俺たちは洞窟の奥へと侵入を続けながら魔物を倒していった。
時にオークの群れと相対し、時にはリザードマンとも交戦した。
リザードマンの硬質な鱗は、琴美のゴブリンソードでは歯が立たず、刃が触れるたび、悲鳴のような金属音を上がった。
「アーマーブレイク! 琴美ちゃんこれなら通用するはずよ!」
黒田さんの声が洞窟に響き渡る。彼女の指先から青白い光が放たれ、リザードマンの鱗に纏わりつく。
「先輩ありがとう!」
黒田さんは攻撃魔法だけでなく、支援魔法も的確に使いこなした。デバフを受けたリザードマンの鱗は、艶を失い脆くなっていく。
「せい!」
琴美の気合と共に剣が閃き、一撃でリザードマンの首が跳ね飛んだ。真っ赤な血が岩肌を濡らす中、琴美の息遣いだけが聞こえた。
「何とかなったな」
「うん。でもやっぱりこんななまくらじゃ、これ以上はきついかもね」
琴美は血に濡れた剣を見つめながら呟いた。刃には小さな欠けが目立ち始めた。
魔鋼製の日本刀とまではいかなくても、上質な武器の調達が急務だと感じた。
オークの斧は、重すぎて琴美には合わなかった。スタンピードの時に出たリザードマンは曲刀を持っていたが、残念なことにコイツは無手だ。
中層では魔物狩りに専念するため戦利品は無視してきたが、金策を少し考えないとな。
「大友君、そろそろ引き上げない? 私の魔法も残り半分くらいだし、もう撤退を考えてもいいと思うの」
「もう少し敵を倒しておきたいけどな。せめて次の広場を見てから引き返そう」
「あれ? この先は地図に表示が無いよ?」
「そうか、いつの間にか未探索のエリアまで来ていたのか」
そう話しながら、俺は未踏破地域の探索には僅かながら金が出ることを思い出した。お供のドローンがマッピング情報を記録してくれるのでそれも報酬に加算されるのだ。
「だったらすぐに引き返した方がいいわ。何があるのか分からないから危険だわ」
慎重な黒田さんはそう主張したが、俺は少しでも金が欲しいので、もう少し探索を続けてみないかと彼女を説得した。
(もうちょっとだけ先に行かない? 万が一の時にはテレポートで逃げれるからさ)
(うーん。まあそれなら……)
(アキラ。言っておくけど、迷宮から直接地上に出たりするんじゃないわよ。映像加工にも限界があるの。あまりに不自然すぎるからね)
シルヴィを介してテレパシーで相談したが、彼女から指摘を受ける。
(わかってるよ、シルヴィ。あくまで追い詰められた時だけで、それもダンジョンの中で短距離ならどうにかなるだろ?)
(そうね。その程度にしておきなさい)
皆を説得し、俺は次の広場へと踏み込んだ。
中には敵もおらず、不気味なほど静寂が支配している。
これまでは魔物が複数体待ち受けていたりしたものだが。
とにかく、俺たちは広場へと足を踏み入れる。なるべくなら未踏破部分を進んで金を稼いでおきたい。
しかし、俺の目論見はあっという間に崩れ去る。
広場の中心辺りに進むと、目の前の洞穴から複数体のリザードマンが出現したのだ。
「マズいな。あいつらは俺が引き受けるから、二人は一旦――」
「やばいよお兄ちゃん! 後ろからもオークが!」
「他の所からも来ているわ! 包囲されている!」
「何だって!」
見回すと、全方向から魔物が押し寄せていた。冷や汗が背中を伝う。
「背後を取られるのはマズい! 一旦敵のいないところに逃げてくれ!」
二人を逃がしつつ、俺はサイコガンで迎撃した。
敵はオークとリザードマンがざっと二十体ほどいたが、そいつらを撃ちながら二人の後を追う。
敵のいない洞穴の中を走り、先に広場に出た二人と合流した。
「……どうやら追ってはこない様だな」
「やっぱりもう帰るべきだわ。少し奥に来すぎたのよ」
「あれ? この広場は行き止まりだよ。奥に何かあるみたいだけど」
慎重に後ろを伺っていると、琴美が何かに気づいた。
振り返ると確かにこれまでとは様子の違う場所だ。
フォーカスで視力を高めて奥を伺うと、石でできた台座のような場所に、水晶玉のようなモノが乗っかっている。……という事はもしや!?
「二人とも! 今すぐ――」
言い終わらぬうちに、出口の穴が突如せり出した石の壁によってふさがれた。
おまけにコアの台座も連動するかのように周囲を石壁に囲まれてしまう。
クソ! 遅かったか!
「お、大友君。これってまさか!」
「ああ、間違いない! ここが迷宮の最奥部、つまりはボス部屋だ!」
「えええええ!!」
ダンジョンの奥底には、迷宮の核となるコアが存在するという。それを破壊すれば、迷宮は魔物の生産をやめ、いつの間にか消えてしまう。
だが、まるでコンピューターゲームのお約束のように、コアを守るボスがいるのだ。おまけにボス部屋から出ることもできなくなる。
(アキラ、事前に言っておくけど、テレポートで逃げたりしないでよ。閉じ込められているのに瞬間移動なんかしたら、誤魔化しきれないわよ)
シルヴィの言う通りだ。こうなったボスを倒すしかないな。目立つのは不本意だがやむを得ない。
「それにしてもボスはどこにいるの?」
「……上だわ! 気を付けて!」
その言葉に反射的に目を向ける。
確かに、天井には緑色の何かがへばりついている。
まさか、あれは……。
「ジャイアントスライムよ!」
黒田さんが叫んだその瞬間、緑色の物体は地面に落ちてきた。
テレビゲームではおなじみの存在だが、サイズは王様級だ。
ぶよんぶよんと体を動かしながら、こちらの方へにじり寄ってくる。
「この!」
琴美が素早い動きで一気に距離を詰め、一太刀浴びせて後退するが、効果はほとんどなさそうだ。
「琴美ちゃん! 迂闊に手を出さないで! 酸で溶かされちゃうわよ!」
「そ、それじゃあどうすれば!」
「俺に任せろ!」
俺は前に出て、サイコガンを撃つ。スライムはコアを攻撃すれば死ぬはずだ。
だが、不可視の弾丸は、スライムに着弾すると、少しばかり進んだだけで止まってしまう。
(マズいわね。あの軟体ボディには衝撃系の攻撃は通用しないわ。アキラ、ハッキリ言うけどアンタの念動系とは相性最悪よ)
(なんてこった……)
これがミノタウロスや地竜なら、俺一人でも戦えたが、よりによってスライムとは……。やはり俺にはどこかおごりがあったのだろうか?
悩んでいても仕方ないので、俺は通用しそうなサイキックウェーブを放ってみる。
念動波がスライムを襲うが、全身がプルプル震えるだけで効果が無かった。
「私に任せて! フレイムバースト!」
黒田さんが果敢に火炎魔法を放つ。炎の波がスライムを包み、奴は苦しそうに震える。
「やったの!?」
琴美がそう叫ぶが、スライムは健在だ。だがダメージはあったようで、少しだけ奴の体が小さくなった気がする。
勝機が見えたその瞬間、奴は体の一部を飛ばして反撃してきた。
「危ない!」
「きゃ!」
「あっつい!」
黒田さんを庇いながら、俺は横に飛んだ。
俺たちはかわせたが、琴美は腕に少し酸を浴びてしまったようだ。
「琴美無事か!?」
「大丈夫だけど当たったところがすごく熱いの!」
「大変! 酸で火傷しているんだわ!」
慌てて琴美に駆け寄るが、スライムはまた攻撃の姿勢を見せる。
(この馬鹿! 飛来物ならサイコキネシスで防げるでしょ! 少しは頭を使いなさい!)
(そ、そうか!)
再び放ってきた酸の塊を、俺はサイコキネシスを駆使して防ぐ。
俺たちの目前でそれらは静止し、力を無くして地面に落ちていく。
「黒田さん! この隙に魔法を連発してくれ!」
「分かったわ! フレイムバースト!」
火炎がスライムを襲った。やはり効果は抜群のようで、かなり苦しそうだが、この程度で倒せるとは到底思わない。
黒田さんは連続で火炎を放つが、4発目を撃った段階で悲鳴を上げる。
「大友君! もう残り1回しか使えないわ!」
「マズいな……。火炎魔法は温存して、火球でできるだけ削れないか?」
「火炎は止めに使うのね。じゃあファイアボルト!」
火球がスライムのボディに着弾すると、スライムはやや動きが鈍くなった。
ダメージはありそうだが、先ほどより効果は薄いようだ。
サイコキネシスで防御しながら黒田さんがひたすら火球を撃つが、彼女の魔法が切れるのが先か、スライムが死ぬのが先か、見当がつかない。
せめてガソリンが手元にあれば、威力を高められるんだが……。
俺は家のガレージに保管しているガソリンの携行缶を思い浮かべた。
その時だった。
俺は何故かガソリンが手に入る気が不思議な直感を覚えた。
これはひょっとすると……。
俺は精神を集中し、携行缶が飛んでここに来るイメージを頭に思い浮かべる。
その瞬間、俺の手元にガソリンが出現したのだ!
(この土壇場で
(そ、そうか、物だけ瞬間移動させたのか!)
俺は新たなサイキックを会得していた。
とにかく、手に入れた携行缶をスライムに向けて投げつける。
「黒田さん! あれに向かって撃ってくれ!」
「了解!」
俺の動きに合わせて黒田さんが火球を放つ。
スライムの体に埋もれたガソリン缶に、火球が直撃した瞬間、激しい炎がスライムを襲う。表面からだけでなく、炎は内部にまで伝わり、激しく体を震わせる。
「とどめよ! フレイムバースト!」
黒田さんが温存していた火炎魔法を放つと、火は一層激しく燃え上がり、スライムの巨体は急速に萎んでいった。
やがて炎が収まると、スライムの体は跡形もなく消え去っていた。
蒸発してしまったのだろうか?
呆然とする俺たちの背後で、ゴゴゴっと音が鳴り、出口が開いていた。
ぎりぎりだったが何とか勝つことが出来た。
二人が立ち尽くす中、俺はハイポイントを抜くと、露わになったコアへ発砲した。
禍々しい水晶のようなそれは、銃弾を受けて呆気なく砕け散った。