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第23話 覚醒

 気づけば、目の前には闇があった。


 まるで宇宙のような、真っ暗な空間だ。

 宙に漂っているような、深海の底に沈んでいくような、不思議な感覚が俺を包んでいた。


「アキラ……アキラ……」


 暗闇の中、聞き覚えのある声が響く。


「父さん……?」


 無意識にそう答え、突然目の前が光に包まれる。


「どうだ、アキラ。これがベガだ。こと座の中で一番明るい星だ。昔の映画でな、ベガから宇宙人が電波で連絡してくるのがあるんだが、お父さんはそれを見て宇宙に興味を持ったんだ」


 光の中から現れた父は、誇らしげにノートパソコンの画面を見せてくれた。そこには星々の観測データと、何かの計算式が並んでいた。


 それはあの日の光景だった。5年前、地下鉄でのスタンピード。中学入学を目前にした春休みを利用して、遊園地に行った帰り道だった。


「この広い宇宙に、地球人しかいないんじゃ、折角の広大な宇宙空間が勿体ないだろう。スペースの無駄だよ」


 いつものように父は熱っぽく語り始めていた。職を失い、一時はひどく落ち込んでいたが、ようやく知り合いのつてで、宇宙関係の仕事が見つかりそうで元気を取り戻していた。


「……今世の中は迷宮の事で手一杯だが、いつか人類が宇宙に目を向ける時が必ずくる。迷宮の地下に何があるのかは探索者に任せるさ。お父さんは宇宙そらの方が専門だ」


 父の言葉を聞きながら、俺たちはホームの椅子に座っていた。琴美は疲れて眠りこけ、俺の隣で船を漕いでいる。


 その時だった。

 突然の地鳴りと、人々の悲鳴。


「なんだ!?」


 振り返った先に見えたのは、魔物の群れ。数百のゴブリンに混じって、鎧を纏ったオークたちが、人々を蹴散らしながら駅のホームに溢れ出していた。スタンピードだ。


「アキラ、こっちだ! 母さん、琴美を頼むぞ!」


 父は俺の手を引いて逃げ始めた。しかし、人混みの中で俺たちは離ればなれになってしまう。


「父さん!」


 混乱の中、必死に父を探していた時だった。ホームの反対側、階段を上がろうとしていた父の姿を見つけた。見知らぬ小さな女の子を抱きかかえていた。


「逃げろ!」


父は俺に向かって叫んでいた。その瞬間、巨大なオーガが父の立つ階段に現れる。


「父さん!」


 俺は足がすくんで動けなかった。何も出来なかった。

 父は女の子をホームにいた他の大人に投げるように託し、オーガに向き直る。


「アキラ! 母さんと琴美を頼むぞ!」


 それが父の最後の言葉となった。

 その瞬間、オーガの丸太のような腕が、父に向けて振り下ろされ……。



「ぼおざん(父さん)!!」


 自分の叫び声で目が覚めた。

 ついで感じたのは、おでこに受けた衝撃。


「びべ!(いて!)」


 朦朧とした意識の中、その痛みで俺は完全に覚醒した。

 ……驚いたことに、俺は水の中にいるようだ。


 よく見れば、青緑色の毒々しい液体で、なぜか呼吸もできる。

 訳が分からず混乱していると、聞き覚えのある女性の声が届いた。


「気が付いたようね、アキラ。いま回復液を抜くから大人しくしてて」


 シルヴィだった。俺が周囲を見渡すと、自分がカプセルの中にいると分かった。

 SF作品に出てくるような培養カプセルだ。映画ではエイリアンや化物が入れられているのが定番だが、自分が入ることになるとは……。


 傍らのコンソールをシルヴィが操作すると、ブシュっとした音と共に、液体が抜け始める。それにしても、呼吸器など付けなくても息ができるとは、どんな技術なのだろうか? やはり彼らの科学は今の人類では足元にも及ばない。


 液体が完全に抜け切ると、上下から温風が吹き、乾燥までしてくれた。やがてカプセルのガラス部分が下にスクロールし、俺は無意識に深呼吸をすると、新鮮な空気を目一杯肺に取り込む。


「アキラ。とにかく無事でよかったわ。傷は完全に治っているから安心して」

「シルヴィ……あの後、一体何があった? ……人斬りはどうしたんだ?」

「……まあ、話せば長くなるけど、私が彼女と話を付けたわ。アキラは人類にあだ名す存在ではないってね」

「話をつけたって! まさか彼女の前に?」

「そうよ。彼女、どういう訳かテレパシーが通じなかったわ。錯乱状態の人間には稀にあることだけど、あの人、既にまともな精神状態はいえないのかもね」 


 聞けば、シルヴィは俺を助けるために、現場に急行したらしい。人斬りは、俺を楽にしようとしていたらしいが、寸での所で間に合ったようだ。


「ともかく、彼女は私にもアンタにも大して興味が無いようだったわ。魔物ではないと判断したら、すぐに立ち去ったわ」


 人斬りは魔物討伐に異常なまでに執着している。……そして迷宮や魔物を利用する一部の人類に対しても。彼女の二つ名の由縁だ。


「それで、俺が意識を失ってからどのくらい経ったんだ? まさかもう何日も?」

「その程度の傷なら時間は大してかからないわ。まあ半日ぐらいかしらね」


 良かった。何日も家を空けていたら、母さんに言い訳ができなくなるところだった。


「……それにしても、死の淵から蘇ったことで、アナタの力はさらに増大しているわ。気づいている?」

「何だって?」


 突然シルヴィがそんなことを言い出し、俺は目をゆっくりと閉じ、自らの内に眠るフォースを感じ取る。確かに以前よりエネルギーが増したように思える。


「アンタの能力は念動系に偏っていたけど、今なら転移系の新しい力を発現できるんじゃない? 瞬間移動テレポートとかね」

「瞬間移動って、今までもスキップは使っていただろう」

「スキップは短い距離しか飛べないけど。テレポートは遥か遠くまで移動できるわ。勿論、限界もあるし、自分が認知した場所にしか行けないけどね」


 なるほどな。詳しく聞いてみると、スキップは転移系では初歩技術のようだ。上級者ならば相当遠くまで瞬間移動できるし、他の人も一緒に連れて言っていける。


 今の俺の力でどの程度遠くまで行けるのかは分からないが、とにかく試してみる。


 漫画の主人公のように、額に指を当て、意識を集中する。

 そして自宅を思い起こし、そこに出現するイメージを頭の中に思い浮かべる。


「ちょっとアキラ、試す前に――」


 シルヴィが慌てふためく声を聞きながら、俺は浮遊感に似た何かを感じながら、一瞬で数十キロの距離を移動していた。

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