突然声を掛けられ、振り返った俺の目に飛び込んできたのは、黒ずくめの格好をした同年代の男子だ。
「……君は?」
「おお、馴れ馴れしくしてスマンかったな。ワイは
「そうか、君が西の天才高校生とやらか」
改めて彼をじっくり見る。
背は高校生として高く感じる。俺も平均より少しばかり高いが、彼の方が上だ。肩幅は広くないが、服の上からでも引き締まった体つきが見て取れる。
顔はキリっとしていて美男子と言ってよく、女子の話題によく上るのも納得だ。
忍者のような黒装束に、忍者刀と呼ばれる短めの刀を二本腰に差し、体中の至るところにクナイを装備している。
甲賀と聞いて、忍者をイメージしたが、まさに現代によみがえった忍者、という言葉がぴったりくる。
俺の視線を受けて、甲賀は不敵に笑い、その目が鋭く光る。
そして唐突に、思わぬことを言い出す。
「とにかく、君の妹も俺と同じ天才の部類やな。で、お兄さんの君は今何級なん?」
「……E級だが、それが何か?」
「かー! 情けないやっちゃな! もう少し気張らんかい! とにかく、いつまでも妹に頼ってたらあかんで」
彼は俺が琴美に依存しているかのように、大きな身振り手振りを交えながら言い放つ。その声は周囲にも届いており、チラチラと好奇の目で見る者もいる。
傍目にはそう見えても仕方ないが、わざわざそんな事を言うのは何の目論見があるんだ? 初対面の相手にこんな挑発的な態度を取るのは、単なる自己顕示欲なのか、それとも——。
「それはどういう――」
「では次の試験だ! C級探索者、甲賀剛士前へ!」
「おっと俺の番や。またな。次に会うときはせめてD級くらいにはなっときや」
試験官の声が響き渡り、俺の問いかけを遮った。甲賀は俺にそう言い残すと、軽やかな足取りで試験場へと向かっていった。その背中からは自信が溢れていた。
俺が問いかけたそのタイミングで試験が始まってしまい、彼の意図は分からずじまいだ・
「何なんすかね、アイツ。先輩の力も知らず、粋がって」
「シ! 白石さん、誰が聞いているか分からないから迂闊に口にしないで」
その様子を見ていたモモが不満たらたらで愚痴をこぼすと、黒田さんが慌ててモモに注意を促す。
俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが、どうも口が軽くて不安だな。
そんなやり取りをしていると、再び試験官の大声が響き渡る。
「さて! いよいよ君の番か。試験内容はさっきと同じで私に攻撃を当てれば合格とする。ただしこちらも剣で防御されてもらう。攻撃はしないから安心しろ」
「別に反撃してくれてもええですけどね」
「抜かせ! あまり大人をなめるなよ。まあいい、威勢の良さは認めてやる」
その挑発的な言葉に、会場がざわめく。ひそひそと交わされる観客の言葉が、波のように広がっていく。
甲賀の発言に、バケツも大げさに反応するがどこか愉快そうだ。甲賀の実力を認めているような節がある。
そしてそれは事実なのを俺は目の当たりにした。
試験が始まると、甲賀は先程の琴美の居合と遜色ないレベルの斬撃を放つ。
これをバケツは悠々と防ぐが、甲賀の猛攻は止まらない。
その身のこなしは素早く、二刀を自在に操り、斬撃を放ったその瞬間に、別の角度から新たな攻撃が繰り出される。
そして刀だけでなく、時折クナイも投げつけ徹底的に攻める。
バケツはルール上、攻めに転ずることはないので、ひたすら攻撃を防ぐのみだ。
5分が経過しても、甲賀の息が切れることはなく、絶え間ないラッシュを加え続けた。そして大量のクナイを投げつけながら、バケツに向かって飛び込み、スライディングで背後を取ると、背中に鋭い一撃を加える。
これをバケツはぎりぎりで防ぐが、斬撃と同時に、足先に投げたクナイがヒットしていた。
「そこまで!」
審判の声が轟くと、会場は一瞬の静寂の後、拍手と歓声に包まれた。
「むうう、こうも簡単にやられるつもりはなかったんだがな……」
「そりゃ攻撃不可ならこうなりますよ。少しルールが甘いんとちゃいますか?」
「そうは言うがな、ここしばらくB級探索者は誕生していないんだ。別に下駄を履かせている訳では無いがな。……とにかくおめでとう、新たな精鋭の誕生を、私たちは心より歓迎する!」
バケツは多少不満げにこぼすが、大きく手を広げると、会場全体に響くような大声でそう告げた。その声には、ハッキリと喜びが現れている。
そうして、周囲の人々は甲賀を祝福し始める。先ほどの琴美の活躍など皆忘れたかのように、会場は活気に満ちていた。
気づけば、マスコミまで会場入りし、カメラのフラッシュが次々と瞬く中、インタビューを始めようとしていた。甲賀は照明に照らされ、カメラに向かって堂々と笑みを浮かべている。
「うわー、なんだか凄いことになってるね」
「お、琴美、手続きは終わったのか?」
「うん。書類にサインするだけで終わったよ。あと説明が少しだけ」
声に振り返ると、琴美が少し疲れた表情で俺たちの元に戻ってきていた。その目には、複雑な感情が浮かんでいる。
琴美の言う書類とは、C級以上の探索者に課せられる義務の事だろう。
スタンピード防衛への招集や、迷宮庁や組合から仕事を依頼される場合もある。
「大友君、特に用もないし、ここを離れましょう。今後を相談するにしてもここでは落ち着いてできないわ」
「そーすね。あのニンジャの得意そうな顔を見てても面白くないっす」
「そうだな。今日はこれで引き上げて、琴美のお祝いでもするか」
「え! ホントに!」
黒田さんは冷ややかにそう言うと、モモもむくれながら同意した。
俺が打ち上げを提案すると、琴美の顔が明るく輝いた。
俺たちは新宿ダンジョンを出て、ファミレスで琴美の昇級祝いをすることにした。晩飯には早すぎるが、皆好きなモノを頼み、琴美を祝った。
三人ともデザートを頼み、思い思いに語り合う。俺は一人コーヒーをすすりながら話に耳を傾け、 久しぶりに学生らしい事をしている気分になった。
さて、琴美も順調に昇級し、これからどうしたものだろうか?
俺たちも少しずつ注目され、俺のサイキックが露見する時も遠い日ではないのかもしれない。
トークに盛り上がる3人を尻目に、俺は窓ガラスに映る自信を見つめながら、ぼんやりと今後の事を考えていた。