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【第七章:水の中の秘密】

 日曜の朝、月ヶ瀬川の岸辺は朝靄に霞んでいた。

 渚は「川の底に隠された」と記されたメモを握り、浅瀬を探す。

「川の底、……瀬野先生、どこの川? どうすればいいの?」

 必死で話し掛けようとするが、「彼女」から答えは返らなかった。

  何の予兆も感じず、嘘のない「空白」に不安が募る。

「この川の流れ、なんか不自然だな」

 大地が真剣な顔で口にして、靴と靴下を脱いだ彼が水辺に入る。流れを変えている大きめの石を動かすと、その下から古いペンダントが現れた。輝きはなくただの古物に見える。

「これ、誰かが故意に置いた気がする」

「どうしてわかるの?」

 渚が尋ねると、大地は「水の中に長いことあったものってもっと違わないか?」と笑うが目が遠くを見ていた。

 大地の言葉にも嘘は捉えられず、違和感が胸に刺さる。

「遅れた。この川、昔の知り合いが『何かヤバい』って言ってたな」

 そこへ海がやって来た。 朝も声は掛けたのだが、起きない兄は放置してきたのだ。

「お兄ちゃん、また何か隠してる」

 嘘を表す光に渚は苛立つ。

 海は「ただの噂だよ。どこにでもあるだろ、そういうのって」と流す。

 靄が濃くなり、辺りに冷たい気配が漂うのがわかった。

 川から上がった大地は、拾い上げたペンダントを渚に託して、足を拭き靴下を履いている。

 その後も川辺を何度も往復してはみたが、 収穫はペンダントのみだった。

「『川の底』って何なのかな」

 渚の胸にはモヤモヤが残る。

「ペンダントって、そんなのただのガラクタだろ?」

 普段の海なら食いつきそうなのに、淡々とした態度にかえって不信感が襲って来た。仲間で家族なのに、と渚は兄との溝を感じて孤立感が募る。

 その夜渚が古書を開くと、また脳裏に浮かぶ文字を見た

 ──私の物語……、信じて……

「やっぱり瀬野先生なの? 疑ってないけど、でもいったいどうすればいいのかわかんないよ」

 窓の外では靄が蠢いている。

 その夜、渚はベッドに寝転んだまま綺麗に拭いたペンダントを握り締めていた。鈍い光り具合は、トップの石が宝石ではなくガラスではないかと思わせる。「価値」があるとしたら値段の問題ではなさそうだ。

「『川の底』ってこのペンダントのことなの? ねえ瀬野先生……」

 そしてそのまま思考は兄とその親友のことに移って行った。

「大地くんの勘って私と同じような感じなのかな。──お兄ちゃんもこのところ変だし。いったい何なの?」

 今夜も空では星が明るすぎる光を放っていた。

「大地くんなら私のこの『力』も信じてくれるかもしれない。でもそうじゃなかったら取り返しつかないし……」

 その時スマートフォンがメッセージ着信を知らせる。確かめると大地からだった。

《渚ちゃん。ちょっと話があるんだけど、明日時間取ってもらえないかな? 無理なら次の日でもいいんだ。》

 大地が直接渚に会いたいなんて珍しい。言うまでもなく彼は兄の友人で、この家に来るのも兄に会うためだからだ。

《明日でいいよ〜。空いてるから。》

 そのまま時間を決めてメッセージのやり取りを終えた。

 スマートフォンをスタンドに戻すと、急に瞼が重くなって来る。


 眠りに落ちた渚の手から零れたペンダントが、星明かりで光っていた。




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