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流星-15



うちの牧場は他の牧場とはちょっと違うシステムとなっている。

母馬から離した仔馬はすべて社来ファーム直営の育成牧場に預ける。うちじゃあ育成は専門外だし、まぁ早い話がうちも社来グループの傘下のようなものなのだ。

しかし、このシステムはうちをご贔屓にしてくれている馬主さん達には信頼を得ている。弱小牧場で生産された安い馬ではあるが、一流の育成が受けられるのだ。

これも親父と吉野社長との古いネットワークの賜だ。



吉野社長と春文がビンゴの買値の2億5千万円の小切手を持ってきた。うちの牧場始まって以来の高額取引となった。

ビンゴは社来ホースクラブが馬主となり、全国から一口馬主が募集される。


「それでは、え~っと…今年は11頭だね。明日引き取りにきますよ」

一緒に来ていた育成牧場長の言葉が胸を刺す。去年までなら一番安心できた言葉だが、今年はビンゴと別れを意味する言葉だからだ。


その夜、俺はビンゴの馬房の前で寝る事にした。同じ馬房にいるファンタジアのお腹の中にはアグネスタキオンの仔がいる。


これが親父が生涯を捧げた馬産業という仕事なんだな…


俺の中で今までとは違う気持ちが芽生えようとしていた。

持ち込んだ缶ビールをすすりながらビンゴとの最後の夜を過ごしていた。



3つ隣の馬房のコナンの前には瑤子がいた。


瑤子にしても華やかな馬主秘書から、こんな弱小牧場に身を落としたような見えていたが、彼女にとってコナンとの出逢いは運命のように思えてならない。


お互い無言で自分の愛馬との別れに浸っていた。


別れの朝…(ウルルン風)



「さぁ~て!今年もはりきっていきまっせ~!」

宝田の気合いと共に始まった母と仔の別れの儀式。一生の別れである。


放牧に出す時に母と仔を別々に誘導する。この時の仔馬の鳴き声はまさに断末魔の叫びである。



しばらく母馬の見えない場所に隔離し、社来の育成牧場に運ぶ。



コナンはいたっておとなしい。すでに親離れが済んでいる。凄いヤツだ…。


ビンゴや他の仔馬はもうパニック状態。しかしこれも競走馬になる為の試練だ。



社来の馬運車がやってきた。


次々と仔馬を車に誘導する。ビンゴを乗せた時に俺は愛馬の耳元に囁いた。


立派な競走馬になれよ…


俺は堪えきれずにその場を去った。



走り去る車の音が聞こえてきたが、それよりも大きな鳴き声が響きわたった。コナンだ。

瑤子に対して鳴いているのだろう。コナンにとっての本当の親離れはまさにこの瞬間だったのだろう。瑤子も泣いていた。


ビンゴとコナン…。


競馬史に残るレースを繰り広げるこの2頭が交わるのは…まだ先の話である。



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