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第45話 アナログ

● SIDE:迷宮庁長官


「やれやれ、ようやく一息付けるな。室長、スマンが食いながら話を聞かせてもらうぞ」

「勿論でございます。緊急会議、お疲れ様でした」


 昨日浅草で起きた火災現場の地下から、大量の死体が見つかり、おまけに未発見のダンジョンまで出てきてしまったのだ。


 詳細はまだ不明だが、人革派の拠点の可能性があり、おそらく彼らによって迷宮が隠蔽されていたのだろう。


 朝から国家安全保障会議が開かれ、先ほどようやく終わったところだ。既に時刻は3時を回っている。事の深刻さを考えればやむを得ない事態だ。

 儂は弁当を食いながら、室長からの報告を聞く。


「それで……例のスコッパー苺……毒島とか言ったか。どうだった?」

「結論から言えば、大友アキラの関係者とは言えないでしょう。偶然彼の初めての探索を配信で見て、その異質さから熱狂的なファンになったそうで」

「異質さか……」


 口の中いっぱいに詰めた弁当の具を、茶で流し込みながら考える。

 儂も見てみたが、ゴブリンの死体をバラバラにするなど確かに尋常ではない。

 しかし、それだけであれほど執着するだろうか?


「こう言っては何だが、彼の行動は単なるパフォーマンスではないのかね? それで注目を浴びて配信数を稼ごうという腹では?」

「毒島氏も当初はそのように考えたそうですが、単に奇怪な行動を取るだけでなく、異常なまでの冷静さが引っかかったそうです。氏はこれまで何人もの新人を見て来たそうですが、単独で潜る高校生などおらず、大抵は仲間全員で半狂乱になりながら戦うそうです」

「初陣であればそうなるだろうな……」


 彼の行動を思い起こすと、銃を使っているとはいえ、人ならざる魔物を、ああも淡々と倒せるものだろうか?

 あの落ち着きぶりは絶対的な自信の表れか? ゴブリンなど敵ではないという事なのか?


「確かに不可解だな……」

「はい。その結果、毒島氏は彼が何らかの力を秘匿しているのではないかと結論づけたそうです。例えば、都市伝説にあるようなユニークスキルの類を保持しているとか」


 弁当の残りをかっこみ、儂は咀嚼しながら可能性を探る。


「室長、君はどう思う?」

「ユニークスキルはともかく、力を隠している可能性は否定できません。現に、保安部からもそのように報告が上がっています」


 妥当な判断だ。一人だけならともかく、複数の人物が大友アキラの異常性について指摘している。しかし、彼が力を隠しているとして、実力はどの程度なのだろうか? あのドラゴン事件が彼の実力によるものだとしたら、単独で地竜を倒せるほどの使い手という事か?


 現状では何とも言えんが、彼に関しては映像に不審な点がある疑惑もあったな。


「それで彼の配信映像に手が加えられた形跡は?」

「特に不審な点は見つかりませんでした。――が、昼に届けられた昨日の浅草付近での防犯カメラに驚くべきものが見つかりました」

「……何?」


 室長にしては珍しく勿体付けた言い方だが、少し興奮しているようだ。

 彼はスマートフォンを差し出し、とある映像を再生し始める。


「映像の状態が悪いですがご了承下さい。何しろVHSの映像を撮影したものですから……」

「つ、つまりビデオテープの映像をそのスマホでさらに撮影したという事かね? 何故そんな事を」

「実は、浅草地下街付近の商店に、今では旧式となった監視カメラが存在しまして、ビデオテープは預かりましたが、再生機器の手配が間に合わない為、現地で再生した映像を撮影したのです」


 なるほどな。あの辺りなら旧式のシステムが存在してもおかしくはないが、いまだに稼働しているVHSが存在するとはな。

 ともかく、映像を見てみるか。


「間も無く問題の箇所です」

「……こ、これはまさか大友アキラか!?」

「かなり乱れた映像ですが、間違いないでしょう」


 テロ組織のアジトが原因不明の火事に見舞われた時間帯に、あの大友アキラが浅草にいた。……偶然にしては出来すぎている。


「室長! 他の映像はどうなっているんだ!」

「そこなのです。長官。事件現場付近の公設監視カメラは全てチェックしましたが、不可思議な事に大友アキラの姿は確認できていません。……にも関わらず、旧式のVHSには彼の姿が映し出されている」


 ここまで聞いて、ようやくなぜこんな回りくどい方法を取ったのか、儂はハッキリ理解した。


「つまり、通信回線につながっているカメラの映像は全て改ざんされている可能性があると?」


 儂の回答に、室長は黙って首を縦に振った。


「か、可能なのかね。そんな事」

「理論的には可能ですが、内部に協力者がいたとしても、無数にある監視映像をこの短時間で処理するなど現実的には不可能でしょう」


 混乱する儂に、室長はさらなる情報をもたらした。

 映像には映っていない、大友アキラに似た高校生の目撃情報。そのパーティーメンバである妹とギャルも和菓子店の従業員が覚えていた。


 さらには水面下で追っていた、彼のクラスメートの栗田とおぼしき少年が、現場付近から逃げるように立ち去る映像まで発見されたそうだ。

 これだけの短時間でここまで調べ上げるとは、調査室の捜査力も侮りがたい。


「如何しますか? 警察庁と連携して、大友アキラの身柄を抑えますか?」

「……室長このことは現状で誰が知っている」

「私と、信頼のできる部下のみです」


 つまり、現時点では外部に情報が漏れてはいないという事か。


 大友アキラには何かがあると思っていたが、まさかここまで大きな話になるとは。

 彼がテロリストの仲間なのか、或いは敵対関係にあるのか、現時点では不明だ。

 しかし、渋谷での一件が栗田が行方をくらました原因だ。確証はないが、人革派の線は薄い。


 ただの勘だが、やはり大友アキラには何かがある。


奇貨居きかおくべしか……」


 沈黙を守る室長の視線を受けながら、儂は大博打に出る決意を固めた。



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