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『異世界テイマー商会 〜魔物と始める森のスローライフ〜』
『異世界テイマー商会 〜魔物と始める森のスローライフ〜』
asahi
異世界ファンタジースローライフ
2025年04月21日
公開日
6,718字
連載中
突然の事故で命を落とした青年・ユウは、異世界に23歳の赤髪のテイマーとして転生する。目覚めた世界で彼が目指すのは、魔物と心を通わせながら生きる“穏やかな暮らし”。 ゴーレム、竜、鷹、狼といった個性豊かな魔物たちを仲間にしながら、森で素材を集め、加工し、街で商売を始める。時には危険な魔物との戦いもあるが、信頼する仲間と共に乗り越えていく。 出会いとともに絆を深めていく中で、戦士の少女・アイリス(青髪)や、後に登場する銀髪の魔導士とも心を通わせ、やがて家族となる運命が動き出す。 魔物たちと共に築く、にぎやかで温かなスローライフファンタジー、ここに開幕。

第1話 「異世界テイマー、街で生きる決意」

 青く高い空の下、穏やかな風が草原を撫でるように吹き抜けていく。風に揺れる赤い髪をかき上げながら、俺は小さく息を吐いた。


「ふう……ようやく、ここまで来たな」


 俺の名前はユウ。23歳。日本での記憶がある……つまり、いわゆる異世界転生者だ。18歳のとき、気が付いたらこの世界にいた。そして、気づけば”テイマー”という職業になっていた。


 テイマー。魔物と心を通わせ、使役する職業だが、この世界ではあまり評価されていない。強い魔物を従わせることができれば話は別だが、序盤のテイマーは非常に地味で、戦いには不向きとされていた。


 でも、俺はこの力で、この世界で生きていくと決めた。戦いじゃなくてもいい。森で素材を集め、作物を育て、テイムした魔物と力を合わせて、日々を積み上げていく。そういう生き方をしたかった。


 目の前には、小さな街が広がっていた。


「ここが——ロルクの街、か」


 木造の家々と石畳の道、小さな市場、にぎやかな声。冒険者や商人が行き交い、馬車の音が遠くから聞こえてくる。


 この街で、俺は新しい生活を始める。テイマーとして、そして商人として。


「さて、と。お前たちも、よろしくな」


 俺が振り返ると、そこにはすでにテイム済みの魔物たちがいた。


 一体目は、大きな黒い狼——《影狼(シャドウウルフ)》の「ルガ」。鋭い目つきと素早い動きで、護衛にも偵察にも使える頼もしい相棒だ。


 二体目は、空を悠々と飛ぶ《雷鷹(サンダーファルコン)》の「ヴァイス」。視界の広さと空からの偵察能力が高く、急襲にも対応できる。


 三体目は、小さな山のような《岩のゴーレム》「グラフ」。無口だが強靭な体で荷物運搬から防衛までこなす万能型。


 そして——四体目が、翼を広げたエメラルドグリーンの《翠竜(すいりゅう)》「ゼルド」。まだ幼体だが、将来的には空も飛び、炎も吐く最強クラスの魔物だ。


「この街で、まずは住む場所と商売の拠点を探さなきゃな」


 そう呟いて歩き出そうとしたそのとき——


「そこの旅人さん、街に用かい?」


 声をかけてきたのは、街の門番らしい青年だった。槍を手にしつつも、柔らかい表情だ。


「ああ、住み込みで商売を始めたいんだ。拠点にできる家を探してて」


「なるほど。だったら、ちょうどいい空き家があるぜ。街の北区画に、前に鍛冶屋が使ってた家が空いてる。ちょっと広めだし、裏に畑もあるらしい」


 裏に畑も——それはありがたい。


「ありがとう、助かるよ」


「はは、気をつけてな。あ、そうそう……そいつら、全部お前の仲間か?」


 門番の青年が、後ろの魔物たちに目をやる。


「そうだよ。俺、テイマーなんだ」


 そう答えると、彼は目を丸くした。


「テイマーで、これだけの魔物を?……ただもんじゃねぇな、お前」


 俺は少し苦笑しながら、軽く手を振って門をくぐった。


 街の中は活気に満ちていた。屋台では焼き魚の香ばしい匂い、子どもたちの笑い声、商人たちの値切り交渉……この世界に来て、何年も森で一人で暮らしていた俺にとって、それはとても眩しく、懐かしいものに感じられた。

 門番に教えてもらった北区画を目指し、街の中を歩いていく。道中、ルガやグラフの存在に驚いて避ける人もいたが、危害を加えるつもりがないとわかると、皆次第に普通に接してくれるようになった。


 街の北側に差し掛かったころ、小さな広場の角に、教えられた通りの家が見えてきた。


「ここが……拠点になる場所か」


 石造りの家屋。外壁にはツタが這い、使われていなかった時間の長さを感じさせる。だが扉はしっかりしているし、屋根も大丈夫そうだ。裏に回ると、小さな畑があり、井戸も完備されていた。


「悪くない。いや、むしろいいな」


 さっそく中を片付け始める。グラフが家具を動かし、ルガが細かいところの埃を嗅ぎ分け、ヴァイスが空から街を見張ってくれる。魔物たちと暮らす日常が、少しずつ形になっていく。


 その日の夕方、最低限の片付けが済んだ頃、俺は商人ギルドに足を運ぶことにした。商売を始めるには、登録が必要だ。


 ギルドの建物は木造の大きな二階建て。中には多くの商人がいて、賑やかに取引の話をしている。


「いらっしゃい、登録かい?」


 受付で対応してくれたのは、落ち着いた雰囲気の女性職員だった。


「はい。今日この街に来たばかりのテイマーです。採集品や魔物素材を売って、少しずつ生活を軌道に乗せたいと考えてます」


「テイマー、ですか……珍しいですね。でも、素材を扱うならむしろ適職かもしれません。登録料は銀貨五枚ですが、お持ちですか?」


「もちろん。これでお願いします」


 財布から取り出した銀貨を手渡すと、彼女は頷いて書類を用意してくれた。


「……それでは、商人登録完了です。ちなみに、明日からこの街では『市場の日』が始まります。広場に屋台を出して、自由に物を売ることができる日です。出店も可能ですが、数に限りがあるので、早めに申し込んでくださいね」


「ありがとうございます。ぜひ参加したいです」


 ギルドを後にして家へ戻り、明日の準備に取りかかる。ルガと一緒に森で採取した薬草、ヴァイスが見つけた珍しい果実、グラフが運んできた鉱石類——それらを種類ごとに分け、丁寧に袋詰めにしていく。


「これで、少しは売れるといいな……」


 夜になり、静かになった家で、火を灯したランタンの下、俺は魔物たちに囲まれて夕食をとる。簡単なスープと焼きパン。だが、誰かと一緒に食べるだけで、不思議と心が温かくなった。


「なあ、ルガ。ここで……お前たちと一緒に、ちゃんと生きていけると思うか?」


 ルガは何も言わず、すっと俺の隣に座り、静かに尻尾を揺らした。


「ありがとな……本当に、ありがとな」


 その夜、俺は夢を見た。


 見知らぬ森の中で、新たな魔物と出会っている夢だった。その姿はぼんやりとしていたが、不思議と強く心に残っていた。


 そして、翌朝。


 市場は朝から賑わいを見せていた。俺も小さな屋台を出し、薬草や果実を並べて販売を始める。


「お兄さん、この赤い実はなんだい?」


「これは《紅露の実》。甘酸っぱくて、疲労回復に効果があるって言われてるよ。味見してみる?」


 子供に実を渡すと、嬉しそうに笑って口にした。


「甘い!」


 周りの客も興味を持ち、次々と買っていく。初日の売り上げは思った以上で、テイマーの力を活かした品揃えが好評だった。


「これなら……いける。俺のスローライフ、始まったばかりだけど、ちゃんと一歩踏み出せたな」


 そんな矢先。


「あなたが……噂の、魔物使い?」


 振り向くと、そこには長い青い髪をなびかせ、鋭い眼差しを向ける少女が立っていた。背中には剣。明らかに戦士の気配をまとっている。


「……ああ、俺がテイマーのユウだけど?」


「ふん、なかなか良い目をしてる。ちょっと、力を貸してもらえるかしら?」


「は?」


「近くの森に、魔物の巣があるの。私ひとりじゃ厳しい。でも、あなたなら——」


 新たな出会い。そして始まる小さな冒険。


 ——これが、俺の異世界での、最初の一歩だった。

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