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第23話  無数の破片になって海へと舞い散る日向 

 シャラリ

 絹のドレスがたてる衣擦れの音が響いた。


 千姫人形がユルユルと顔を上げる。

 愁嘆場の一幕は終わったらしい。


「千姫人形、茂吉師人形をなぜ、封印した上、土蔵に閉じ込めた。あのお方は『生みの親』の『化身』じゃないか」

 日向の問い掛けに答えず、千姫人形はフラフラと岩場に向かった。


「忠刻どのには、どうあっても、この島へ来ていただきたいのじゃ。出会うたあの日のようにな」

 千姫人形は虚ろな目で言った。


 日向が、コンバットナイフをオレに手渡した。

 千姫人形に向かって駆け寄る。


「頼む。一博さんを見逃してくれ。忠刻さんは来ないんだ」

 ひざまずいて、千姫人形のドレスの裾にすがり付いた。


「そんな真似をするな」

 自分のようなクズのために日向の誇りを傷つけることはできない。

 卑屈な姿を見たくなかった。


「どうせこの世から消えるなら、一博とともにというのじゃな」

 千姫人形の言葉に、日向がウッと息を吸い込む。


「あいにくじゃな。お前になんぞ食指は動かぬ。ゆるゆる調理などしてやるものか。今すぐ塵となるがよい」

 千姫人形の涼しげな顔が酷薄な般若の面にする。


「日向、逃げろ!」

 声を振り絞った。



 日向は色彩の付いた鮮やかな笑顔を見せた。


 一博さ……ん。

 声は無く、唇だけが動く。


 千姫人形の手が日向の肩に触れるか触れないかの刹那。

 日向が動きを止めた。


 日向の体が宙に浮く。

 背中のしなりがシルエットになる。




 美しい爆発だった。

 日向の肉体がズタズタに引き裂かれる。




 つむじ風にさらわれ、無数の破片が舞い上がる。

 風に乗って暗い海の上へと流される。

 ハラハラと花が舞い散るように音も無く海面に落下する。




「日向! 日向―っ!」

 叫びだけが、闇に飲まれて消える。




「一博はゆるりと料理してやろうぞ。忠刻どのがどうしても島に来ざるをえぬほど無惨にな。さすれば忠刻どのの気持ちも変わろう」   

 千姫人形は歌うように言った。



 定家葛の蔓が足にまとわり付いてくる。

 死に物狂いでナイフを振るった。

 暗い中空に、定家葛の白い蕾と、緑の葉、茎が飛び散って乱舞する。


「わらわは空疎な人形じゃ。じゃから、臓器がたっぷり詰まった人の体がうらやましい。悔しゅうてたまらぬ」

 声が脳内に響いてくる。



 絡みつく蔓をいくら断ち切っても、際限なく伸びてくる。

 心臓が、キリで何度も突き刺されるように痛む。


「アッ」

 動きが鈍った途端、蔓が四方八方から襲い掛かってきた。

 手足、胴に絡み付いて、オレの体を高々と持ち上げ、がんじがらめにする。

 体が宙に浮き、大の字に高々と縫い止められた。 



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