俺たちはこの前同様、テーブルに座って落ち着いた。
シルヴィは琴美が買ってきたドーナツを難しい顔をしながら食べている。
「全く。地球人は糖質の取り過ぎよ。そもそもなぜこの食べ物は真ん中に穴が空いているの? 非合理よ。それとも何かの暗喩?」
「それはねシルヴィちゃん。工場で鉄の棒に生地を巻き付けて焼いてるからよ」
「こ、琴美ちゃん。ドーナツの穴が開いているのは火が通りやすくするためよ」
「そうなの!?」
ブツブツ文句を言うシルヴィに、琴美が自慢げに知識を披露したが、黒田さんに否定され赤面している。琴美……子供の頃に俺が教えた嘘をいまだに信じていたのか。
ともかく、シルヴィは文句を言いながら3つも食べてしまう。おかげで俺は1個しか食えなかった。
食後にまったりしながら、シルヴィは琴美に話しかけた。
「さて、テレパシーではざっくり説明したけど、私も宇宙船が飛び立てなくて難儀していてね。貴方にはアキラをサポートして迷宮を攻略してほしいのよ」
「は、はい」
道すがら、俺からもこれまでの事情は説明しているので黒田さんはシルヴィの動機について納得している。
「あの、シルヴィさん。映像の消去して頂いてありがとうございました」
「気にしなくていいわよ。私も女だからね。ああいうのは見過ごせないわ」
「……つかぬことを聞きますけど、シルヴィさんの星や人類は地球とはどう違うんですか?」
黒田さんはシルヴィに感謝しながらも、知的好奇心を抑えられないようで彼女の生い立ちを聞き始める。
実は俺自身もシルヴィの出自は碌に知らない。何となく聞くのを憚っていたが、黒田さんの方が思い切りが良い。
「……まあ、最低限なら聞かせてあげるけど、母星は恒星ベガの第4惑星よ。私は冒険家みたいな立場で太陽系を探索していたんだけど、エンジンが不調をきたしてね」
「それを直すために政府の協力が必要だと……でも地球の技術でどうにかなる代物なんですか?」
黒田さんはグイグイ質問する。シルヴィも興が乗ったのか、意外にも正直に話し始める。
「問題なのはヘリウム3が確保できないことよ。貯蔵システムに影響が出て残量が碌にないの。調査したけど月ではヘリウム3が採掘可能だから、月までシャトルを飛ばして確保できれば後は何とかなるわ」
ヘリウム3という事は、エンジンは核融合炉なのだろうか? 地球でも古くから研究されているが実用化の目途はたっていない。
俺が密かに興奮する中、琴美は退屈そうにスマホをいじっている。この子はこういう話には興味が無いからな。
黒田さんもそれを察したのか、別の話題に触れた。
「シルヴィさんの母星ではみんなテレパシーみたいな超能力が使えるんですか?」
その質問を受けたシルヴィは、これまでと違いやや複雑な面持ちで語り始める。
「いえ、私たちの種族は本来サイキックを使える人種ではないわ。私は少し特殊な立場でね。隣接する星系なんかはサイキック文明を築いているけど、私たちは地球人と同じく機械文明種族と言っていいわね」
何というか、シルヴィにも色々と事情がありそうだ。やや重い空気に。黒田さんは慌てて謝り始めた。
「ご、ごめんさいシルヴィさん。私ったら不躾に色々聞いてしまって」
「気にしなくていいわよ。所でリコさんは探索者としてはどんな職業なの?」
「メイジです。まだレベルアップは経験していないので碌な魔法を使えませんが」
メイジか。攻撃魔法を操る火力の要と言っていい。上級者は帰還魔法まで覚えるそうだが、それができるのは上級者のごく一部だけだ。
「しかしレベルアップねえ。そんなコンピューターゲームみたいな世界ってのも珍しいわよね。魔法自体はサイキックも似たようなものと言えるけど」
そうなのだ。適合者は迷宮に入り、魔素と接触することで魔法に覚醒する。俗に未覚醒の探索者をレベル0と表現し、魔法を覚えて初めてレベル1となる。
そして一定数魔物を倒すと新たな魔法を覚え、ファイターは身体強化の強さが向上する。これをレベルアップと表現するのだ。
「貴方も少しは魔物を倒してるんでしょ。あとどのくらいでレベルアップするの?」
「だいだいゴブリンを30匹くらいでしょうか? 栗田の友達のパーティーで少しだけしか活動してないので」
「私の場合、そのくらいでレベルアップしたけど、適合率の低い人は最低でも150匹は倒さないといけないから道は長いね」
ここで適合率の問題が出てくるのだ。上位者と下位者でざっくり10倍以上の開きがある。レベル1からレベル2までも大変だが、それから先はさらに開きが大きくなる。
勿論、ひたすら魔物狩りを続けてレベルを上げる猛者もいるが、ごくわずかだ。
何となく場が暗くなってしまったが、他ならぬ黒田さんが発現する。
「あの、大友君のサイキックはどうやって成長するんですか?」
「いい質問ね。結論から言えば、ひたすら鍛錬あるのみよ。筋力と同じで毎日サイキックを使用したり、瞑想することで徐々に力が大きくなってくるわ」
「ふーん。なんか地味だね」
「ゲームじゃないんだから当然でしょ。といっても一つだけ劇的に能力が強くなるケースがあるわ。……死にかけるほどの戦闘を経験すること。死の淵に立たされることで、人は生存本能からフォースを解放すると言われているわ」
「な、なんかマンガみたいですね」
何気なく呟いた黒田さんの言葉に、俺は何故だが納得してしまった。
魔法がゲーム理論なら、サイキックはマンガ理論か。
シルヴィはやや不本意そうな顔をしたが、結論を導いた。
「とにかく、貴方たちは迷宮の探索を続けなさい。二人は魔物を倒してレベルアップし、アキラはサイキックを日々鍛えていく。お金を貯めて装備を買い、探索者としての実力を鍛えなさい。そうすれば迷宮の完全攻略に近づけるわ」
「勿論よ! 任せてシルヴィちゃん!」
「……長い道のりになりますね」
琴美はやや楽観的だが、黒田さんは冷静に事の難しさを把握していた。
しかし、レベルを上げて装備を整えるか。まるでゲームそのものだな。
果たして、迷宮の底には何があるのだろうか。
単にラスボスがいるだけなのか、それとももっと別な何かの存在が……?
疑問は尽きなかったが、今はただ、シルヴィの言う通りにするしかなかった。