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第17話 レベリング

「おや? 今日は妹さんだけじゃなく、彼女連れかい?」

「か、彼女だなんて――」

「同じ学校の友達ですよ。パーティーを組んだんです」

「ふーん。……青春してるね。オジサン羨ましいよ」

「……」


 例によって奥多摩ダンジョン入口の自衛官は暇そうで、余計な茶々を入れてくる。

 面倒なので相手にはせずさっさと階段を下りる。

 シルヴィとの団らんは名残惜しかったが、時間も遅かったのであの後すぐに分かれた。


 今日は1時間も潜れないだろうが、黒田さんの実力を把握しておく必要がある。


「ねえ、先輩、メイジの人はどのくらい魔法を使えるんですか?」

「回数の話? 自分と同じレベルの魔法は10回使えるのが基本で、自分より下のレベルの魔法は倍使えるようになるの」

「それってつまり……」

「レベル2ならレベル1の魔法は20回使えるってことだ。レベル3なら40回だな」


 計算が苦手な琴美の為に説明してやる。

 ギャルルックの黒田さんの方が計算が苦手に見えるが、実際には逆だ。

 琴美は昔から算数には疎い。国語や歴史なんかは得意なんだが。


「とりあえず今日は黒田さんの強さを確認しておこう。俺もメイジの魔法をきちんと見たことはないし」

「じゃあ、まずは防御を固めるわ。――魔法鎧マジックアーマー!」


 黒田さんが呪文を唱えると、一瞬だけ彼女の体が光り輝いた。


 メイジやヒーラーの使う防御魔法だ。不可視の鎧とか、マジックスキンとも呼ばれるが、魔法で作られた防御膜を身に纏う術だ。

 これがあるからメイジやヒーラーは防具に依存しなくても以外と防御力が高い。


「これで1回使ったから後は残り9回。魔法は睡眠をとるとかして休息をとらないと回復しないの。上級者は回復力が増えるらしいけどね」

「9回かあ。ってことは今日は単純に後9匹しか魔物を倒せないんだ」

「二人とも、敵が来たようだ。お喋りは後だ」


 入口で駄弁っていると、魔物の気配を捕らえた。

 いつも通りのソルジャーゴブリンがのっそりと姿を見せる。

 一匹だけなので、俺は黒田さんにチラリと視線を送ると、彼女も意図を察してくれた。


 黒田さんが前に出て、手の平をゴブリンに向けかざす。そして叫ぶように呪文を唱える。


火球魔法ファイアボルト!」


 彼女の手の平から真っ赤な光弾が放たれ、ゴブリンに直撃する。

 ズガン! っと爆音を響かせ、ゴブリンは一撃で吹っ飛んだ。

 四肢が吹っ飛び、間違いなく絶命している。


「ほえー。やっぱり魔法の威力って凄いね!」


 琴美が素直な感想を漏らす。

 確かにレベル1とは言え、その威力は強力だ。

 だが、回数制限のある魔法は継続力に難があり、使い所を考える必要がある。


 魔法の種類によっては素早い敵にも当てづらく、高度な運用が求められる。

 ひたすら回復に専念すればいいヒーラーと違ってメイジは使い手の技量や戦術思考がもろに出るのだ。


「先輩は確か、あと200匹倒さないとレベルが上がらないんですよね」

「そうね。だから単純計算でも20日はかかるのよ。2から3までは1000匹は必要かもしれないから道は長いわ」

「とにかく地道に敵を倒していこう」


 その後も入り口付近を探索し、ゴブリンを倒し続けた。すぐに魔法の使用回数が尽きてしまうので、今日は引き揚げることにした。


 ダンジョンを出ると、既に日が落ち始めている。俺たちはともかく、黒田さんの帰りが遅くなるのはマズい。俺はバイクを飛ばし、急いで彼女の住まいである立川へと向かう。


「ごめんね、大友君、やっぱり私足手まといだよね」

「何を言うんだ。メイジの魔法は強力で、サイキックとは別の強みがある。最初は大変だけど、すぐに強くなれるさ」

「うん……。ありがとう」


 やはり黒田さんは成長率の遅さを気にしていた。俺が黒田さんに言った言葉はお世辞ではないが、何とか効率的にレベルを上げられないだろうか?


 考えながら道を走っていると、道路が渋滞していた。見れば事故が起きたようで、車が派手に炎上している。


「まいったな、裏道を通るか」

「ガソリンに引火したのね。被害が1台で良かったわ」

「ガソリンか……」


 家路に急ぎながら、俺の脳細胞は勢いよく回転を始めていた。

 ……見える。……見えるぞ、勝利の方程式が!


 閃いた解決策に、俺は密かに興奮していた。

 なぜだか、シルヴィのため息が聞こえた気がした。



「オラオラオラァ! ゴブリンどもは皆殺しだぁ!」

「ぐぎゃあああああ!!」


 翌日も学校を早退し、三人で奥多摩ダンジョンに来ていた。

 俺は、迷宮中を爆走し、ゴブリン共を可能な限り引き付ける。


 既に大量のゴブリンが俺を追い回し、さながらファンに追われるアイドルのようだ。


(ええぇ……)

(何してんのコイツ……)

(狂ってやがる……)

(魔物虐待ダメ絶対!)


 突然、頭の中に、ゆっくりとした機械音声が流れる。


(アキラ、あんたねえ。意図は分かるけど、目立ちすぎよ。頭のおかしい探索者がいるって視聴者が増え始めてるわよ)

(失敬な。この作戦のどこがおかしいのか――)

(ゴブリンの首を掲げて走り回ってれば狂人扱いもされるわよ!)


 そう。俺は奴らの注意を効率よく引くため、ゴブリンの剣に連中の首を団子上に突き刺して走り回っていた。魔物にも同胞意識があるのか、奴ら怒り心頭だ。


 さほど広くない迷宮の通路だが、俺はスキップを駆使して巧みにかわし、逃げ続ける。そろそろ例の場所に追い込むか……。


 俺は開けた大部屋まで走り、ゴブリン共を誘導する。ドアに入り、途中で俺はスキップを発動した。


 追ってきたゴブリン共は、部屋に入ってすぐの地点で先頭集団が転び、それに後続が巻き込まれ、将棋倒しになる。


「黒田さん! 今だ!」

「ファイアボルト!」


 部屋の隅に待機していた黒田さんがゴブリンたちに向かって火球を放つ。

 着弾した瞬間、爆発が起き、ゴブリンたちは爆風と燃え上がる火に飲まれた。俺は慌ててスキップで難を逃れる。


(ガソリンか!?)

(あーそれであえてトレインしたのか)

(割と中級者だとよく使う戦法だけど、新人クラスでやる奴初めて見た)

(中級者でもあんなに引き付けるのは簡単じゃないぞ)


 実況音声が語るように、俺はガソリンを使って一気にゴブリンを仕留めることを思いついたのだ。


 レベルアップシステムには謎が多い。味方が魔物を痛めつけ、止めだけを他に人が刺しても、その人物の経験と見做されることはないのだ。そのため、基本的には自分で倒す必要がある。なお皆で倒してもきちんと全員の経験にはなるし、ヒーラーの回復魔法も貢献したと見做されるのか経験値を得られるのだ。


「やったね先輩! 作戦成功!」

「う、うん。思った以上に爆発が大きくて危なかったけど」


 部屋の隅に待機していた二人が成功を喜ぶが、確かに危険だった。

 携行缶に入っているガソリンを目一杯巻いたが加減が難しい。


「しかし、何体いたんだろうな? 100匹は固いと思うけど」

「……多分もう少しいると思う。その証拠にほら」


 そう言って黒田さんは壁に向かって呪文を唱えた。


氷槍アイススピア魔法!」


 手の平から水晶のような物体が放たれ、壁に突き刺さる。


「あれはレベル2の魔法か」

「スゴイ! もうレベルアップ出来ちゃった!」

「予想以上に引きつけられていたのか……」


 一発でレベルアップできたとは僥倖だ。

 レベル2になれば魔法は全部で30回は使える計算だ。

 これなら、もう少し奥の階層に進んでもいいかもしれない。


「それにしてもスゴイ匂いだね……」

「……私なんだか気持ち悪くなってきた」

「今日はもうこんなもんでいいだろう。引き揚げよう」


 二人は気分が悪そうだが無理もない。焼けたゴブリンの肉の匂いが大部屋に充満し、悪臭が漂う。


 剣を拾い集めようかとも思ったが、量が多すぎるし、火が衰えるのも待つのも億劫だ。


 黒田さんのレベルアップを収穫に、今日は迷宮から引き上げることにした。

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