シブヤアームズ&プロテクターに戻り、カウンターに例のペットボトルをずらっと並べる。
ゴブリンの剣など、魔鋼の原料となる様な素材は、ある種の戦略物質と言えるので、政府による買取が義務付けられているが、こういった嗜好品の類は民間に任されている。どうやらこの店も代理店みたいな形で買い取り業務を行っているらしい。
オヤジさんが鋭い目でペットボトルを見つめ、俺たちに怪訝な目を向けてくる。
「本物で間違いなさそうだが、お前よくこんな短時間でこれだけ集められたな?」
「ふっ。八王子の虫捕り名人とは俺の事さ。23区住まいの都民とは鍛え方が違う」
言いながらも、背筋に冷や汗が一筋伝う。オヤジさんの声には明らかに疑念が混じっていた。……失敗したな。こんなすぐ持ち込んだら怪しまれるのも間違いない。
せめて明日持ってくるんだった。
「そうかよ。まあいい、〆て30万だが全額現金でいいのか? それとも銃を買って代金と差し引くか?」
「うん。そうしてくれ。さっきのえーとアナコンダ? って奴と――」
「ショットシェルとリボルバー用特殊弾30発、それと通常弾も100発。あ、通常弾はキングコブラ用のだけでいいっすよ」
言葉の途中で、モモが俺の前に滑り込むように割り込んできた。
モモの言葉は的確で、オヤジさんは無言で頷きながら、壁一面に並んだ弾薬棚から素早く商品を取り出していく。
「モモちゃん。別に通常弾はいらないんじゃない?」
「コトミン。射撃訓練もしないで特殊弾なんか使ったらもったいないじゃん。まずは適当にゴブリンとかを的に練習すんだよ」
モモが言い終わるか終わらないかのうちに、オヤジさんがカウンターを強く叩いた。その音に店内に飾られた武器が微かに共鳴する。
「いい心がけだな。ここの地下にも射撃場を用意してある。基本動作はそこで学んでいけ」
「何だよ、俺が買った時にはそんなのあるなんて聞いてないぞ」
「甘えるんじゃねえよ。聞かなかったお前が悪い」
憮然としている俺を無視して、オヤジさんは奥のドアを指さす。
スタッフルームかと思っていたが、ドアを開けると地下への階段になっていた。
狭苦しくかび臭いその階段を、みんなでぞろぞろ降りていくと、天井の低い空間に、こじんまりとした射撃場が姿を現した。
中には白髪の老人が部屋の隅にぼんやりと座っている。
どうもコーチの類という訳でもなく、監視員だろうか?
何か言ってくるわけでもないので、勝手に使って構わないらしい。
「ショボいけど、少し撃つだけならここでいっか」
「じゃあ、早速撃ってみるね」
モモは部屋を見渡しながら不満を漏らすが、琴美は買ったばかりのキングコブラを手にウキウキした様子で構えを取る。大して銃に興味を示していなかったが、それでも多少は興奮しているようだ。
「ちょいまち! コトミン、銃撃ったこと無いんでしょ、いきなりマグナムなんて撃ったら手首痛めるよ!」
「そ、そっか」
その様子を見ていたモモが、慌てて琴美を止める。どうやら相当反動の強い銃らしい。
父さんが死んでから剣を習ってはいるが、地上では琴美も普通の女の子と言っても過言ではない。
迷宮内なら強化魔法で反動を無理やり抑えられるのだろうが、今撃つのは危険なのかもしれない。
「まずは先輩のハイポイントを借りて、銃を撃つ感触を体験しなよ。オートマチックだけど経験するだけならこれでいいっしょ」
「そうだな。そっちん方が良いだろ。ほら琴美、これを使ってみろ」
「うんありがとう。……キングコブラと比べるとカッコ悪いねこの銃」
余計な感想を漏らしながら、琴美はモモのレクチャーを受けながら、一発一発慎重に撃つ。
魔物には強いが、地上に出てしまえば余程の実力者でなければ銃で武装した人間には叶わないのが探索者の弱みだ。そのため、既存の軍隊などとの連携が欠かせない。
よくよく考えると、身体強化の使えないモモがショットガンを的確に使用できているのは結構すごいことなのでは?
黒田さんもそう思ったのか、レクチャーを続けるモモに尋ねていた。
「それにしても白石さんは銃に手慣れているわね。どこで習ったの?」
「テキサス仕込みっすよ。10歳まで親の仕事の関係でアメリカに住んでたんで」
「あら、帰国子女だったの? ……なんていうか意外だわ」
黒田さんの言う通り、意外な経歴だ。
しかし、テキサスとはな。NASAのあるヒューストンはテキサス州だから、俺にとってあこがれの街と言える。
「なあ、NASAとかジョンソン宇宙センターとか言った事あるのか?」
「ウチはそっち方面は全然。今のテキサスは石油産業を守るために、徹底的に要塞化されてますからあんまりNASAのイメージは強く無いっすね」
「そ、そうなのか……」
現実を思い知ってがっくりしてしまう。
その後、琴美はモモからリボルバーの取り扱い方法を聞いて、基本動作を学んでいった。ホルスターはおまけしてくれたので、弾を抜いた状態で、腰から素早く抜く練習もする。
「まあこんなとこっしょ。後は明日以降、実戦で試せばいいよ」
「うん! ありがとうモモちゃん!」
「……おっと、もうこんな時間か。遅くなると母さんが心配するからもう帰るぞ」
店を出ると、既にとっぷりと日は暮れていた。
二人と別れ、琴美と家路に着く。
さて、琴美も名実ともにC級となったことだし、今後はどこを探索したものかな?
帰りの電車に揺られながら、俺はそんな事を考えていた。