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第13話 健太からの逼迫したメッセージで古巣へ

 五月半ばになったが、捜査は暗礁に乗り上げたままである。

 皆が適宜、休みを取っている中で、佐古田だけが皆勤を続け、永福寺と三頭山廃駅に、繰り返し足を運んでいた。

 日焼けした精悍な顔も土気色に変わって、疲労の色が濃い。




 朝九時半過ぎ、捜査会議が終わって、席を立った直後だった。

 個人用スマホにSNSが届いた。


『今日正午ジャストに、一人でリセットに来て欲しい。健太』

 続いて、

『この前は八つ当たりして悪かった。Youだけが頼りだ。助けて欲しい』というメッセージだった。



 好都合なことに、佐古田は今日も単独行動である。 

 事務所周辺の聞き込みを行うという。

 コレで二十一回目。

 無駄足上等で、何度も当たる執念に頭が下がった。





 歌舞伎町の奥まった場所にある、十階建てビルに向かった。


 正午きっかりまで二十分ほどある。

 四階まで階段で上り、最上段に腰を下ろして時間を潰すことにした。


 健太は『助けて欲しい』などというガラではない。

 鼓動が早まった。


 ジッとしていられず、オレはその場で立ったり座ったりを繰り返した。



 正午ジャストになった。


 ドアを開けて照明のスイッチを入れ、暗い店内に足を踏み入れた。


「オレだ」

 低く声を掛けた。


 返事は無かった。


 店内の照明をオンにすると、暗黒の世界が目を覚ました。


 十八歳だったあの日、頼れるリーダーの花房、単純で粗暴だが気のイイ兄貴の健太、繊細で今にも壊れそうでいて、意外にシタタカだったシュンをはじめ、皆が笑顔で迎え入れてくれた。



 健太は何かを伝えようとしている。

 ここで一気に解決に向かうのではという期待がふくらみ、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。


 外の音に混じって、奥の部屋から微かな音がした。

 急いで奥へ向かう。


 不穏な何かが喉元までせり上がってくる。

 息を整える。


 近付くにつれ、生臭い匂いが鼻を突いた。

 ドアを開く。


 血の臭いがドッと襲い掛かってきた。

 血管が凍り付く。


 目の前に、健太の無惨な姿があった。


 大型デスクの上に、全裸の健太が、神への供物のように横たえられていた。


 四肢を拘束した手錠に付いた鎖が、デスクの足の下部に伸びてシッカリと固定されている。


 首元から下腹部まで一文字に切り開かれていた。


 肋骨が押し広げられて、内臓がつながったまま、開陳されている。

 肝臓の裏側にある青黒い胆嚢がこれみよがしに露出されていた。


 まるで外科医の手術のように、出血は最小限に抑えられていた。

 それでも、デスクから床へ、赤い流れとなってポトポトと落ちる。

 血の臭いにむせる。



 死亡を確認するために近付いたときだった。 

 ホカホカと湯気を立てる内臓がビクリと動いた。


「健太!」

 声が裏返る。


 拘束をはずそうとするがビクともしない。

 血で手が滑る。


 健太が一つ瞬きをした。


 わずかに生気を取り戻した瞳が、『オレとしたことがザマアねえや』と語っている。

 口元が一瞬、微笑んだ気がした。



 それで終わりだった。

 喉元を確認すると、喉仏の軟骨がえぐり取られていた。



 血にまみれた床に例の本が落ちていた。

 付箋が一つ付いている。

 手袋をはめ、震える指でその箇所を開いた。


 生体解剖の図版が目に飛び込んできた。 




 嘔吐をこらえながら、緊急通報し掛けたときだった。




「坊ちゃんのせいだ」


 地の底から聞こえるような声が頭の中に響いてきた。



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