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流星-9



「よ~し!全部白状してもらうぞ!」


俺はリビング兼休憩所兼食堂で二人に言い放った。


宝田が観念したように話始めた。

「まぁ別に大した事じゃないんですが、僕はここに来る前はアメリカの牧場で働いとったんです。その時に照文さんと知り合いまして。同じ牧場で働いてたわけじゃないんで…まぁ顔見知り程度のもんですわ。帰国した後は、うちのオトンのツテでこちらにお世話になる事になりましたんや。」

なるほど、照文さんと知り合ったキッカケやうちに来た経緯は納得した。しかし…

「でも宝田さんぐらいのキャリアがあれば、うちのような小さい牧場じゃなくても…」


「ぼっちゃん…いや社長。この牧場は僕にとって本当にやりがいのある職場です。牧場は規模だけじゃありません。僕はそう思っています。」


そんなもんなのか…俺には理解できん。


「先代がよくおっしゃっていました。『夢やロマンだけじゃ食ってけないが、情熱だけは忘れるな』と。でも一番夢やロマンを追い掛けている先代の生き方に魅力を感じたんです。アメリカで学んだ事よりもっと大事な事を先代から教えてもらいました。だからアメリカ修行の事は今までお話しなかったんです。ぼっちゃん…いや社長がファンタジアの仔を抱きしめている姿は先代そっくりでしたわ。」

やめろ…泣きそうになるだろ…

「せやさかい…僕はぼっちゃん…いや社長をこれからも支えていこうと決めたんですわ。」


この人…めちゃめちゃいい人じゃないか…。

俺はもう言葉すら発する気力もなかった。



「僕の事はこれぐらいですわ。次は瑤子ちゃんの番やね。」


宝田が促した。


この謎の女の口からなにが語られるのか…俺は正直怖かった。


瑤子が来て3年。まともに会話した事がない。だってシカトされているからね。


「私は16歳から叔母の秘書をしていました。」

叔母?秘書?


「瑤子ちゃんの叔母さんは相羽 ゆりさんですわ」

宝田が言った。相羽ゆりって言ったらユリノの冠名で有名な女性馬主じゃないか。かなりの資産家で、けっこう派手なおばちゃんである。


「相羽さんがアメリカに馬を買い付けにくる時にうちの牧場にも来てはったもんで、瑤子ちゃんとは面識があったんですわ」


なるほど、二人はお互いの素性を知っているわけだな。


「私は叔母と世界中の牧場に行って馬を買ってきました。高校や大学に行きながらで大変でしたが本当に楽しかったです。やりがいも感じていました。

……あの事件があるまでは…」


「ユリノサンキュー事件。ぼっちゃん…いや社長覚えていますか?」

宝田が俺に聞いてきた。


もちろん知っている。


ユリノサンキュー事件とは、4年前ちょっと話題になった競走馬の虐待事件だ。

社来ファームで生産された桜花賞馬ベルメールの初仔ユリノサンキュー(牡)が相羽氏に高額で買われ、連闘に次ぐ連闘の末、最期はレース中に骨折、安楽死となった馬の事件だ。

社来ファームの吉野氏は『馬主が金儲けに走った結末だ』と遺憾の意をマスコミに発表し、逆に相羽氏もなぜか社来ひとり天下の現状を批判。泥沼化となった。現在、社来産の相羽名義馬が走っている事から、ある程度の和解があったと思われる。


「あの事件の後、私は叔母の元を去りました。叔母は死なせてしまったユリノサンキューへの罪の意識がまったくなかった…競走馬をただの経済動物としか見られない人なんです。」


う~ん…なんか難しい問題だ。社来ファームほどのビッグネームなら名誉の為とか、それこそ夢やロマンに走れるが、一般的な生産者や馬主はやはりある程度の回収を求めるものだ。まぁユリノ程の大馬主が金に走るのは問題だが…。


「その後、私は吉野社長にお詫びに行きました。そして何度か海外視察に同行させていただき勉強させてもらいました。でも吉野社長ほどの方についてまわるのは叔母の目もあるから…馬に携わる仕事がしたいと思って、吉野社長に相談したら、こちらの牧場を紹介していただきました。」

そう言う事か…でももうひとつ聞きたい事がある…


なぜ俺を忌み嫌うのかを…


「馬を一頭一頭愛情込めて育てている社長の…あっ先代ね、先代社長のお仕事が大好きだった…。」

瑤子が少し遠い目をした。しかしその直後、瑤子の瞳は俺に対して厳しい流し目に変わった。

「それに引き替え…その息子は…自分の家は小さい牧場だのコンプレックスの塊で、スキルもないくせに向上心もない…私が一番嫌いなタイプの人間ね」

もうグッサリ刺さりました。初めて会話らしい会話でこの破壊力…

でもおまえらには俺の気持ちはわかるまい…。

学校の同級生に、龍田のバカや、吉野氏の三男春文がいる。今じゃ龍田のバカは業界上位の龍田ファーム2代目就任、春文は日本一の会員数を誇る社来系列のクラブ法人社来ホースクラブの社長だ。

こちとら生産数10頭前後の寂れた牧場主。

これがコンプレックスを抱かずにおれるか…。



「ぼっちゃん…いや社長。さっきも言いましたが、規模だけが生産と違いまんで。僕はファンタジアのようないい馬に会えた事だけでも幸せです」



宝田の言葉に俺は反応した。

「照文さんが言っていたけど、ファンタジアの仔は走りそうなの?」


「かなりいけるんとちがいますか~」



う~ん。手放したくないな…。


「なんならぼっちゃん…いや社長が馬主になられたらいかがでっか~ハハハ冗談でんがな~」

やっぱりお調子者め…。てか絶対わざと間違えてぼっちゃんって言ってんだろぅ?


でも今日ははじめて三人が本音で話せた。

俺はなんとなく嬉しかった。



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