シャラリ
絹のドレスがたてる衣擦れの音が響いた。
千姫人形がユルユルと顔を上げる。
愁嘆場の一幕は終わったらしい。
「千姫人形、茂吉師人形をなぜ、封印した上、土蔵に閉じ込めた。あのお方は『生みの親』の『化身』じゃないか」
日向の問い掛けに答えず、千姫人形はフラフラと岩場に向かった。
「忠刻どのには、どうあっても、この島へ来ていただきたいのじゃ。出会うたあの日のようにな」
千姫人形は虚ろな目で言った。
日向が、コンバットナイフをオレに手渡した。
千姫人形に向かって駆け寄る。
「頼む。一博さんを見逃してくれ。忠刻さんは来ないんだ」
ひざまずいて、千姫人形のドレスの裾にすがり付いた。
「そんな真似をするな」
自分のようなクズのために日向の誇りを傷つけることはできない。
卑屈な姿を見たくなかった。
「どうせこの世から消えるなら、一博とともにというのじゃな」
千姫人形の言葉に、日向がウッと息を吸い込む。
「あいにくじゃな。お前になんぞ食指は動かぬ。ゆるゆる調理などしてやるものか。今すぐ塵となるがよい」
千姫人形の涼しげな顔が酷薄な般若の面にする。
「日向、逃げろ!」
声を振り絞った。
日向は色彩の付いた鮮やかな笑顔を見せた。
一博さ……ん。
声は無く、唇だけが動く。
千姫人形の手が日向の肩に触れるか触れないかの刹那。
日向が動きを止めた。
日向の体が宙に浮く。
背中のしなりがシルエットになる。
美しい爆発だった。
日向の肉体がズタズタに引き裂かれる。
つむじ風にさらわれ、無数の破片が舞い上がる。
風に乗って暗い海の上へと流される。
ハラハラと花が舞い散るように音も無く海面に落下する。
「日向! 日向―っ!」
叫びだけが、闇に飲まれて消える。
「一博はゆるりと料理してやろうぞ。忠刻どのがどうしても島に来ざるをえぬほど無惨にな。さすれば忠刻どのの気持ちも変わろう」
千姫人形は歌うように言った。
定家葛の蔓が足にまとわり付いてくる。
死に物狂いでナイフを振るった。
暗い中空に、定家葛の白い蕾と、緑の葉、茎が飛び散って乱舞する。
「わらわは空疎な人形じゃ。じゃから、臓器がたっぷり詰まった人の体がうらやましい。悔しゅうてたまらぬ」
声が脳内に響いてくる。
絡みつく蔓をいくら断ち切っても、際限なく伸びてくる。
心臓が、キリで何度も突き刺されるように痛む。
「アッ」
動きが鈍った途端、蔓が四方八方から襲い掛かってきた。
手足、胴に絡み付いて、オレの体を高々と持ち上げ、がんじがらめにする。
体が宙に浮き、大の字に高々と縫い止められた。