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第34話

 俺はモモの体を支えたまま、とある場所に転移した。

 先ほどの屋上とは違い、夏とは思えぬほどの寒風が、俺たちを容赦なく襲う。ピリピリとした冷気が肌を刺し、モモの髪が風にさらされて舞い上がる。


「……へ? ここって?」

「下を見るなよ。暴れたら落ちるぞ」

「落ちるって――!!!」


 俺の忠告を無視して目線を下に動かすモモ。俺の忠告を無視して目線を下に動かすモモ。風に吹かれた髪が顔を覆い、それを払いのけた瞬間、彼女の表情が一変し、俺にしがみつきながら震えはじめる。


「せせせせ、先輩……ここって」

「東京タワーのてっぺんだ。何度も言うが、落ちたら一溜まりもないから動くなよ」

「!!!」


 俺の回答に、彼女は声なき叫びを上げたかのように絶句する。全身から汗が噴き出し、瞳孔が恐怖で開ききっている。


 そう、俺がいるのは東京タワーの最上部、アンテナの箇所だ。

 幅は1メートルも無く、二人立つのがやっと。何なら少しはみ出している。


 普通なら、突風にあおられてすぐに落ちてしまうが、サイコキネシスを利用して俺と彼女の体はピタッと静止させている。彼女が混乱して暴れる心配もない。目に見えない力が二人を支え、風の力に抗っている感覚が体中に広がる。


「君の予想通り、俺はユニークスキルを持っている。このテレポート能力もその一つだ。無論、能力はこれだけではないが、今は言えない。いいか、モモ。もし君が俺のユニークスキルの事を誰かに漏らせば、俺は今度は君をヒマラヤの山頂に置き去りにしてしまうかもしれない」


 ハッタリだ。俺のテレポート能力は認知している所しか行けない。その上移動距離にも限界がある。だが、彼女を脅すには十分だろう。


 風が俺の言葉を切り裂くように吹き荒れる中、モモの表情がさらに恐怖に歪んでいく。可哀想だが、うかつにしゃべられるわけにはいかないからな。


「君をパーティーに入れるのは俺は賛成なんだが、俺は目立ちたくないんだ。だからユニークスキルの事を話してもらっては――」


(このアホ! 悠長に話してないで、すぐに戻りなさい! その子、まともに話ができる状態じゃないわよ)


 俺がしみじみとモモに事情を訴えかけていると、シルヴィの怒鳴り声が響く。

 気づけば、モモは泡を吹いて白目を向いている。恐怖のあまり失神したようだ。


(失神したようだ。じゃないわよ! すぐ戻れって言ってんでしょ!)


 おっといかん。つい冷静に分析してしまった。シルヴィの声がさらに強く、心の中で鼓膜を震わせる。忠告に従い、すぐさま俺はテレポートで屋上に戻った。



「ひどい、ひどいっす。アタシ、そんな悪いことしたんですか?」


 屋上に戻ったモモは、意識を取り戻すとすぐに涙ながらに訴えた。その頬を伝う涙は本物で、体の震えが止まらないようだ。


「い、いや俺としては警告のつもりで――」

「だからって東京タワーのてっぺんに連れて行くのはやりすぎだよお兄ちゃん!」


 れ帰ったモモを慌てて介抱すると、意識を取り戻したモモはさめざめと泣き始めた。どうもウソ泣きの類ではなさそうで、本気で怯えていた。その肩は小刻みに震え、震えた手で顔を覆っている。


 モモの様子に琴美が同情して、彼女を慰めながら俺を非難する。琴美は優しく彼女の背中をさすり、安心させようとしている。


 黒田さんも残念そうな目で俺を見てくる。その視線に申し訳なさと後悔の念が湧き上がる。


「す、済まなかったモモ。……こんな事をした後で言うのはあれだが、君をパーティーに迎えたいと思っているんだ。ヒーラーを仲間に加えることを検討していたし、結果的に俺の秘密を知ってしまったのなら丁度良いし」


 俺は頭を下げながら、精一杯の誠意を込めて謝罪する。


「そ、それでアタシが期待に答えられなければ、ヒマラヤに捨てて行って口封じするんですか?」

「そんなことしないって!」


 モモの声には恐怖と疑いが混じり、その大きな瞳は涙でうるんでいる。彼女の指が震えながらスカートの端を強く握りしめている。

 すっかり怯えてしまったモモを落ち着かせるためにも、俺は能力の一端を明かすことにした。信頼を回復するにも必要な行いだ。


「俺のテレポートも万能じゃない。外国まではとても行けないよ。それに人殺しなんかするつもりはない」

「そうよ。大友君はたまに考えなしで行動することはあるけど、秘密を守ることを優先するなら昨日もあなたたちを救助したりはしていないわ。それは信じてあげて」


 黒田さんもフォローしてくれて、モモはようやく泣き止んでくれた。彼女の手から差し出されたハンカチで、モモは涙を拭った。


 ……しかし、俺をそんな目で見ていたのか、黒田さんは。「考えなしで行動する」という評価に、胸に痛みを覚える。


 落ち込んでしまうが、モモは改めて俺に向き合った。彼女の目は少し恐怖を残しつつも、決意の色が宿り始めている。


「先輩……。まだ少し怖いですけど、最初に言った通り、ウチもパーティーに入れてください。勿論、何があっても先輩の秘密をばらしたりしないっす」

「ほ、本当か!? 二人もそれでいいか?」

「まあ、別に私は構わないけど……」

「白石さんが秘密を守れるのであれば、私は問題ないわ。ヒーラーがいないと何かと不便だし」


 黒田さんは元から肯定的だったが、反対していた琴美も少し素っ気なく答えたが、表情は以前より柔らかくなっている。三人の間に広がる微妙な空気が、少しずつ和らいでいくのを感じる。


 その後は昼飯を食べながら午後はどうするか早速話し合った。


 聞けば、モモは渋谷を中心に魔物狩りをしていたそうで、ゆくゆくは有名配信者を目指していた様だ。彼女がスマホを取り出し、これまでの探索の記録を見せながら熱心に説明する姿は、予想以上に真面目だ。


「モモ、お前には悪いが、うちのパーティーはあまり目立ちたくないんだ。視聴者に投げ銭を求めるとかあまり絡むような真似はしないでくれ」

「色々と不満かもしれないけど、実力をつけて迷宮攻略をすれば自然と人気と名声は得られるわ」

「……そうすか。お二人がそう言うなら」


 モモは若干不満そうだったので、先日俺たちが奥多摩ダンジョンを攻略した時のネットニュースを見せてやった。彼女はその情報を知らなかったらしく、興奮気味にしゃべり始めた。


「マジすか! 先輩たちもう迷宮攻略までしてんすか! やばくないっすか!」

「色々と偶然が重なってな……。大した規模の迷宮じゃないからそれほど話題にもなってないがな」

「それでもニュースになってるじゃないですか! あーもっと早く先輩に目をつけてればウチの名前もここに載ったのに!」


 地団駄を踏みながらモモは悔しがり、やる気をみなぎらせて叫ぶ。その表情には純粋な憧れと負けん気が混じっている。


「とにかく、一刻も早く迷宮に潜ってレベルを上げましょう! そうしてもっと大きなダンジョンを攻略しましょうよ! 甲賀剛士みたいに」

「ん? 誰だそいつ」

「知らないのお兄ちゃん。西の天才高校生って人よ」

「ああ、よく聞くな。その二つ名。甲賀って名前なのか」


 そんなことを話しながら、昼飯を食い終えた俺たちは一旦家路についた。さんさんと降り注ぐ太陽にさらされながら、新たなパーティーメンバーを迎えた期待と不安が俺の胸中に広がっていた。


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