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第42話 疑惑

 今日も午後から探索に向かうつもりで早退届を出していたのだが、予想外の事態が起きてしまった。


「補習だって?」

「ソーナンスすよ。この前の赤点取ったもんだから、今日の午後は絶対ダメだって。マジ最悪なんですけど」


 どうもモモは学業にあまり興味が無いらしく、中間テストの結果は散々だったらしい。英語だけは得意らしいが。

 いかに探索者と言えど、基本は学生だからな、補習をサボらせる訳にもいかない。


「そういう訳で、今日は同行できないっす」

「そんなぁ。折角鉄砲を買ったのに」

「ホントごめん。今度は必ず一緒に行くからさ」


 どうやら琴美はモモに初射撃を見てもらいたかったらしく、ひどく残念そうだ。

 思いがけず、久しぶりでの3人行動になった。さて、どうしたものだろうか?


「ねえ、お兄ちゃん。久しぶりに奥多摩の例の場所に行ってみない? ここ最近あまり行けてないからシルヴィさんに会いたいの」

「そうね。いつも助けてもらってるから、お土産を持って行くのもいいわね」

「それもそうか。……じゃあハンバーガーでも買っていくか」

「もう! もう少し真剣に考えてよお兄ちゃん!」


 怒られてしまった。

 なんやかんやハンバーガーを喜んで食べてんだから、別にあれでいいと思うが。

 シルヴィだって変に気を使われても困るだろうに。


 二人は俺を差し置いて、何がいいかを真剣に討論し始めた。

 結果。やはり甘いものが良いだろうという話になり、なぜかどらやきに決定した。


「猫型ロボットじゃないんだから、どらやきを気に入るとは限らないぞ」

「この前がドーナツだったから、和菓子に挑戦してもらいたいのよ」

「それは別にいいけど、買い物は二人に任せるよ。俺は先にテレポートで奥多摩に向かうから、終わったら呼んでくれ。迎えにいくから」


 二人はシルヴィをネコか何かと勘違いしてないか? 完全に餌付けを楽しんでいる。女子の買い物に付き合うのも億劫なので、俺は先に向かう事にする。

 迷宮攻略のために早退しているのに遊んでいるようで若干の罪悪感はあったが、たまにはこう言う事があってもいいだろう。


 人目のつかないトイレに向かい、慎重に周囲を見計らう。誰もいないことを確認してトイレの中に入り、目を瞑って奥多摩の円盤をイメージする。

 俺の体は瞬間移動していた。



「アンタねえ、来るのは良いけど、直接部屋に跳んでこないでよ。仮にもレディの部屋よ」

「お、それもそうか。ごめんごめ――」


 目を開けた瞬間、少し嫌そうな顔を知ったシルヴィの顔が目に入る。

 文句を言う彼女に謝りながら彼女を見ると、濡れ髪に薄手のバスローブのようなモノを着ていた。幼児体系とはいえ、火照った彼女の体からは妙な色気を発し、俺は慌てて下を見る


「シャワーを浴びてたのよ。急いで上がる羽目になったじゃない」

「す、すいませんでした……もうしません……」


 シルヴィの言う通り、彼女のプライベートスペースに直接来てしまったが、せめて上の応接スペース。イヤ、円盤の前に跳ぶべきだった。

 俺の公開をよそに、シルヴィは髪を整えながら話しを続けた。


「まあいいわ。ちょうどアンタに話したいことがあってね。二人がいない今の方が話しやすいわ」

「俺だけに話したいって聞かれたらマズい話なのか?」

「まあね。少し重い話だから彼女たちには聞かせたくないのよ」


 そう言いながら、椅子に座り、何かの端末を弄り始める。

 すると、壁だと思われていた箇所が発光し、スクリーンへと変化した。

 壁いっぱいの画面には、関東近郊の地図が表示され、所々に赤い点が表示される。


「見ての通り、日本政府が公式に発表している迷宮情報よ」

「ああ、そうか。赤いのがダンジョンか」

「そうよ……でもおかしいの。私も情報収集のため、センサードローンをいくつか放っているんだけど、それで得た迷宮の在処を画面に表示させると……」


 シルヴィがそう解説しながら操作を続けると、青い点がいくつか追加で表示させる。……これは、ひょっとして。


「見ての通り、政府が把握していない迷宮がこれだけあるわ」

「そ、そんな馬鹿な! 少なくとも都内に5か所はあるじゃないか! 何でこんな事に!?」


 俺の悪い予感は的中し、思わず大声を上げる。

 シルヴィは少し考える素振りをした後、重々しく口を開いた。


「アキラ、人革派は知ってるわよね?」

「そりゃ勿論。探索者……つまり魔素に適合した人間こそ世の中を支配するに相応しいとか抜かすテロリスト集団だろ」

「大体合っているけど、迷宮の魔物から社会を保護する人間こそ、次世代の支配者として君臨すべきって考えの連中ね」


 彼女は俺などより奴らの事に詳しかった。日々地球の情報を収集しているのだろうが、今ここでそいつらの話をするという事は……。


「つまり、人革派が迷宮を隠しているってことか? そんな事、国にバレずにできるもんなのか?」

「普通は無理でしょうけど、政府サイドに彼らの仲間が潜り込んでいれば話は別よ」

「それじゃあ、迷宮庁に雇われている探索者にテロリストがいるって言うのか!」


 俺は以前会ったゆり子さんやケイ子さんを思い出す。

 彼女たちは人間としてもまともで、多少やりすぎの部分はあったがそんな気配は無かった。


「迷宮庁というより、防衛省の方が怪しいわね。迷宮を探すのは自衛隊が主に行っているからね」

「で、でも、自衛隊がどうして? 探索者部隊がいるのは知ってるけど、大半は普通の人たちだろ?」

「日本だけじゃないけど、今の探索者システムが確立するまでは、主に軍隊が迷宮攻略と魔物退治を請け負っていたわ。だから人革派の信奉者には軍人が多いのよ。無能力者でも魔物と戦う人こそが至上の存在と考える連中だからね」


 シルヴィの話を聞きながら愕然とした。テロリストの事は最低限の事しか知らなかったが、まさかそんな事態になっているとは。


「……ともかく、予想以上に世界はマズい状態になっているってことよ。だから、あまり悠長なことは言っていられないかもしれないわ」

「……つまり、呑気に迷宮攻略をしている暇はない。そう言いたいのか?」


 俺の指摘に、シルヴィは複雑そうな顔をする。


「まあ、そう言う事になるわね。……私もアンタも覚悟を決めて、政府に接触する必要があるかもしれないわ。もっとも、今日明日で決める必要はないと思うけど」


 シルヴィの言葉に俺は唸りながら頭を抱える。

 彼女のいう事に従えば、政府に接触して、俺のサイキックやシルヴィの科学力を提供して、彼らのバックアップを受けながら迷宮攻略を目指すことになる。


 だけど、下手に俺の能力者や、シルヴィの存在を明かすのは危険だ。

 まさかモルモットにされることはないだろうが、危険人物として監禁される可能性もないことも無い。


 俺はテレポートが使えるから閉じ込めることは無理だろうが、シルヴィの宇宙船は動かすことが出来ない。

 いずれにしても、彼女の存在を明かすのは、最後になるだろう。


 ともかく、俺は少し頭を冷やすため、スクリーンに映し出された未発見の迷宮を見てみる。


「……ん? この辺て、浅草か?」

「そうね。地下街か何かでしょうね」


 浅草……。

 ちょうど今二人が買い出しに行っている場所だ。

 再び不吉な予感を感じた俺は、慌てて琴美に電話を掛けた。


 鳴り響くコール音を聞きながら、不安を押し殺しながら琴美が出るのを待った。 


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