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第38話 西の天才

 突然声を掛けられ、振り返った俺の目に飛び込んできたのは、黒ずくめの格好をした同年代の男子だ。


「……君は?」

「おお、馴れ馴れしくしてスマンかったな。ワイは甲賀剛士こうがたけしちゅうもんや。西の方ではちったぁ名の知れたもんや」

「そうか、君が西の天才高校生とやらか」


 改めて彼をじっくり見る。

 背は高校生として高く感じる。俺も平均より少しばかり高いが、彼の方が上だ。肩幅は広くないが、服の上からでも引き締まった体つきが見て取れる。

 顔はキリっとしていて美男子と言ってよく、女子の話題によく上るのも納得だ。


 忍者のような黒装束に、忍者刀と呼ばれる短めの刀を二本腰に差し、体中の至るところにクナイを装備している。

 甲賀と聞いて、忍者をイメージしたが、まさに現代によみがえった忍者、という言葉がぴったりくる。


 俺の視線を受けて、甲賀は不敵に笑い、その目が鋭く光る。

 そして唐突に、思わぬことを言い出す。


「とにかく、君の妹も俺と同じ天才の部類やな。で、お兄さんの君は今何級なん?」

「……E級だが、それが何か?」

「かー! 情けないやっちゃな! もう少し気張らんかい! とにかく、いつまでも妹に頼ってたらあかんで」


 彼は俺が琴美に依存しているかのように、大きな身振り手振りを交えながら言い放つ。その声は周囲にも届いており、チラチラと好奇の目で見る者もいる。


 傍目にはそう見えても仕方ないが、わざわざそんな事を言うのは何の目論見があるんだ? 初対面の相手にこんな挑発的な態度を取るのは、単なる自己顕示欲なのか、それとも——。


「それはどういう――」

「では次の試験だ! C級探索者、甲賀剛士前へ!」

「おっと俺の番や。またな。次に会うときはせめてD級くらいにはなっときや」


 試験官の声が響き渡り、俺の問いかけを遮った。甲賀は俺にそう言い残すと、軽やかな足取りで試験場へと向かっていった。その背中からは自信が溢れていた。

 俺が問いかけたそのタイミングで試験が始まってしまい、彼の意図は分からずじまいだ・


「何なんすかね、アイツ。先輩の力も知らず、粋がって」

「シ! 白石さん、誰が聞いているか分からないから迂闊に口にしないで」


 その様子を見ていたモモが不満たらたらで愚痴をこぼすと、黒田さんが慌ててモモに注意を促す。

 俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが、どうも口が軽くて不安だな。

 そんなやり取りをしていると、再び試験官の大声が響き渡る。


「さて! いよいよ君の番か。試験内容はさっきと同じで私に攻撃を当てれば合格とする。ただしこちらも剣で防御されてもらう。攻撃はしないから安心しろ」

「別に反撃してくれてもええですけどね」

「抜かせ! あまり大人をなめるなよ。まあいい、威勢の良さは認めてやる」


 その挑発的な言葉に、会場がざわめく。ひそひそと交わされる観客の言葉が、波のように広がっていく。 

 甲賀の発言に、バケツも大げさに反応するがどこか愉快そうだ。甲賀の実力を認めているような節がある。


 そしてそれは事実なのを俺は目の当たりにした。


 試験が始まると、甲賀は先程の琴美の居合と遜色ないレベルの斬撃を放つ。

 これをバケツは悠々と防ぐが、甲賀の猛攻は止まらない。


 その身のこなしは素早く、二刀を自在に操り、斬撃を放ったその瞬間に、別の角度から新たな攻撃が繰り出される。


 そして刀だけでなく、時折クナイも投げつけ徹底的に攻める。

 バケツはルール上、攻めに転ずることはないので、ひたすら攻撃を防ぐのみだ。


 5分が経過しても、甲賀の息が切れることはなく、絶え間ないラッシュを加え続けた。そして大量のクナイを投げつけながら、バケツに向かって飛び込み、スライディングで背後を取ると、背中に鋭い一撃を加える。


 これをバケツはぎりぎりで防ぐが、斬撃と同時に、足先に投げたクナイがヒットしていた。


「そこまで!」


 審判の声が轟くと、会場は一瞬の静寂の後、拍手と歓声に包まれた。


「むうう、こうも簡単にやられるつもりはなかったんだがな……」

「そりゃ攻撃不可ならこうなりますよ。少しルールが甘いんとちゃいますか?」

「そうは言うがな、ここしばらくB級探索者は誕生していないんだ。別に下駄を履かせている訳では無いがな。……とにかくおめでとう、新たな精鋭の誕生を、私たちは心より歓迎する!」


 バケツは多少不満げにこぼすが、大きく手を広げると、会場全体に響くような大声でそう告げた。その声には、ハッキリと喜びが現れている。


 そうして、周囲の人々は甲賀を祝福し始める。先ほどの琴美の活躍など皆忘れたかのように、会場は活気に満ちていた。


 気づけば、マスコミまで会場入りし、カメラのフラッシュが次々と瞬く中、インタビューを始めようとしていた。甲賀は照明に照らされ、カメラに向かって堂々と笑みを浮かべている。


「うわー、なんだか凄いことになってるね」

「お、琴美、手続きは終わったのか?」

「うん。書類にサインするだけで終わったよ。あと説明が少しだけ」


 声に振り返ると、琴美が少し疲れた表情で俺たちの元に戻ってきていた。その目には、複雑な感情が浮かんでいる。


 琴美の言う書類とは、C級以上の探索者に課せられる義務の事だろう。

 スタンピード防衛への招集や、迷宮庁や組合から仕事を依頼される場合もある。


「大友君、特に用もないし、ここを離れましょう。今後を相談するにしてもここでは落ち着いてできないわ」

「そーすね。あのニンジャの得意そうな顔を見てても面白くないっす」

「そうだな。今日はこれで引き上げて、琴美のお祝いでもするか」

「え! ホントに!」



 黒田さんは冷ややかにそう言うと、モモもむくれながら同意した。

 俺が打ち上げを提案すると、琴美の顔が明るく輝いた。


 俺たちは新宿ダンジョンを出て、ファミレスで琴美の昇級祝いをすることにした。晩飯には早すぎるが、皆好きなモノを頼み、琴美を祝った。


 三人ともデザートを頼み、思い思いに語り合う。俺は一人コーヒーをすすりながら話に耳を傾け、 久しぶりに学生らしい事をしている気分になった。


 さて、琴美も順調に昇級し、これからどうしたものだろうか?

 俺たちも少しずつ注目され、俺のサイキックが露見する時も遠い日ではないのかもしれない。


 トークに盛り上がる3人を尻目に、俺は窓ガラスに映る自信を見つめながら、ぼんやりと今後の事を考えていた。


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