翌日、俺は学校で真面目に授業を受けていた。いくら探索者といえど、学業を疎かにはできないと自分に言い聞かせる。と言っても、ここ最近は午後の授業は早退しているので、教科に偏りが出ている。
教師の中にはダンジョン探索にかまける生徒に眉を潜めるものもいるが、社会全体では少数派だろう。教壇から投げかけられる厳しい視線も、今や慣れたものだ。
探索者の才のある者は、低適合の人間を含めてもそれほど多くない。
彼らが魔物を狩り、迷宮を攻略しないと、世界はスタンピードで荒れ果てていく一方だ。
その為、少しでも探索者のモチベーションを上げる政策として配信が始まったそうだ。元々はアメリカが始めたそうだが、本来、迷宮内の情報を少しでも得るためにドローンを随行させていたが、それを配信サービスとして利用するなど日本人には無い発想だろう。
危険な迷宮探索を娯楽化する行為に、当初は批判も集まったそうだが、結局はどの国もアメリカに追従して今のシステムが出来上がった。
迷宮出現以前の社会を知る年寄りなど、ひどく悲観的に世の中を見ているし、それだけ腐心して探索者の育成に励んでも、テレビでは日々、魔物によって荒廃した海外のニュースが流れている。
果たして、日本は、世界は今後どうなってしまうのだろうか?
「大友君、何か一年が呼んでるよ」
授業が終わり、合間の休憩時間に一息ついて思索に耽っていると、隣の席の男子が、肘で俺の脇腹を軽く突きながら言った。
「誰だろう、妹かな?」
「違うと思うよ。君の妹さん、真面目そうな子だろ?」
クラスメイトは意味ありげな表情で、廊下の方を顎でしゃくった。
首を傾げながら廊下に出ると、見覚えのあるピンクの髪が目に飛び込んでくる。
「先輩。おつさまです」
「き、君は……」
明るい声と共に、軽快な足取りで近づいてくる少女。
驚いたことに、昨日救助した女子だった。あの中で唯一意識があり、助けを読んだ子だ。しかし、同じ高校の後輩だったとは。
「大友先輩ですよね。昨日はありがとうございました。連れの二人はまだ入院しているんで今日の所はアタシだけで失礼しやす」
彼女は軽く会釈しながら、屈託のない笑顔を見せた。
「べ、別にそんなに畏まらなくても。人命救助は当然の義務だし。……それにしても、よく同じ高校だと分かったね?」
「私を支えてくれた人、見覚えあったんで。この学校じゃ黒ギャルなんて珍しいんで覚えてました。先にリコさんにお礼を言わせてもらって先輩の事、聞きました」
美少女的な顔立ちだが、ギャル独特の言葉遣いもあり独特な印象を与える。
話を聞きながら、改めて彼女をじっくりと観察する。
まず、特徴的なピンク色のロングヘアー。染めているのだろうが、えらく目立つ。そして制服の上に髪色に合わせて薄桃色のサマーセーターを着こみ、スカートはひどく短い。
その短いスカートからむちっとした太ももが伸び、目のやり場に困る。
いわゆるギャルルックだが、黒田さんが黒ギャルならこの子は白ギャルって所か。
廊下を行き交う生徒たちの視線が、無意識に彼女に集まる様子が分かる。
「それで君、ああごめん名前なんだっけ?」
「あ、スンマセン。名乗ってなかったすね。
「わ、分かったよ。モモ」
「……ふふ。躊躇しないんすね。男らしいっす」
彼女はそう言って笑うと、急に顔を近づけ、俺の耳元で囁く。香水でもつけているのか、甘い香りが鼻をくすぐる。
「……折り入って相談したい事があるんで、昼休みに二人っきりで会いたいっす」
俺が返事をするのも待たず、彼女はそれだけ言うと立ち去っていった。スカートが揺れる様子と、軽快な足音が廊下に響く。
「な、なんだったんだ、あの子は……」
その勢いに圧倒されっぱなしだったが、とにかく彼女の言う通りにするか。立ち去る彼女の背中を見つめながら、俺は呆然と彼女を見送った。