電話に出ない琴美に、嫌な予感が止まらず、俺はテレポートで浅草に急行した。
だが、道の真ん中に出たのでは、人目に着く可能性がある。
そこで雷門の提灯の上に跳んだ。ここなら建物の陰に隠れているので見つかることはあるまい。罰当たりかもしれないが、緊急事態だ。遠足で行ったことがあって助かった。
(シルヴィ、どうだ? 琴美は無事か)
(ちょっと待って。今テレパシーを飛ばすから)
シルヴィのテレパシーも万能ではない。自分自身から遠ざかれば感知することは出来なくなるので、普段は俺の時計を通じてテレパシーを飛ばしているのだ。
こんな事なら琴美にも持たせておくんだった……。
ずっしりとした後悔の念が圧し掛かる中、シルヴィの慌てふためく声が心に突き刺さる。
(マズいわ! どういう状況か分からないけど、テロリストに捕まってる!)
(な、なんだって!)
(駅の地下街だからそんなに遠くはないわ! 今すぐ向かいな――!)
言い終わらぬうちに、俺は提灯から飛び降りていた。
疎らにいた観光客が、突然現れた俺に驚くが、構わず無我夢中で走りだす。
(地下街の場所は分かるわね!? とにかく急いで!)
切迫したその声が、琴美と黒田さんの危機を物語っていた。
俺は人目も気にせず、サイキックで体を強化し全力で駆け抜ける。
地上では無力な探索者と違い、俺は肉体をいつでもどこでも強化できる。
今の俺は人類最速。恐らく100M9秒台のスピードが出ているだろう。
その異様さに、道行く人の怪訝な視線が突き刺さるが、人目を気にしている余裕はない。
すぐに地下街への入り口を見つけ、飛び降りるようにして階段を下りる。
(通路を右に曲がってすぐのBARよ! 入り口に男が二人いるけど無視して店内の地下へと向かいなさい! 相手をしている暇はないわ!)
叫ぶようなその声を聞きながら、右に曲がり、二人組の男が見えた。
片割れには見覚えがあった。
俺のクラスメイト、栗田だった。
その瞬間、琴美と黒田さんが捕まった理由を悟り、俺は無意識に叫んでいた。
「栗田――!!」
「!? 大友か」
俺は走りながら、栗田の顔面を殴りつけると、片方のおっさんには衝撃波を食らわし店内へ殴りこむ。中には誰もいなかったが地下があるはずだ。
カウンターの傍にあるドアを蹴破ると、地下への階段を見つける。すると、泣き叫ぶような琴美の声と、男の怒声が聞こえた。
「お兄ちゃん! 助けて!」
「五月蠅いガキだ! 少しは立場を弁えろ!」
最悪の状況が頭に過ぎり、俺は転がり落ちるように――というより実際に足がもつれて転んでしまい、階段を転げ落ちる。
びたんとコンクリートの床に叩きつけられるが、既に痛みは感じていなかった。
顔面を上げると、頬を腫らした琴美の胸倉を掴み、腕を振りかぶる男の姿。
そして意識のない黒田さんと、彼女を取り囲む男たちの姿。
その場の全員が唖然として俺を見ているが、既に俺は爆発寸前だ。
「……なんだてめえ――」
言い終わらぬうちに、俺はスキップで男の足元まで移動する。
「な!? 消えた――」
這いつくばった姿勢のまま移動したので、奴は視界から消えた俺を見失ったようだ。そのまま手のひらを上に向け、男の股間目がけて衝撃波を放つ。
「――!!」
男は声にならない叫びを上げながら、天井近くまで吹き飛んだ。玉が潰れたかもしれないが、同情する気にはとてもなれない。
そのまま、黒田さんの近くまでスキップで跳ぶと、彼女の足を掴んで琴美の近くまで瞬間移動する。
「ど、どういう事だ!?」
「地上でテレポートする魔法なんて聞いたことも無い!」
「ま、まさか特異魔法の使い手か!?」
椅子の周りを取り囲んでいた男たちは、初め呆気に取られていたが、事態を把握すると狼狽し始める。
立ち上がりつつ黒田さんを抱き起し、彼女の体を琴美に預ける。
痛々しい腫れた頬を撫でながら、俺は琴美に語り掛けた。
「琴美、もう大丈夫だ。黒田さんを頼むぞ。俺は連中を片付ける。話はその後だ」
恐怖で歪んだ琴美の顔は、徐々に落ち着きを取り戻しつつあったが、まだ話す余裕すらないようだ。震えながら黒田さんを抱えると、壁にもたれかかる。
「全員、侵入者を確保しろ!」
うろたえる男たちの後ろから、入口で倒したおっさんが顔を出し指示を出す。
その号令を皮切りに、連中の何人かが特殊警棒を手に俺に襲い掛かってきた。
琴美が後ろにいるこの状況ではスキップで回避するわけにはいかない。
俺は張り手を繰り出すように、連続で衝撃波を放ち、男たちを撃退する。
「な、なんだあれは!?」
「隊長、アイツおかしな魔法を使います!」
「……止むを得ん。発砲を許可する! 後ろの女子ごと撃ち抜け!」
控えていた男たちは、隠し持っていた拳銃を取り出し、容赦なく射撃を始める。
爆音が狭い室内に響き渡り、普通の人間であれば詰みだが、俺のサイキックは現代兵器とはすこぶる相性が良かった。
俺が片手を突き出し念じると、飛来した弾丸は、物理法則を無視して空中で静止した。サイコキネシスによる防御だ。テロリスト共は、目を見開いて驚きながらも弾丸が切れるまで撃ち続ける。俺に届くことは決してないので弾の無駄だ。
やがて、カチカチと引き金を引く音だけが空しく聞こえ始めた。
俺が腕を下ろすと同時に、宙に浮いた弾丸がぼとぼと床に落ち始める。
本当は銃弾を跳ね返して皆殺しにしたいところだが、テロリストと言えど殺すわけにはいかない。その点は魔物と違い面倒だ。
仕方ないので衝撃波で一人一人意識を奪っていく。
「き、貴様は一体……」
残るは指揮官らしきおっさんだけだ。事の経緯は良く分からないが、例の隠された迷宮の事を知っているかもしれない。
「アンタら、人革派だろ? ……迷宮を隠して何をしようってんだ」
「な、何故それを!?」
当たりだ。シルヴィの調査は正しかった。
やはり、都内には意図的に隠されたダンジョンが存在する。
こいつからもっと情報を聞き出さなくては。
俺がそう決意した瞬間、おっさんは思わぬ行動に出る
「かくなる上は、絶対に死んでもらうしかないな!」
そう言いながら、おっさんは手の平に火球を作り出した。
コイツ……。初級魔法と言えど、地上で魔法を使うとは、少なくともC級の上位層か。
実を言うと、実体のない魔法はサイコキネシスでは止められない。俺は回避すればいいが、琴美や黒田さんを狙われるとマズいな。さっさと衝撃波で仕留めるか。
(アキラ! 二人を連れてテレポートしなさい! そいつ自爆する気よ!)
(何!?)
俺は慌てて衝撃波を撃つが、それより先におっさんはあらぬ方向に火球を放つ。
目を向けると、火球は部屋の隅に置かれたドラム缶に向かっている。
まさか中身はガソリンか!
「閣下! 私はここまでです!」
衝撃波を受けながらもあの男は意識を失わず、吹き飛ばされながら叫ぶ。
俺はスキップを発動して琴美と黒田さんを掴む。
むわっとした熱気と爆音が轟いた瞬間、すんでのところでテレポートが発動し、俺たちは死地からの脱出に成功した。