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流星-14



年に一度の幼駒のセリ市 セレクトセール。

日本中の関係者や馬主が集まるビッグイベントだ。


会場は社来ファーム内の特設会場。


うちの生産馬も半数の5頭をセリに出す。ビンゴは吉野氏へと決まっているし、すでに5頭は馴染みの地方馬主へと庭先取引(セリ市などを介さずに、生産者と馬主の間で行われる直接取引)が成立していたからだ。



今年の注目馬はやはり、社来ファームが生産したエアグルーヴの牡。父馬はディープインパクト。超良血馬とあって半端じゃないセリ値が予想される。


エアグルーヴの当歳馬のセリが始まると会場の熱気は最高潮となった。


『ではエアグルーヴの牡、1億円からスタートします』


金村「1億2千万!」


阿部「1億3千万!」


平山「1億7千万!」


関内「はい7億!!」


空気を読まないと言うか競る気がないフサイチがいきなり5億もアップさせた。


しかし新たな刺客が現れた。

世界の石油王をバックにつけたダーリージャパンだ。


ダーリー「7億5千万!」


関内「なに~!?ワシに挑むとはいい根性しとるがや~ならこっちは8億じゃ~!」


ダーリー「8億5千万!」


関内「むきーー!なんじゃとーー!きゅっきゅ9億じゃ~!」


ダーリー「10億!」


もうフサイチの声は聞こえなかった。



前代未聞の10億馬に会場はさらにヒートアップ。日本での馬主資格をとったアラブの大馬主の驚異を知らしめる絶大なパフォーマンスとなった。


ダーリージャパンはUAEドバイの国王モハメッド殿下が建ち上げた日本用の競走馬ビジネスである。石油大国そのものがスポンサーであり、豊富な資金源で多くの小さな牧場を買収して勢力を広げている。

日本の代表は高橋淳二氏。元は大井競馬場で獣医をしていた経歴の持ち主だ。


我が生産馬は、今年のセリは調子がいい。今のところ順調に3頭売れた。


4頭目とコナンのセリは宝田と瑤子に任せて会場の方に顔を出した。買ってもらった馬主さんに挨拶するのも生産者としての仕事だ。


「雅樹くん!」

突然俺を呼び止める声がした。


「あっ!克己さん!お久しぶりです。」


俺を呼び止めたのは吉野3兄弟の二男、克己さんだった。


社来グループのひとつサンダーレーシングの社長で、その拠点はノーザンファームと言う世界レベルの牧場である。


二人で会場の椅子に座り近況などを報告した。三男の春文とは小学校の時は仲がよかったが、中学に入るとあまり口をきかなくなった。ただ親父と吉野社長が仲が良かった為、よく社来ファームやノーザンファームには親父と一緒に遊びにいっていた。照文さんはアメリカ修行、春文はオーストラリアの高校や大学へ留学に行き、俺は牧場の事でなにかあると親父ではなく、克己さんに相談をしていた。克己さんは俺にとって師匠であり兄貴のような人だ。一般的には社来グループの跡取りは照文さんだが、克己さんを推す人も多い。


久しぶりに克己さんとの会話を楽しんでいた時、うちの4頭目の生産馬がセリに出された。宝田と瑤子が馬を引いている。


「あれが噂の宝田誠か…」


克己さんが呟いた。


「克己さんも宝田さんをご存じで?」

克己さんはここ最近はうちの牧場には顔を出していないし、親父の葬儀でも宝田と会話していないと思うが…。

俺の問いに克己さんは

「俺は面識ないんだが、照文兄さんが言っていたよ…凄いんだって…?相馬眼(馬の能力・資質を見抜くことができる才能)が…雅樹くんも凄い人材捕まえたね」


よくよく話を聞いてみると、宝田はアメリカ修行中の6年間で、二度のケンタッキーダービー馬を二歳時に選定したらしい。ついたあだ名が『Metcya Boy(めっちゃボーイ)』。なんでもいい馬を見つけるとアメリカ人相手でも

「めっちゃグレイトホースやで~」

と言うから『めっちゃボーイ』って言われていたそうだ。


そう言えば最近「めっちゃ」って言葉を聞いたような…。


思い出した…


コナンだ!!!!


見事に売れ残ったうちの4頭目の後、コナンが瑤子に引かれて会場に入ってきた。


『それでは続きまして~フォーリンレインの牡。350万円よりスタートです。』


スタートしちゃったよ!


関内「フォーリンレイン?そんな馬聞いた事ないわ~ガッハハ」


フサイチのデカイ声が会場をこだました。所々で失笑が起こっている。


「350万円!」

声が上がった。相羽ゆりだ。コナンを引く瑤子の表情が変わった。明らかに瑤子に対する牽制ととれた。久々の対面であろうこの二人が修復不可能な関係であると確認できた。


瑤子の顔は「誰でもいいから競って欲しい、相羽にだけは買われたくない」って油性マジックで書いたように明白だった。


その時俺は見逃さなかった…瑤子の表情をみて鼻で笑う相羽の顔を…。


怒りが込み上げてきた。瑤子がこれだけ溺愛しているコナンを無茶なローテで潰しかねない相羽にだけは…。


『よろしいでしょうか~では、350万円で…』


「400万!!」

バイヤーの声を遮り競りに参加したヤツがいる!


俺だ…。


隣の克己さんは椅子からころげ落ち、遠くで春文が呆れた顔でこちらを見ている。龍田のバカもいつの間にやらいたらしく、大爆笑してやがる。


わかってるさ…自分でセリに出した馬を自分で買おうとしてるんだから…。笑いたくば笑え。


相羽「450万円!」

なにぃ~上げるなよ~!


宝田は俺の気持ちを察したか、親指をこちらに突きだした。「good!」って感じで。

特に瑤子は哀願する表情で俺の顔を見ている。いい顔してくれるじゃないか瑤子…。君が好きだ…。


俺「500万円!」


会場は笑いの渦とかした。


相羽「600万円!」

このババァ~~・・・バカにしやがって~!


瑤子が俺に向かって手を合わせている。


俺「700万円だ!こんちくしょう!」


俺が叫んだ時、宝田と瑤子がズッコケた。

え?違うの?



ここでバイヤーが口を開いた。

『てかあんたバカじゃないの?そのお金誰に払うのさ?』


誰ってその馬の生産者さんにお支払いするに決まってんじゃん!


生産者は俺だから…俺に払う…ん?…?



相羽「アハハハハ!おもしろかったわよ坊や」


相羽の笑い声のあとバイヤーが言った。

『フォーリンレインの牡、生産者持ち帰り!バ~カ!早く連れて帰れ!』


セレクトセール終了後。


「いや~ぼっちゃん最高でしたで~ガッハハガッハハ」

宝田は笑いころげている。


龍田も近寄ってきた。

「飛田…プッ…ププ…」


克己さんや春文に関しては足早に去っていった…笑いながら。


俺は今日…日本中の生産者や競馬関係者の前で恥をかいたのだ。




「叔母さん!どういうつもりなの!!」


瑤子の怒鳴り声が聞こえてきた。相羽ゆりに食ってかかっている。


「あら瑤子ちゃん。なにをそんなに怒っているのかしら?」


憎たらしいババァだ。


「コナンは叔母さんが買うような馬じゃないわ!」



「だって瑤子ちゃんが育てた馬じゃない?私が高値で買ってあげたかったのよ~」


うすら笑いでババァが言った。



「瑤子ちゃんともあろう人が、ずいぶん小さな牧場にいるのね~?てっきり社来のタヌキオヤジの所にいると思ったら。それに…なに?あの若い世間知らずの坊やは…?面白そうだから競りに付き合ったけどね~フフフ」


あっ俺の事ですね。


「とにかくもう私には構わないで!」


瑤子は振り返りこちらにやってきた。


「瑤子ちゃ~ん、いつでも帰ってらっしゃいね~」


相羽ゆりの心の無い言葉が辺りに響いた。


瑤子は俺の顔を見つけると

「さぁ、コナンを連れて帰りましょ!」

笑顔だった…俺に笑顔をくれた…それだけで充分です…たとえ世界中の人間に笑われても俺は耐えられます。



瑤子の背中を追い掛けようとすると宝田が俺に言った。

「社長、ありがとうございます。瑤子ちゃんとコナンを守ってくれはって…。きっと後悔はさせませんで…コナンはめっちゃ期待できる馬やと思います。」


でた!めっちゃ!


最大の恥をかいたが、なぜか俺の心は晴れやかだった。



「飛田…ウハハハッ…おまえ…ウキャキャキャ…」

今だ笑いころげている龍田をほっといて、俺達はコナンと一緒に家路についた。


そして翌日…俺は馬主の資格を獲た。



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