熱波が迫った時には焦ったが、間一髪で俺たちはシルヴィの元へと脱出することが出来た。慌てていたせいか、またシルヴィのプライベートスペースに跳んでしまったが、前回とは違い彼女も安堵の表情を見せている。
「シルヴィ、助かったよ。妹の発見にも手を貸してくれて感謝しきれない」
彼女が警告してくれなければ、最後の自爆に巻き込まれていたかもしれないし、俺一人では琴美を探すことは出来なかった。
俺は深々とシルヴィに向けて頭を下げる。
「アキラ……それより先にすることがあるでしょう」
精一杯の誠意を見せたつもりだったが、シルヴィは呆れ顔で俺の元に……いや、俺が手を繋いでいる琴美に手を差し伸べた。
「もう大丈夫よ。……可哀想に、こんなに怯えて。こっちにいらっしゃい。傷の手当をしてあげるわ」
琴美は、顔面蒼白のまま、黒田さんを抱きしめたまま震えていた。俺は急いで琴美から彼女を受け取り、縋るようにシルヴィを見る。
「琴美ちゃんは私が面倒を見るから、リコちゃんはアンタに任せるわよ」
「あ、ああ。分かった。助かるよ」
そう言って、シルヴィは琴美を連れて、部屋の隅にある個室に連れて行く。
俺はこの時になって初めて、地下室で会ってから琴美が一言も発していないことに気づいた。
あの琴美が恐怖で言葉も出ないとは、余程ショックが大きかったのだろうか。
シルヴィの言う通り、まずは琴美のフォローをすべきだったか。
後悔に苛まされていると、腕の中の黒田さんが僅かに反応を見せる。
「……う、うん。……ここは?」
「良かった。気が付いたんだね。シルヴィの宇宙船だよ。わかる?」
「……大友君? 私、どうしてこんな所に?」
黒田さんが目覚めた瞬間、俺は彼女を抱いていることに気づき、慌てて手近な椅子に座らせる。
意識を段々と取り戻し、混乱しつつあった彼女に、俺は事の顛末を伝え、なぜテロリストに捕まったのかを聞く。
「そうだったの……私が栗田を尾行しようなんて言ったばかりに、こんな事になってしまったのね」
経緯を把握すると、黒田さんはひどく落ち込んだ。彼女自身も危険にさらされていたが、意識が無かったことが幸いしてショックは少ないようだが、琴美を危険にさらしたことの方が辛いようだった。
どうフォローしたものかと悩んでいると、再びシルヴィから救いの手が差し伸べられる。
「貴方が気に病むことじゃないわ。迂闊だったのは事実だけど、自分を責めるのはおよしなさい」
「シルヴィさん……」
個室から出てきたシルヴィが、そう黒田さんを励ますが、俺は琴美がいない事が気になった。
「シルヴィ……琴美は?」
「頬の手当をした後は眠らせたわ。少し休んだ方が心も落ち着くでしょう」
「そ、そうか……」
それにしても、オークと戦っても怯まない、あの琴美があれだけ怯えるとは。
「……魔物と戦うのと、人間同士の殺し合いを同列に考えるのはよしなさい。彼女、魔物には深い恨みがあるようだから死に物狂いになれるけど、同じ人間からの殺意や悪意には慣れていないのよ。害獣を殺すのとは訳が違うのよ」
俺の考えを読んだのか、シルヴィがそう俺を諭す。
「それにしても、栗田はテロリストと繋がっていたのか。……そうなると、琴美をパーティーに率いれたのも、いずれ手駒にしようと考えていたのか?」
「……大友君、さっきからテロリストって言っているけど、あの人たちに心当たりでもあるの?」
「え? 人革派の連中だろ? 間違いないよ」
そう答えると、黒田さんは恐ろしそうに顔を歪める。……なんか変なこといったかな?
「アンタねえ。出来れば二人には話したくないってさっき言ったでしょうが……一般人にとっては恐怖しかないのよ。テロリストなんてのは」
「そ、そうか。すまないシルヴィ……」
すっかりそのことを忘れ、つい余計な事を言ってしまった。
「シルヴィさん。どういう事なんです?」
「仕方ないわね。こうなったら全部話すけど、落ち着いて聞いてよね」
シルヴィは肩を落としながら、そもそもなぜ俺が浅草に急行したのかその事情を打ち明けた。
「……都内に未発見の迷宮がいくつもある」
「そうよ。そのうちの一つが浅草にある。あれから調べ直したけど、あなたたちが連れ込まれたあの場所が迷宮の入り口で間違いないわね」
思い起こせば、あの部屋にはいくつかドアがあった。そのうちのどれかが迷宮へと繋がっていたのだろうか?
「そんな事するような連中は、人革派しかいないでしょう」
「それで、大友君が助けに来てくれたのね」
「うん。どうも嫌な予感がしたけど、間一髪だった」
改めて考えると、本当にぎりぎりだった。しかしまあ、シルヴィに良かれと思って浅草に出向いたのがこんな事になるとは。
「あの場にいたテロリストたちは、皆焼け死んだけど、あの栗田って子だけは逃げおおせたわ。逮捕されるのも時間の問題かもしれないけど、あなたたちが目をつけられた可能性も有るから、これを渡しておくわ」
青ざめた顔で話を聞く黒田さんに、シルヴィはある者を手渡した。
「……これは時計?」
「そうよ。アキラに渡しているものと同じで、通信機になっているわ。それをつけていれば、私のテレパシーが届くようになるから、万が一の時はすぐにアキラを向かわせることができるわ」
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
それを聞いて、幾分気が楽になったのか、黒田さんはほっと一息をつく。
「琴美ちゃんにももう渡してあるから安心なさい」
「何から何まですまないな。シルヴィ」
「別に構わないわよ。あのテロリスト集団が政権を握れるとは思えないけど、間違いなく世の中を混乱に陥れるだけでしょうから、アンタに何とかしてもらわないとね」
そう言ってシルヴィはニヤリと笑った。彼女には貸しが多すぎるな、何とかして政府を動かして、宇宙開発予算をもぎ取らないと。
それにしても、シルヴィの宇宙船が墜落しなかったら、今頃どうなっていたんだろうか?
琴美は栗田に唆されて、テロリストの仲間入りをしていたかもしれないし、黒田さんだって似たようなものだろう。
俺の身近な人たちだけでなく、都内で突然スタンピードが起きて、日本は滅茶苦茶になっていたかもしれない。
「あの、シルヴィさん。さっきの人革派が迷宮を隠しているって情報。警察とかに言わなくても大丈夫でしょうか」
「それは勿論、通報した方が良いでしょうけど、いたずらだと思われるだけでしょうね。……ま、国だって無能じゃないから、焼け跡から大量にしたいが出れば、綿密に調査するでしょう。そうすれば、迷宮も発見されるはずよ」
「成程……」
黒田さんはスタンピードを利用したテロを警戒しているようだが、今回の1件が明るみに出れば、政府も重点的に動いてくれるかもしれない。シルヴィもそれを期待しているようで、俺に続いた。
「正直な所、この情報をどうやって伝えたものか悩んでいたけど、これを契機に政府も警戒態勢に入るでしょう。彼ら自身で見つけてくれるのがベストだけど、いざとなれば私がタレコミ入れるわ。その状況ならテロリスト内部のいざこざだと思ってくれそうだしね」
浅草に行く前に妙に深刻そうだったが、シルヴィも色々と悩んでいた様だ。
結果的にはうまく行ったが、琴美はひどく心に傷を負っただろう。
もしかしたら、あの子はもう戦えないかもしれない。
俺は琴美が休んでいる部屋のドアを見つめながら、そう考えこんでいた。