中層まで進んでも大した敵は出てこず、モモの出番はなかった。オークやゴブリンが現れては、琴美の剣の前に倒れていく様子が繰り返される。
例のゴブリンアーチャーも潜んでいる場所が何となくわかるようになり、毒どころか怪我をすることも無い。
俺はモモがストレスを溜めないか心配だったが、本人は意外にも平然としている。
むしろ琴美の活躍を純粋に楽しんでいるようだ。
「コトミンも銃の一つくらい持った方が良くない? 剣だけじゃ限界が来るよ?」
モモは散弾銃を肩に担ぎながら、軽快に言う。
「でも、私は剣に拘りがあるから、実は侍に憧れてて……」
「なら余計持った方が良いじゃん。侍だって鉄砲使ってんじゃん。ノブナガとか」
「そう言われるとそうかも……」
暇を持て余しているのか、モモは探索中にひたすら喋り、琴美は少し恥ずかしそうに、カトラスの柄を撫でながら答える。
二人の会話は、迷宮の静寂の中で妙に生き生きとしている。
「先輩は銃を持ってますよね? その腰の膨らみハンドガンでしょ」
「お、良く分かったな。俺の獲物はこれだ」
俺はそう言って、ジャージに差したハイポイントを見せる。簡素な作りのそれは、モモの銃に比べると玩具のように見える。
「ハ、ハイポイントって。……シブイ、渋すぎですわ先輩」
どうも彼女は銃が好きなようで、俺の相棒の事も知っていた。
「リコ姐さんも万が一を考えて一丁持った方が良いすよ」
「そうね。そうしたいところだけど、銃は高いからね。今の所後回しにせざるを得ないわ」
「ま、そーですよね。分かりますわ」
今度は黒田さんにも銃を熱心に布教するが、黒田さんは現実的な視点から、穏やかに断る。
モモの言い分は正しいと思うが、初めに買おうとしたグロックですから10万近かったからな。
とにかく金が無いとどうにもならない。あの3万円も解毒剤を買ってほとんど残ってないし。
ちなみに今の俺は登山用リュックを背負い一見するとポーターに見えるだろう。
女子を戦わせ、荷物運びに従事する男子高校生。
客観的に見た俺はそんなところだ。
結局モモの魔法はお披露目できず、今日は彼女に俺たちの強さを把握させるだけになりそうだ。
「……ねえコトミン。いまレベルっていくつなん?」
「え? モモちゃんと同じでレベル3だけど?」
琴美も随分とモモに打ち解け、愛称で呼び始めている。
「……嘘だあ、いくら何でも強すぎだよ、実はレベル4になってんじゃね?」
「そ、そう言われると、奥多摩から帰ってきてから強くなったような……」
「もしかして、ジャイアントスライムを倒したから一気に経験が稼げたんじゃないからしら」
モモの指摘に黒田さんが思い出したようにそう語る。
「成程、確か圧倒的な格上は一気に経験が稼げるんだったけか?」
「ジャイアントスライムはB級相当だから、D級の琴美ちゃんが倒したら、通常の何十倍の数を倒した計算になるの」
「え? でも倒したのは実質先輩ですよね?」
「一応琴美ちゃんも攻撃は仕掛けていたし、反撃でダメージを負っていたから経験値を得る資格ありと判断されたんじゃないかしら?」
黒田さんはそう冷静に分析する。団体で魔物を倒した際の経験値の獲得は、貢献した全員が得ることができるそうだが、判断基準は不明だ。最後に止めを刺しただけでは経験にならないのは良く知られている。
「という事は、黒田さんも大分経験を稼いでいるのか」
「うん。そうだけど、私の場合はどのみち1000匹以上倒さないといけないから、レベルアップには遠いね」
「なんかさー、その辺分かりづらくね? あと何体倒せばいいのか教会とかで教えてくれればいいのにさー」
随分と典型的なコンピューターゲームの例をモモが持ち出してきたが、確かにレベルシステムは複雑怪奇だ。
魔法の習得や強化をレベルアップと称しているのだが、格上格下の判定も正確には不明だ。
探索者の等級と魔物の等級をできる限り対応させて、可視化できるように研究されてはいるものの、同じC級とかでも上位と下位がいたりして複雑だ。
そう考えているうちに、俺はあることに気づいた。
「という事は、琴美は既にC級への昇格資格を得ているのか」
「そうなるわね。確か試験は月末付近だったような」
「ウワー、今調べたけど明日じゃん! コトミンチャンスだよ! 高校生でC級って結構レアだからね!」
「わ、私がC級に? ……まだ早いんじゃないかな?」
「そんな事ないよ! コトミンなら絶対いけるって!」
琴美は少し腰が引けていたが、その後モモがひたすら煽り、その気になってきたようだ。
結局、受験するだけでも経験になるだろうという話になり、この日は引き揚げた。
疲れが残らぬよう、琴美の昇級に今は集中させることにしたのだ。
よくよく考えると、パーティーの注目度が上がってしまう可能性があるが、琴美に皆の目が集中した方がかえっていいかもしれない。
ダンジョンを出てからすぐにスマホで申し込みを済ませ、明日の試験に何とか間に合った。
帰ってからも琴美はずっと落ち着かなかった。兄としては祈ることしかできず、琴美にとっては眠れぬ夜になったのかもしれない。
そして明くる日の午後、緊張する琴美を尻目に、俺たちは学校を出発して、意気揚々と試験会場へと向かった。