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第43話 浅草

● SIDE:琴美


 先輩と二人、人通りの少ない雷門通りを歩き、無事老舗のどら焼きを買う事ができた。自分たち用にも買い、早速食べてみると、コンビニで売っているのとはまるで違う。


「美味しい! これならシルヴィさんも満足してくれるね!」

「あの人なら何でも喜んでくれそうだけど、どうせ買うなら本格的なのがいいもんね」


 先輩と二人、食べ歩きをしながら語り合う。

 ここしばらく、学校と迷宮を往復するような毎日が続いていたけれど、今日は久しぶりに普通の女子高生に戻った気分だ。


 普段の殺伐とした魔物との殺し合いを離れたせいなのか、どこか気分が緩み、私は前から疑問だったことを聞いてみる。


「先輩……別に変な意味は無いんですけど、そのファッション、ずっと続けるんですか?」


 私の質問に、先輩は少し困ったような顔をしながらも真摯に答えてくれた。


「今のところは元に戻そうとは思ってないわ。前も言ったけど、以外と気に入ってるのよ。最初は川口の指示で嫌々だったけど、この格好をしていると不思議と積極的になれるの」


 自分で聞いておきながら、川口の名前を聞いて、思わず身震いをしてしまう。

 もしあの時、私たちが駆けつけていなかったら先輩はどうなっていたことか。

 私の不快感を察したのか、先輩は話を変えてきた。


「ところで琴美ちゃんも少しお化粧してるのね。白石さんに教わったの?」

「え、ええ。私は別に興味はなかったんですけど、モモちゃんがどうしてもって――」


 そう取り付くように答えると、先輩の目を大きく見開き、驚愕していた。

 ……何かおかしな事ても言っただろうか?


「……先輩、どうしたんですか?」

「あ、あの人、栗田君に似てない!? というか本人じゃ――」


 震えながら先輩は信号待ちをしている集団の一人を指さし、私が目を向けると、黒いパーカーを着込んだ若そうな男がいた。

 フードを深くかぶっていて顔は見えなかったが、確かに怪しい感じはする。


「先輩、確か栗田さんって今行方がわからないんじゃ……」

「そう、警察が事情聴取に家に行ったそうだけど、川口が逮捕されてから所在不明だったのよ」

「そ、それじゃあ逃亡中ってことですか」


 先輩は少し顔を青褪めながらも、フードの男から目を離そうとしなかった。そのままスマホを操作して、誰かに電話を掛け始める。


「……駄目だわ。出てくれない」

「警察ですか?」

「ううん。以前お世話になったゆり子さんよ。もし栗田が接触してきたら連絡をする手筈になっているの」


 そう言いながら、今度は別な人に掛け始める。多分だが、相棒のケイ子さんにもかけているのだろう。


「……二人とも電波の通じない場所。たぶん迷宮にいるのね」

「どうしますか? やっぱり警察へ?」

「ともかく、少し後をつけてみましょう。見間違いの可能性もあるから警察には連絡しづらいわ」


 信号が切り替わって歩き始めた男を見ながら先輩はそう言い放つ。

 危険なんじゃないかと思ったが、先輩のいう通り、他人の空似ということも十分ありえる。


 私は無言で頷くと、フードの男を二人で尾行することにした。


 男は、駅の方に向かっていたが、途中で地下街へと降りて行く。


「……買い物でもするのかしら?」


 先輩はそう零すと、躊躇せずに尾行を続ける。

 一瞬、危険過ぎるんじゃないかと不安がよぎったけど、意を決した先輩の顔を見ると、ここで止めるのは憚られる。


 ……私もあの男に騙されていたようなものだが、先輩はほぼ詐欺にあったも同然だ。後から思えば、思慮深い先輩らしからぬ行動だったけど、色々と思う所があったのかもしれない。


 ともかく、男を追って私たちも地下街へと降りた。

 地下街には空きテナントが多く、ハッキリ言えば寂れていた。居酒屋と雑貨屋がいくつか営業しているが、人通りは無く、私たちのような女子高生が歩くと酷く目立つ。


 これ以上は相手にバレるかもしれない。そう考えているうちに、男は営業しているのか良く分からないBARの前で足を止める。

 そして、スライド式の入り口から店に入る瞬間、男はフードを脱いだ。


 その顔は紛れもなくあの男、栗田だった。

 私は心臓が凍り付くような感覚を覚えたけれど、先輩もそれは同じのようだ。

 二人で顔を見合わせ、そっとBARの入り口に近寄る。


 ドアは古臭い、ガラス製の引き戸だったので中を覗くことが出来た。

 恐る恐る覗き込むと、店内は暗く、人の姿は見えない。

 栗田は店の奥に引っ込んでいるのだろうか?


「何してる?」


 突然、後ろから野太い男の声がした。

 今度こそ、私は心臓が止まるんじゃないかと思った。

 私より、一瞬早く振り返った先輩が音も無くその場に崩れ落ちる。


「声は出さないでもらおう。お友達のようにはしたくない」


 振り返った私が見たのは、スーツを来た無骨そうな大男と、同じ格好のにやついた小男。咄嗟に反撃を考えたけど、小男が意識のない先輩を素早く抱え込み、店の中に入ってしまう。

 油断なく私を注視する男に阻まれ、私はどうすることもできない。


「……ともかく店の中に入れ。事情次第では解放せんことも無い」


 どう考えても嘘に違いないが、私は相手の実力が自分より上だと直感した。下手に暴れて先輩のように意識を奪われるのはマズい。


「わ、私お店を覗いていただけで――」


 咄嗟に嘘をつくが、最後まで言い終わらぬうちに、男の大きな手が私の口をふさぐ。


「声を出すなと言った。次は痛い目にあうぞ」


 無表情で淡々と話す男の威圧に飲まれ、私は震えながらゆっくりと頷く。


「店に入れ」


 男は手を離すと簡潔に言い放つ。

 私は言う通りに店の中に入るしかなかった。

 BARの中に入ると、そのまま背中に固い何かを押し付けられる。


「店の奥に行って階段を降りろ」


 指示に従い、カウンターの横にある開いたままのドアを通ると、地下への階段があった。


 お酒の保管庫かと思ったが、暗い階段と降りていくと、意外にも広々とした部屋に出る。中にはテーブルと椅子の他には部屋の隅に置かれたドラム缶くらいしかない。


 剥き出しになったコンクリートの壁の前には、10人ほどの男たちが整列していて、彼らの後ろには別室へのドアがある。


 皆、服装はバラバラだが、妙に姿勢が良い。その中に栗田も混じっていた。

 先輩は意識のないまま椅子に座らされ、例の小男が背もたれの後ろに立つ。


「栗田……貴様、尾行に気づかなかったのか?」

「まさか。ギャルはともかく、その子は高適合者です。同士に加える価値があると思い、気づかぬふりをしました」


 大男が鋭くそう言い放つと、栗田は事もなげにそう言い放つ。それを聞いて顔を顰めている男に、小男が軽薄そうな笑みを浮かべてフォローを始める。


「隊長……まあいいじゃありませんか。男所帯でうんざりしていた所です。女子高生がいた方が、何かと楽しめそうだ」


 小男がいやらしい手つきで、先輩の頭を撫でる。

 ぞわっとした何かが背中を走り、私は思わず叫んだ。


「先輩に触らないでよ! この変態!」


 無機質な地下に、私の声が反響すると、小男は笑みを浮かべたままこちらへと近づいてくる。


 私が拳を握って身構えるより先に、頬に熱い衝撃を受け、そのまま床に倒れ込んでしまう。叩かれたと気づいたときには、髪を小男に掴まれていた。


「い、痛い! 離してよ!」

「口の利き方を知らないお嬢さんだ。……迷宮では強くても、地上じゃお前は普通の女とさして変わらん。力では太刀打ちできねえだろ」


 ポニーテールを鷲掴みにされ、私は無理やり立たされた。自分の無力感にうっすらと涙が出てくる。


「……あまり手荒な真似はするな」

「隊長。そう言いますがね、現実的に説得して組織に入れるのは不可能でしょう。クスリ漬けにしてもいいですが、可愛がってやって理解わかせるぐらいの方がまだ人道的でしょう?」

「……好きにしろ。だが殺したり、薬物を使ったりするんじゃないぞ」


 とても現実とは思えないような悍ましい話に、私は足の震えが止まらなくなった。


「……栗田。お前は俺と来い。少し話がある」

「分かりました」


 大男は栗田を連れて、地下室を出ていくと、小男は待ってましたと言わんばかりに口笛を吹く。


「さて、お楽しみはこれからだな。……お前らも楽にしていいぞ。うるさいのがいなくなったからな」


 小男はそう言い放つと、上着を脱ぎ、襟元を緩めた。真顔で整列していた男たちも、歓声を上げてだらけ始める。


 男たちの下卑な視線が、私と先輩に突き刺さる。

 これから起こる事を想像し、私は子供のように泣き叫んだ。


「助けて! お兄ちゃん!」


 その叫びは地下室の冷たい壁に吸い込まれ、ただ虚しく響くだけだった。


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