉元までせり上がってくる。
息を整える。
近付くにつれ、生臭い匂いが鼻を突いた。
ドアを開く。
血の臭いがドッと襲い掛かってきた。
血管が凍り付く。
目の前に、健太の無惨な姿があった。
大型デスクの上に、全裸の健太が、神への供物のように横たえられていた。
四肢を拘束した手錠に付いた鎖が、デスクの足の下部に伸びてシッカリと固定されている。
首元から下腹部まで一文字に切り開かれていた。
肋骨が押し広げられて、内臓がつながったまま、開陳されている。
肝臓の裏側にある青黒い胆嚢がこれみよがしに露出されていた。
まるで外科医の手術のように、出血は最小限に抑えられていた。
それでも、デスクから床へ、赤い流れとなってポトポトと落ちる。
血の臭いにむせる。
死亡を確認するために近付いたときだった。
ホカホカと湯気を立てる内臓がビクリと動いた。
「健太!」
声が裏返る。
拘束をはずそうとするがビクともしない。
血で手が滑る。
健太が一つ瞬きをした。
わずかに生気を取り戻した瞳が、『オレとしたことがザマアねえや』と語っている。
口元が一瞬、微笑んだ気がした。
それで終わりだった。
喉元を確認すると、喉仏の軟骨がえぐり取られていた。
血にまみれた床に例の本が落ちていた。
付箋が一つ付いている。
手袋をはめ、震える指でその箇所を開いた。
生体解剖の図版が目に飛び込んできた。
嘔吐をこらえながら、緊急通報し掛けたときだった。
「坊ちゃんのせいだ」
地の底から聞こえるような声が頭の中に響いてきた。