奥多摩から黒田さんを家に送り届け、俺は自宅に戻った。
電車で家路についていた琴美も戻り、晩飯を食った後はソファで寝ころびTVをダラダラと見ている。そんな俺に琴美が神妙な顔をしながら話しかけてきた。
「お兄ちゃん、明日も午後は奥多摩に行くの?」
「そうだけど、なにか問題でも?」
「うん。やっぱり移動に時間が掛りすぎて効率が悪い気がして……」
琴美の言う事はもっともだ。元々は俺一人の時に人目を気にしてあんな場所まで行っていたからな。二人ならまだしも、黒田さんが一緒の今だと、わざわざ奥多摩まで行く必要性は薄いのかもしれない。
俺もいつの間にか数名とは言えフォロワーがつき、ライブ配信を見ている奴までいる。それに毎日遅くなると黒田さんの親も心配するだろう。
「うん、そうだな。奥多摩の他に良いダンジョンが無いか探して――」
『ブゥー!! ブゥー!! ブゥー!!』
言い切らぬうちに、不快な警戒音がスマホから鳴り響き、リラックスしていた体が一気に凍り付く。
これは……スタンピード警報だ!
慌ててテーブルの上のスマホに手を伸ばし、表示された画面を見た。
「……大月? 山梨ってことは――」
(……マズいことになったわ。よりによって奥多摩の目と鼻の先よ)
「!!」
シルヴィのテレパシーに、俺の心臓がドクンと跳ねた。
……もし魔物が奥多摩周辺で暴れ回れば、シルヴィが危険だ。
目の前の琴美は倒れるのではないかと思うほど、顔面が真っ青だ。
小刻みに手が震え、スマホを必死に握りしめている。
……父さんが死んだときの事を思い出しているのだろう。
あの時、俺はなんら力のない子供で何もできなかった。
だが今は違う。俺にはサイキックがある。
「琴美。お前は母さんを連れて避難しろ。俺はシルヴィの元へ行ってスタンピードを食い止める」
「何言っているの! 私も行くわ!」
「……お前の実力じゃ足手まといだ。それに、もしスタンピードの向きが東に集中すればここも危険だ。今は避難してくれ」
突き放すような俺の一言に、琴美は顔を歪めて立ち尽くす。
きちんとフォローしたいところだが、一刻を争う事態だ。
「すまない琴美! 母さんを頼むぞ!」
「待ってよお兄ちゃん!」
琴美は俺を止めようとしたが、足がもつれたのかその場に倒れ込んだ。
一瞬躊躇したが、俺はガレージに向け走った。
「心配するな! 自衛隊を援護するだけだ! 持ちこたえられそうならすぐ戻る!」
「嘘! そんなこと言ってきっと無茶するに決まってる!」
バイクに跨り、追ってきた琴美に声を掛ける。
そのままバイクを走らせると、背後から琴美の絶叫じみた声が届く。
(アキラ。助けに来てくれるのはありがたいけど、もっときちんと琴美ちゃんと向き合わなくていいの?)
(琴美に言ったのは気休めなんかじゃない。あの辺は自衛隊の駐屯地も多いし、案外小規模のスタンピードで終わるかもしれないだろ)
奥多摩に向けて走り出した俺に、シルヴィが苦言を呈してきた。
派手に活動しては人目につく。万が一自衛隊に見つかったらことだ。
琴美の心配するような事態にはならない。
自分に言い聞かせるように、夜の青梅街道を爆走する。
あの山の向こうに、魔物の大群がひしめいているのだ。
(モンスター共め……。ガキの頃の俺とは違うんだ。目にもの見せてやる)
俺は決意を新たに、闇の中を進んだ。
●
都市部を抜けると、避難してくる対向車もまばらになり、闇は一層深くなる。
ハンドルにセットしたスマホの緊急速報に目を向けると、どうやらスタンピードは南北に広がりつつある。
東に直進していれば、俺の住む八王子だった。家には被害が出無さそうで安堵したが、北は奥多摩だ。
嫌な汗が背中を流れ落ちる。
ひたすら飛ばしていると、やがて奥多摩湖に到着した。
遠くからは、乾いた銃声が響き始めていた。
(アキラ! 魔物の大群は既に都内に侵入しているわ! 今自衛隊が橋で食い止めているから援護して上げて!)
(わかった!)
(私は迂闊に外には出れないけど、この近くならセンサーで人や魔物の位置を把握できるから援護するわ)
(それだけで十分だ! 道を案内してくれ!)
彼女の誘導に従い、俺は最前線を目指す。奥多摩湖には、橋がいくつも存在し、自衛隊はそこで敵を食い止めているようだ。
(アキラ。その先はバイクを降りなさい。自衛隊に見つかるわ)
いよいよ銃声が激しくなると、俺はバイクを止め、走って現場に向かう。
うまい具合に廃業した旅館があり、そこの屋根へスキップで移動し、身を隠す。
俺は自身の知覚能力をサイキックで強化した。フォーカスと言って視力や感覚器官を増幅させる技術だ。
屋根から見ると、橋を埋め尽くす、おびただしい数の魔物が自衛隊の激しい銃撃を浴びながら突進している。
ゴブリン、オーク、ダイアウルフ。比較的下級の魔物が大半だが、中にはトロールのような強敵も混じっており、確実に歩みを進めている。
一方、自衛隊は配備が間に合っていないのか、せいぜい100人程度しかいない。
装甲車が数台展開しているだけで、機関銃やロケットランチャーで対抗している。
それでも、下級の魔物相手には有効で文字通りの蜂の巣にし、橋上は魔物の死骸で埋まりつつある。
その砲火の中、トロールだけが着実に歩みを進めていた。
……俺の標的はアイツらだ。
屋根の上で伏せ、スナイパーのように指を構える。
雑魚は無視してトロールに狙いを定め、サイコガンを放つ。
放たれた不可視の弾丸は、トロールの脳髄にヒットし、奴は地に倒れ伏した。
距離があるので心配したが、何とか倒せた。
喜んでいる暇などなく、押し寄せるトロールを次々と狙撃する。
時折、狙いの外れたロケットランチャーの弾を、サイコキネシスで操作して敵陣へと誘導する。
不自然な軌道になってしまうが、自衛隊も今は気にしている暇はないだろう。
俺はそうして、ひたすら自衛隊を援護し、トロールを撃ち続ける。
だがいくら倒しても敵はキリがなく、恐れていた事態が起きる。
(中隊長! もう残弾が残りわずかです!)
(……止むを得ない。前線を下げるぞ! 増援はまだか!?)
(機動戦闘車とヘリが向かっているそうですが、もう少し時間が必要です)
突然、自衛隊の会話が頭の中にこだました。
どうやら弾切れになったようだ。
(アキラ、聞こえたと思うけど、彼らはすぐに後退するわ。通信傍受したけど増援はまだ10分掛るそうよ。でもこれはチャンスでもあるわ。人目が無ければサイキックを思う存分使えるからね)
シルヴィの言う通り、自衛隊は最後の弾を使い切ると、大急ぎで乗車し、その場を引き上げていった。
いまだ波のように押し寄せる魔物どもの列は途切れることが無い。
人目のないことを確認すると、俺は先程まで自衛隊がいた地点へと転移した。
すぐ目の前に迫る魔物の大群を前に、不思議と気分は高揚していた。