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暁-2


天皇賞(秋)(GⅠ 東京競馬場 芝2000m)が発走する30分前に宝田が場外馬券売り場から帰ってきた。


俺や瑤子の分も買ってきてもらったが、全員がやはりドラゴンアローが軸。龍田のバカの馬は買いたくないが、競馬な携わるものとして素直に天皇賞春秋制覇を見たかった。そしてドラゴンアローはそれを実現できるだけの馬だった。


「いや~ドキドキしまんな~」

宝田はいつもの調子だ。

「そうだね~」

最近、瑤子は俺に対して普通に接してくれる。俺…嬉しい…。



三人でテレビの前に座りその時を待った。


テレビの画面に龍田のバカが映った。なんか真剣な顔だ。やはりバカでも天皇賞の品格がわかるらしい。


相羽ゆりもチラッと映った。人気にはなっていないが毎日王冠二着のユリノクエストが出走する。しかし瑤子の様子は変わらず、女の強さを感じた。



そして…

GⅠのファンファーレが鳴り響き、天皇賞(秋)がスタートした。





『秋の天皇賞…今スタートしました!!』


東京競馬場のボルテージは最高潮。


『まずは…やはりグレイエスケープがハナをとります…』


いつもの大逃げでグレイエスケープ。


『圧倒的な支持で一番人気ドラゴンアローは中団よりやや後方か…』


ドラゴンアローの最大の武器は光速の末脚。中団後方に待機、いつもの位置である。


『先頭のグレイエスケープ…おーっとこれは8馬身から9馬身の大逃げ!安東勝己とグレイエスケープが先頭で第3コーナーに差し掛かかります…』


距離は違えど菊花賞の再現。どんなにハイペースでも並んだ時に抜き返す勝負根性がグレイエスケープの最大の武器だ。


『さぁードラゴンアローが徐々に前に上がってきたぞ!馬群の先頭に躍りでる勢いだ!第4コーナー、グレイエスケープはまだ6馬身から7馬身のリードで直線に入ったー!!』


行きたがるドラゴンアローを滝豊はあえて抑えなかった。第4コーナー手前、光速のロングスパート。

『安東のムチが入る!グレイエスケープまだ6馬身のリード、これはセーフティーリードとなるか!?』

ドラゴンアローが馬群の先頭で直線に入った。

『グレイエスケープ残り400メートルを切った、ドラゴンアローもムチが入る!その差5馬身!届くかドラゴンアロー!逃げ切るかグレイエスケープ!』


レース前…ドラゴンアローを調教する古室調教師が言った一言。

「ドラゴンアローは今年に入り更に成長し、円熟身を増した。そして覚醒した。アローには…もうひとつギアがある」


「まるで…すべてが止まったかのように見えた…」

レース後、滝豊のコメントである。



『さぁーグレイエスケープ今だ先頭!しかし…ドラゴンアローが一気に…一気に追い込んできたー!』


滝豊のムチがドラゴンアローを刺激する。天才はドラゴンアローを外へ出した。グレイエスケープと並ばずに距離を置くために。


『一気にドラゴンアローが差を詰める!これはすごい!これはすごい!これはもう後は見えない2頭のレースだ!』


残り200メートル。一気にドラゴンアローはグレイエスケープを捕えた。


『しかしドラゴンアローは一杯かっ!?グレイエスケープも脚色悪いぞ!』


ロングスパートでここまできたドラゴンアローも口を割って一杯だった。しかし滝豊のムチが降り下ろされた瞬間…

『ドラゴンアローが前に出たー!これがもうひとつのギアかー!?

グングン差を拡げる!残り100メートル!グレイエスケープも姿は見えない!

ドラゴンアロー今ゴールイン!天皇賞春秋制覇!2着グレイエスケープになんと8馬身差!恐るべしドラゴンアロー!鞍上の滝豊ガッツポーズ!』


俺は絶句した。


なんだこの馬は…怪物じゃないか…


宝田も驚いている。

「今まで死ぬ程競馬を見てきましたけど…こんなごっつい馬初めて見ましたで…」


「残り200メートルで並んだ時…もう限界だったはずよ…でも更にあそこから加速して8馬身引き離すなんて…」

数多く競馬を現場で見てきた瑤子すら圧巻の表情だ。


「ぼっちゃんどうしまっか?龍田ファームに花でも送っときますか?」


「そうですね。ノシでもつけて送ってください」

悪態をついてみたものの、俺はテレビに映る笑顔の龍田を見てもうコイツをバカとは呼べないと思った。俺が目指す馬主の頂にいる同級生を…。


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