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第29話 報酬

 うっかりボス部屋に入り込んでしまった偶然が、なし崩し的に迷宮攻略という予想外の成果を生み出した。


 それからが本当に大変だった。ドローンが捉えた映像から攻略の一部始終を把握した政府機関は、すでに動いていた。洞窟の入口で警備にあたっていた自衛官が、迷宮から出てきた瞬間、敬礼とともに出迎えてくれた。


「君たちお手柄だよ。ここの警備には飽き飽きしていた所だったから助かるよ」

「ははは……。それは良かったです」


 自衛官はフレンドリーだったが、常駐している迷宮庁の職員による聞き取りは別物だった。


 眼鏡をかけた男性職員は、まるで取り調べるかのような鋭い質問を浴びせてきた。

 レベルの低い俺たちが迷宮を攻略したことに、疑念と興味が入り混じっていたのだろう。


「……つまり、ボス部屋に入り込んでしまったのは全くの偶然で、たまたまボスが火に弱いスライムだったので助かったと」

「そ、そうですね。スライムは弱点と耐性が極端ですから。覚えたての火炎魔法を温存しておいて助かりました」


 受け答えは黒田さんを中心に行われた。映像から、彼女がボス撃破の功労者だと見做したのだろうか。俺は目立ちたくなかったから黒田さんには悪いが丁度良かった。


「貴方たちはいつも3人で探索しているようですね。パーティー登録はしていないのですか?」


 職員は細い指でタブレットを操作しながら、冷たい声で尋ねた。


「えーとですね。手続き方法が良く分からなくてですね」

「ではこれを機会に行っていた方が良いでしょう。こちらの端末に構成員の氏名住所を入力してください」


 そう言って職員はタブレットを差し出してきた。これまでこういった部分は興味が無くて放置してしまっていたが、少し考えが足りなかったな。登録さえしていない素人が迷宮攻略したせいで余計に不審がられている。


 断る理由もないので、まずは黒田さんが、そして俺が琴美の分も含めて入力する。


「はい結構。でパーティ名はどうされますか?」

「えーと、じゃあスター・シーカーでお願いします」

「星を探すものですか……なかなか洒落てますね」


 黒田さんは一瞬だけ俺の顔を見ると、淀みなくパーティ名を即答した。

 もしかして以前から考えていたのだろうか?

 俺の目的……宇宙探索を意識しての名前かな。


 そうして、聞き取りは無事終わり、俺たちは鍾乳洞を出た。洞窟の外は既に夕暮れで、茜色の空が俺たちを迎えた。


「先輩……色々任せっきりにしてすいませんでした」

「気にしないで琴美ちゃん。それより勝手にパーティ名を決めちゃってごめんね」

「いや、いい名前だと思うよ。俺が考えたらチーム大友とかになってそうだし」


 黒田さんはパーティ名を独断で決めたことを謝ったが、普通にいい名前だと思う。

 それから、人目につかない場所でテレポートして自分の部屋に戻る


 すぐ解散すると、辻褄が合わなくなるのでしばらく部屋で時を過ごした。窓から差し込む夕日の光が部屋を赤く染める中、今日の出来事を振り返り、これからの方針を話し合う。


 疲労と緊張から解放され、やがて日が落ちると、その日は解散した。



 俺はダンジョン攻略を成功したことにより、人々の注目を浴びてしまうのではないかと恐れたが、それほどでもなかった。学校に行っても俺たちが注目されることも無く、ホッとした。


 というのも、主に関西で活躍していた有名探索者が東京進出を宣言したそうで、そちらの方に話題をさらわれたのだ。俺と同じ高校生だが、既にC級上位に食い込む若手のホープだ。


 俺たちの活躍は、一部の新聞の3面記事や、マイナーなネットニュースでしか取り上げられておらず、同級生たちの話題に上ることはなかった。


「……別にいいけどさ、もうちょっと話題になっても良くない?」

「そう言うな、琴美。俺たちの場合、目立つのはマズいんだ」

「今回はタイミングもあるけど、小規模ダンジョンは攻略を後回しにされがちだから、どちらにしても大きな話題にはならかったんじゃないかしら?」


 人気のない屋上で、昼飯を食べながら琴美は愚痴り始めた。


 黒田さんの言う通り、比較的小ぶりな迷宮は攻略を放置されがちだ。日々迷宮は増え続けているので魔物狩りだけで精一杯なのだ。


 ボスは最低でもB級クラスが出現する。リスクを取って攻略するより、スタンピードが起きない程度に魔物を倒し、探索者の底上げを図るのが今の日本の方針らしい。


「ところで琴美ちゃん。腕は大丈夫? 後になってたりしない?」

「まだ少し赤いですけど、時間が経てば元に戻るってお医者さんは言ってました」


 琴美は袖を少しめくり、赤く腫れた腕を見せた。幸いな事に、スライムの酸が当たった部分は丁度腕当ての箇所だった。直撃を免れたことで大事には至らなかったが、これが剝き出しの顔にでも当たっていたら想像もつかない事態になっていた。


「……やっぱり、ヒーラーがいないのは問題ね。何とかならないかしら」

「私が先輩がレベル6になれば、回復魔法を覚えるかもしれないけど、それまでどうするかですよね」

「うーむ。サイキックで回復ができればいいんだが……」


 俺は頭を抱えながら呟いた。遠くから聞こえてくる運動場の声援が、俺たちの静かな会話の背景音になっている。


 昨日も少し話したが、やはりヒーラーがいないのは致命的だ。これがゲームならポーションを山ほど買えばいいのだが、残念ながらそんな代物は存在しない。


 琴美の言う通り、新規メンバーを入れないのであれば、回復魔法を覚えるのを待つしかない。


 俗に上級職と呼ばれているが、ファイターやメイジでも、レベルが上がれば他系統の魔法を覚えることが出来る。


 無論、ステータスパネルが出てきて自由に選択できるとかではないので、黒田さんが身体強化魔法を覚え、琴美が攻撃魔法を覚える可能性も有る。そうした不確実性も、この世界の探索者たちを悩ませる要素の一つだった。


「どうする? お兄ちゃん?」

「レベルを上げるにしろ、新メンバーを募集するにしろすぐには出来ないだろ。まずは装備を整えてダメージを減らすことを考えよう」

「あら、そう言えば、今日は25日だから振込日ね。それなら午後にでも買い物にいけるわね」

「そうだ! 今日は振込日だった!」


 慌ててスマホを取り出し、銀行口座の残高をチェックする。画面が切り替わるまでの数秒が、妙に長く感じられた。

 俺にとっては初めての報酬だ。期待に胸を膨らませて、恐る恐るアプリを操作する。


「ぐぬぬ、3万円か。思ったより少ないな……」

「私は10万円だよ。先輩は?」

「……ろ、60万円振り込まれてるわ」

「え!? そんなに!?」


 思わず大声で叫んでしまうが、明細を確認すると、討伐報酬が10万、ダンジョンの攻略報酬が50万振り込まれているようだ。


 黒田さんの方が俺より報酬が高いのは、例のレベリングの際に止めを刺していたのが彼女だからだろう。


 全員分でざっと70万ほどになる。高校生としては大金だ。命の危険を冒してこの報酬が高いと言えるのかどうかは微妙だが、探索者の才があるモノの大半は迷宮で魔物狩りに精を出している。


 実際、学校の廊下を歩けば「週末はダンジョンに行く」という会話が日常的に聞こえてくる始末だ。


 とにかく俺たちは相談して、報酬は全てパーティーの共同資金として黒田さんが管理することになった。彼女の真面目な性格なら間違いないだろう。


 そうして、資金の充実もあり、午後は装備の調達に行くことになった。

 回復ができないのであれば、防具を整えて対応するしかない。

 さて、どこに買い物に行こうかな?

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