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第37話 昇級試験

 翌日の午後、俺たちは新宿に来ていた。ここには日本最大級のダンジョンがある。

 通称、大迷宮と呼ばれる世界で最初にできたダンジョンの一つで、とてつもない広さを誇り、いまだ最下層にたどり着けた者はいない。……そう、あの人斬りですら。


 その大迷宮の浅層、出口に近い場所で試験は行われていた。

 受付で手続きを済まし、試験会場となる大部屋に俺たちは入った。


 会場は見学も可能で、付き添いとなるパーティーの面々も入ることが出来た。

 中には、試験官と思われる高位探索者が複数人おり、ひどく目立つ。


 いかにも魔法使いと言ったローブを着込んだ老人、武者鎧を着た男、そして中世の騎士のような全身鎧の戦士。

 まるでコスプレ会場のようだが、あの格好が一流の証なのだ。


 彼らの装備品は、高位魔物の戦利品で作られた一級品だ。現代科学では再現できない魔法耐性が備わっている。鎧などに至っては職人の手間賃もかかるから価格が天井知らずに高騰するらしい。


 その騎士姿の男が、大声を上げて試験の開始を宣言した。


「定刻通り、只今よりC級及びB級への昇級試験を開始する! 今回は目出度いことに、久々のB級の受験者がいる。C級は1名だけだが、なんと二人とも高校生だ! 見学している諸君、そして動画を見ている探索者一同、彼らに負けぬように励むことを期待する!」


 B級試験を受ける奴がいるのか……それも高校生だと? 道理で会場がにぎわっていると思ったが、その人を目当てにしての事か……。


「きっと例の甲賀ですよ。先輩。コトミンも負けてらんないっすね」

「そうか……確か高校生でB級てのはまだいないんだったな」

「あの試験管の人、A級探索者で日本でもトップクラスの人よ。彼が受験するから出てきたのかしら?」

「通称バケツさんすね。あんなの被って蒸れないんすかね? 兜とったらハゲてんじゃないすかね」


 モモが毒づくが、バケツというニックネームの通り、彼はいわゆるグレートヘルムを被っている。それだけで無く、全身を西洋甲冑で身を固め、白地に黒十字の入ったサーコートとマントを身に着け、見た目は騎士そのものだ。


 手には十字架のような、両手持ちのロングソードを携え、素人でも歴戦の勇士だと感じる様な独特の空気を放っている。


 彼の迫力に飲まれたか、琴美はさっきから一言も言葉を発していない。

 兄として、俺は彼女を励ますことにする。


「いいか琴美。初めての試験なんだ、別に落ちても恥ずかしいことなんて無いんだぞ? 結果は気にせず思いっきりやればいいさ。何、お前が失敗したって世間はあの甲賀とやらに注目しているんだ。だから全然気にする必要は――」

「……お兄ちゃん。ちょっと黙っててくれる?」


 俺の励ましが効いたのか、琴美はようやく口を開き、心なしか殺気いや闘志を感じられる。いい傾向だ。

 ……何故だか黒田さんとモモの視線がきつい気がするが何故だろう?


(アンタってホントデリカシーないわよね。なんで落ちる前提で話を進めるのよ) 

(い、いや、確率的には落ちる可能性が高いからせめて落ち込まない様に――)

(そう言う所が駄目だって言ってんのよ!)


 シルヴィに突っ込まれてしまうが、とにかく俺の一言でやる気を出したのは事実だ。そんな俺の心中を余所に、いよいよ試験が始まる。


「ではまずはD級探索者、大友琴美、前へ!」

「は、ハイ!」


 バケツ氏の大声に呼び出され、やや裏返り気味の返事をしながら琴美が前へと出る。


「さて、試験内容だが俺との実戦だ。無論、俺からは手出しせんからな安心しろ。10分間の間に一度でも俺に攻撃を当てる、もしくは剣を使わせれば合格だ」

「い、一撃当てるだけ? そんな簡単なのでいいんですか?」

「ほほぉ。随分と自信があるようだな、お嬢さん。ま、とにかくやればわかるさ」


 琴美はその言葉にムッとしたようで、さらに戦意を跳ね上げている。

 バケツ野郎はせせら笑うように兜を揺らし、琴美を見ている。


 ともかく、彼とは別な試験官らしき男が、二人の間に入り、審判役を務めるようだ。その彼の一言で試験は始まった。


「試験内容は先程の通りです。……でははじめ!」


 号令が掛り、バケツはロングソードを片手でだらりと下段に構えている。

 これに対し、琴美は基本通り正眼に構えた。


 対峙している琴美は彼の気迫に押されているのか、左右に動き回りながら攻撃の隙を伺うが、バケツは微動だにせず悠然と構えている。兜を被っているので目線も分からず不気味だ。


 琴美の緊張がここまで伝わってくるような、異様な空気を感じる中、バケツがゆっくりと一歩を踏み出し、琴美が思わず後ずさる。


「どうした? このままじゃすぐに試験が終わるぞ? さっさと打ってこい」

「! イアァァァ」


 彼の言葉に琴美が意を決し、気合を発して上段から振り下ろす。


 バケツはこれを最小限の動きでかわし、琴美は勢いそのまま彼の後ろへと回り込む。しかし、琴美が振り返った時には既にバケツは正対していた。やはり最小限の動きで隙が一切ない。


 オークを難なく倒す琴美を、あの男は意にも返さない。

 これがトップクラスの実力か。


 その後、琴美は同じように左右に動き回り、何度も上段を撃ちこむも全て紙一重でかわされてしまう。時には突きの連続を放ち、そこから薙ぎ払いにつなげても全くの無駄に終わる。


 いつしか琴美は大粒の汗を流し、息も絶え絶えだ。


「……こんなものか、まあまだ高校生だ。伸びしろはいくらでもある。気にすることはないぞ」


 バケツ野郎は既に琴美を見切っているのか、そんな事を言い出す。

 その言葉に俺は腹立ちを覚えた。……お前に琴美の何が分かるというのだ!


(さっきアンタも似たようなこと言ってたでしょ)

(シルヴィ、済まないが、琴美に俺の言葉が届くようにしてくれないか)

(別にいいけど、変な慰め言うんじゃないわよ)


 俺はシルヴィに頼んで、テレパシーでアドバイスを送ることにした。

 別に声かけは禁じられていないが、あまり目立ちたくはない。


(……琴美。さっきは済まなかったな。いいか、お前なら必ずアイツに一太刀を浴びせられる。自信を持つんだ。アイツは確かにトップクラスの実力だが、所詮人斬りよりは格下だ。これから迷宮を攻略して父さんの仇を討つ俺たちに、あの程度の男に苦戦している暇はないぞ) 

(お、お兄ちゃん! でも私の剣、全然当たらないの! 一体どうすれば……)

(琴美。アイツには小細工は通用しない。いいか、たった一撃でいいんだ。これは実戦じゃない、後先考えずに、お前の全力を一刀に込めてお見舞いしてやれ!)

(わ、分かった! ありがとうお兄ちゃん!)


 俺の言葉を受け取った琴美は、一度構えを解くと、呼吸を整えた。

 これにバケツ野郎も反応し、少しだけ身構える。……雰囲気が変わったのを察したのだろう。


 琴美はそのままカトラスを鞘に収め、居合の構えを取る。姿勢を低くし、顔を下に向け、驚いたことに目を閉じてすらいる。そのまま精神統一に入ったか、微動だにせず構え続けている。


「…………」


 バケツ野郎は押し黙ってそれを見ている。まもなく10分が経とうとしている。

 あの構えでは、バケツが射程距離に入らなければ試験は終わってしまうが、彼にも意地があるのだろうか、ゆっくりとした足取りで、琴美に近づく。


 その瞬間、琴美が動いた。


 文字通り目にも止まらぬ速さで剣を放ち、跳びかかる様な勢いで、上段から唐竹割を放つ。


 その電光石火の一撃は、バケツの正中線をとらえ、回避の余裕を与えなかった。

 しかし、その一撃を彼は剣であっさりとはじき返し、琴美は横に吹っ飛んでしまう。


「イッタァァァァァイ!」

「コトミン、ダイジョブ!?」


 そのまま琴美は手首を抑えながら苦悶の声を上げる。モモが慌てて駆け寄ると、痛む箇所に手をかざして回復魔法をかけ始めた。

 あの凄まじい剣を奴はパリィしやがった。衝撃でもしかしたら手首が折れたのかもしれない。俺も慌てて琴美に駆け寄る。


「琴美大丈夫か!」

「う、うんモモちゃんの魔法で楽になった……」

「そ、そうかありがとうなモモ」

「別にいいですけど、それよりあのバケツ何考えてんすか!」


 その言葉が聞こえたのか、バケツがこちらに近づいてくる。兜のせいで表情は分からないが、声の感じから、ややバツが悪そうだ。


「済まなかったな。剣の速さに咄嗟にパリィしてしまった。大丈夫そうだが、念のために俺も回復魔法をかけておこう」


 そう言うと、彼は人差し指を突き出し、そこから淡い緑色の光が飛び出す。

 その光は琴美の手首に当たり、傷を癒しているようだ。

 彼は俗にいうロードらしかった。戦士が回復魔法を習得した上級職だ。


「す、すごい、痛みが完全に引いた」

「さて、大友琴美君。おめでとう、試験は合格だ。これで君も真の意味での探索者、人類の護りての一人だ」


 そう言いながらバケツはキンキンと金属音を響かせながら拍手を始め、会場一同これに続き、万雷の拍手が琴美を祝福した。


 琴美はやや恥ずかしがりながら、俺たちともに会場の隅へと移動した。

 手続きがあるため琴美は職員の元へと向かったが、俺たちはどうしようかな?


 そんなことを考えていると、聞きなれぬ男の声が、俺に掛けられる。


「やるやん君の妹。俺以外であんな剣使う高校生見た事ないわ」


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