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【第八章:告白が呼ぶもの】

 翌日の夕方。

 学校帰りに駅前の書店に寄って帰って来た渚は、時間を確かめて安心する。「話がある」という大地とは、家に来てもらうことに決めたのだった。

 しばらくすると、メッセージで約束した通りに大地がやって来た。今日も海はいない。サークルだと言う。

 そして──。

「渚ちゃん、ちょっとだけ。……そうだな、手の甲に触ってもいい?」

 リビングルームに通してコーヒーを出した渚に、彼が真剣な眼差しを向けて来る。

「? はい」

 意味不明ながらも、渚は素直に右手を大地に向けて差し出した。

 その手の甲に人差し指の先を当てて、大地が目を伏せる。

「──渚ちゃん、帰りに駅前の本屋さん寄った? 文庫本かな。青っぽい、可愛いイラストの買ったんだね」

「なんで知ってるの?」

「知らないよ。……わかったんだ」

 謎掛けみたいな言葉。

 いったい何だというのか。最近、みんながみんなおかしく見える。

「僕普通じゃない。過去が『視える』んだ。例えば相手の身体に触れたら、その人の少し前の姿が画と音で再生される感じ。物もそうだな」

 少し笑って何でもないように話す大地に、渚は驚きすぎて声も出なかった。

 同時に、資料館での彼の姿に合点が行く。大地はあの資料から過去の残滓を読み取っていたのだろうか。

「昨日のペンダントでつい『置かれた』って言っちゃったし、他にも妙なこといろいろあっただろ? だからもう隠せないと思って。──渚ちゃんは僕が気持ち悪い?」

 静かに訊く大地に、渚は必死で首を左右に振った。

「ありがとう」

「あの、……お兄ちゃんは知ってる、の?」

 迷った末に恐る恐る訊いた渚に、大地はあっさり答えた。

「いや。今まで誰にも言ったことない。家族にもはっきりとは。渚ちゃんが初めてだよ」

 笑顔で穏やかな口調で、──けれど、ふと下向いた拍子に目に入った大地の指先が細かく震えていた。

 平気な振りはしていても、大地も恐怖を纏っているのだろう。それは渚にもよくわかる。

「大地くん、私──」

 思い切って自分の「能力」を打ち明けようとした渚を、大地は慌てて止めた。

「渚ちゃん。プレッシャー掛けられたみたいに感じたならごめん。僕が話したのは僕の勝手なんだ」

 相変わらず、優しく諭す大地に、渚も正直に告げる。

「うん。だから私も大地くんに聞いて欲しいの。……私、嘘がわかるんだ。それだけ、なんだけど」

 言ってしまった。でも、もういい。これで壊れるならそれまでだ。

「渚ちゃんは精神感応テレパシー、じゃないけど、人の気持ちが感じ取れるとかそういう方向かなって予想してた」

 特に驚いた素振りもなく大地がさらっと答えるのに、渚の方こそ心拍数が上がった気がした。いったいなぜわかるのだ?

「な、んで、その……」

「なんとなく、としか表現できないな。よく『勘がいい』って言われるのも、いろいろ視えて知っちゃって知らない時とは言動も変わるからで、勘じゃない」

 渚や海たちのこの力も、説明などはできない。けれど、確かに存在するのだ。

 理屈ではどうにもならないことも、この世にはきっとある。

「……そうだよ。私は『嘘』がわかるの。心が読めるわけじゃないから『嘘だ』ってだけ伝わるんだ」

 初めて「他人」に告げたことで、確かに心がほんの少し軽くなった気がした。

「僕はね、何かに触れて『視る』のが怖いんだよ。できるなら何も知りたくない。……渚ちゃんも、嘘が見抜けてラッキーとは思わないんじゃない?」

 心を言い当てられたようで、渚は大地の目を見た。視線がぶつかって、二人はそのまま見つめ合う。

「うん。誰も信じられなくなっちゃうもん」

「親も僕のことが気味悪かったみたいだ。小さい頃、自分が『他人と違う』なんて知らなくて何でも口にしちゃってたから」

 ああ、そうか。

 そこも「仲間である家族」がいた渚とは違うのだ。大地がこの家を訪ねてくることは多いが、海は彼の家に行ったことすらないという。

「家には呼びたくないみたいだから」

 兄がそう言っていたのが思い出された。今も大地は、親にも理解されずに距離を置かれたままなのだろうか。

「僕たちは仲間だ。きっと、海も、だね」

 海のことは渚からは言わない。それはルール違反だと思う。

 しかし大地は確信しているかのようだ。

 それはそうかも知れない。付き合いの長さや濃さからして、渚より先に海のことに気づくのが当然だろう。

「小説の中のキャラクターでもあるまいし、『能力者』なんてそこかしこにいるわけもない。──この世界にたった一人、自分だけかもしれない、って怖かった」

 一言ずつ区切るように話す大地。

「私のこと、曖昧でも知ってたから大地くんは嘘吐かなかったの?」

 決して嘘を吐かない、透明な彼。

「違うよ。僕はね、いつも『うそつき』って決めつけられてた。本当のことしか、……本当に視えたことしか言ってなかったのに。たぶん相手も認めたくなかったんだと今ならわかるけど。──だから僕は『嘘』は吐きたくなかった。それだけ」

 大地が静かに語るのに、彼の深い傷が見え隠れしている気がした。けれど渚には何も言えない。

「──僕はようやく、この世にたった一人じゃなくなった、気がするよ」

 大地がぽつりと零した声。

 「誰も信じられない」渚には、それでも小さい頃から見守って助けてくれる家族がいる。同じ力を持つ、わかり合える同類として母も兄も、祖父もいる。

 それなのに、……大地は家族にも味方がいないのか。

 彼はずっと一人だった……?

「そうだよ! 大地くんはもう一人じゃない。私、大地くんと仲間ですっごく嬉しい」

 いつもと同じ、大地の優しい笑顔。


 けれどいつもよりずっと輝いて見えるのは、きっと渚の気のせいではない。



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