「……それで、70万で装備を見繕ってほしいと」
「そうなんだ、防具を中心に考えてるんだが、どう思う?」
「まあ妥当な選択だな。とにかくこれまでの経緯を聞かせろ」
一旦家に戻って着替えた俺たちは、銃を購入したあの店に来ていた。店内には相変わらず火薬と金属の独特な匂いが漂い、中堅冒険者がたむろしていた。
なんかかんや、あのオヤジさんは面倒見がいい。その目は鋭いが、不思議と信頼感のある人物だ。
ここに来るまでに何を優先するか話したが、結局は値段と相談しながらになるのでプロの店員に聞こうという話になったのだ。
前回と同じく、カウンター越しに気軽に声を掛ける。オヤジさんの視線が俺たちを値踏みするように上から下まで舐めていく。
「しかし、奥多摩ダンジョンを攻略したのがお前だったとはな」
「え? 知ってたのか、ニュースにもなってないのに」
「当たり前だ。こちとら探索者相手にして飯食ってんだ。迷宮関係の情報は隅々まで調べてる」
店主は腕を組みながら、少し自慢げにそう言った。カウンターの内側に置かれた情報誌の山が、彼の言葉を裏付けているようだ。
やはり、ここの店は当たりだ。このオヤジさんはプロだ。彼に任せておけば間違いはないだろう。
黒田さんは見た目はいかついオヤジさんに、少し引いているようで俺の後ろに控えている。琴美は物欲しそうに、壁に掛った日本刀を見ているが、素人の俺が見ても分かるような業ものだ。スマンが今は買えんぞ。
「予算は潤沢にあるようだな……。スライムの酸にやられたことを考えると、多少値段は張るが、コンバットインナーを揃えた方が良いだろう。耐酸性は勿論、防火性能もある」
そう言ってオヤジさんが見せてくれたのは、黒い上下のアンダーウェアだ。見た目は薄そうだが、触らせてもらうと意外と丈夫そうだ。繊維が指の間で滑る感触は普通の服とは明らかに違う、不思議な感覚だった。
「こんなに薄くて酸や火を防げるんですか?」
黒田さんが恐る恐る尋ねる。彼女の声には疑いの色が混じっている。
「当然だ。元々は消防士や軍隊が使用していたものだ。性能は保証する」
「……で、いくらすんの? それ」
「上下セットで10万だ。三人分なら30万だな」
値段を聞いて、俺は思わず呻いてしまった。報酬の半分が吹っ飛んでしまう。
どうしたものかと黒田さんと相談する。
「どうする? 予想以上に高かったけど」
「うーん。高いけど、酸や火から身を守れるなら買ってもいいんじゃないかしら? 鎧みたいなものより実用的かも」
「それもそうか……」
今後迷宮の奥に進めば、スライムのように酸を飛ばしてくる奴、火を吐いてくる敵など色々だ。思い切って初めに良いものを買っておくか。
俺は振り返ってオヤジさんに返答する。
「3人分買うよ。後は残りの予算で何を買えばいいかな?」
「少しは自分でも考えたらどうだ?。……まあいい。そこの嬢ちゃんの獲物はゴブリンの剣だろ? もう少しましなものを用意してやれ」
「え! じゃあじゃあ刀はありますか?」
ぼけっと刀を眺めていた琴美が、声を弾ませてオヤジさんに迫る。その目は子供がおもちゃを欲しがるときのように輝いていた。
「あのなあ嬢ちゃん。普通の日本刀だって30万はするんだぞ? 魔鋼製の刀なんて安物でも100万は下らないんだ。百年はええよ」
「そんなあ……」
がっくりと肩を落とす琴美。その様子を見て、オヤジさんはため息交じりに刀剣のコーナーへ行くと、西洋風の剣を持ってきた。
「オラ。刀は無理だがら、これで我慢しな」
ぶっきらぼうな調子でオヤジさんは琴美に剣を突き出す。
それはカトラスと呼ばれる、海賊が使っていた剣だった。
いわゆる曲剣の部類になるのだろうが、サーベルより短く、刃が分厚い。握りには革が巻かれ、小さな鍔が手を保護するようになっている。
「ゴブリンの剣を溶解した品質最低の魔鋼製だが、コイツならオーク程度は楽に倒せるはずだ。これ1本で30万だが長いこと使えるぞ」
琴美はカトラスを手にすると、握り具合を確かめ、鞘をつけたまま軽く振った。
「前使ってた刀と少し感覚が似てるかも……」
そう言いながら琴美は上目遣いで俺を見る。買ってほしいのだろうな。
「琴美がパーティーの主力だからな。武器の強化は必須だ。それも貰うよ」
「そうね。私もそれでいいと思うわ」
「ホント! 二人ともありがとう!」
子供のように、飛び上がって喜ぶ琴美。前回と同じく、店内の他の客が横目でその様子を凝視する。……我が妹ながら無防備な女だ。兄として心配になる。
「これで残り10万か。後は適当に防具を見繕ってくれ」
「そうさな。コンバットインナーを着ているならその上はジャージや登山服でも構わんだろう。腕と足を保護する防具だけ買っておけ。もう少し金が溜まったらベストなんかの胴回りを強化しろ」
結局、アームガードやレッグプロテクターを3人分購入して残った10万も消えてしまった。パーティー資金は3万円だけが残り、当面の活動費とした。
「毎度あり、稼いだらまた来いよ」
早速購入した装備を着込み、オヤジさんに見送られて店を後にする。
「しかし、70万が一瞬で消えるとは……探索者ってのも楽じゃないな」
「お金はまた稼げばいいじゃない! 早速試し切りに行こうよ!」
琴美は腰に下げた新しい剣を何度も確かめながら弾むように言った。その目は冒険への期待に輝いている。
「そう言えば、大友君と出会ったのは渋谷だったわね。なんだかすっごい昔な気がするわ……」
おニューの剣を手にして興奮する琴美を尻目に、黒田さんがしみじみとそう言う。
この近くで潜るなら、渋谷ダンジョンだが、例の川口の件があるからな。
俺はチラリと黒田さんを見たが、特に気にしてはいないようなので、渋谷ダンジョンへと潜ることにした。
●
1時間ほどして、俺たちは鬱蒼とした森の中に足を踏み入れていた。足元の柔らかな土が靴の下でわずかに沈み、周囲から聞こえる虫の音が耳を包む。
渋谷ダンジョンは初心者向けの迷宮だ。浅層には雑魚しか出てこない。既に琴美は勿論、黒田さんでさえ経験を稼ぐことは出来ない。
そこで浅層を手早く突破し、中層へと入ったのだ。
待ち受けていたのは、地下とは思えぬような森林地帯だ。木々の間からは、木漏れ日すら差し込んでいる。
「どう考えても異常だよな。奥多摩みたいに洞窟ならまだわかるけど」
「私はここの方が好き。気持ちいいもん」
「昔の渋谷は森が広がっていたそうだけど、何か関係があるのかしら?」
思い思いに感想を言い合いながら、森の中を進む。足元の落ち葉が踏まれる度に、かさかさと音を立てた。
程なくして無手のオークが出てきたが、琴美の試し切りにはちょうどいいな。
「ハア!」
俺がそんなことを考えているうちに、琴美はオークに突っ込んでいた。
買ったばかりのカトラスを一閃すると、豚の首がすぽんと抜ける。刃が肉を裂く鈍い音と、倒れ込む重い体の音が次々と響いた。
「やっぱり高かっただけあってゴブリンの剣とは切れ味が違うな」
俺は30万の価値を感じながら、しみじみと独り言を言う。
さて、投資した分の回収に励まないとな。